Good Morning to me…?
目覚ましは、三回鳴った。
一回目で目が覚め、二回目で布団を蹴飛ばし、三回目で慌てて飛び起きた。
「うわあああ、もうこんな時間!?」
ミレイユは布団をひっかけたまま転がり、勢いで床に落ちた。
頭を打った音に驚いた小鳥が、窓の外でばさばさと飛び立っていく。
着替えながら、地図を何度も確認する。
制服のリボンはまた左右がずれたけれど、もう直す時間はなかった。
顔を洗う水が冷たくて、意識がようやくしゃんとする。
「よし……笑顔、忘れない。きっと、だいじょうぶ……!」
そう言って自分に言い聞かせながら、寮のドアを開けた。
すこし、深呼吸。
空は晴れていて、風は少し冷たい。
一歩、二歩。ミレイユは、ギルドへと向かった。
◆ ◆ ◆
ギルド本部は、城のような建物だった。
冒険者たちが行き交う正門を抜け、案内板に沿って裏手へ進むと、やや小さめの建物が見えてくる。
──ダンジョン広報課。
看板はあるが、地味な外観だ。
これまでミレイユがイメージしていた「かっこいいお仕事」とは、少し違って見えた。
(……あたりまえだよね。派手なのは、いつもあっち側──冒険者のほう)
扉の前で、立ち止まる。
手を伸ばして、取っ手に触れる。
緊張で、ほんの少しだけ、震えた。
「……いきますっ!」
ミレイユは勢いよくドアを開け――
「うわっ……!?」
何か、白いもふもふしたものが目の前を横切った。
反射的に避けたが、バランスを崩し、見事にすっ転んだ。
「……いたたた……な、なに今の……?」
視界の隅で、白くて丸い物体がこちらを振り返る。
猫……にしては耳が長く、しっぽが二本ある。
どこかぬいぐるみのようで、でも、明らかに“生きている”。
いや――?
「お前、新人かニャ?」
ぬいぐるみ(?)がしゃべった。
「えええええ!? しゃ、しゃべったぁ!?!?!?」
慌ててドアの影に隠れるミレイユ。 ぽいんぽいんと跳ねながらぬいぐるみ(?)が近づいてくる。
「おまえ声デカいニャ…耳が壊れるニャ。 ……あと、そこは通路。早くどいてほしいニャ」
よく見ると他の職員がコチラを見てくすくす笑ったり、ありゃ……と思っているような表情でこっちを見ながら歩いている。
「え、ちょ、まって、えっと、あなた何者で……?」
慌てて立ち上がり、ミレイユは距離を取る。
その間に、白くて丸っこいその存在はすいっと空中に浮かび、彼女の目の前にゆっくりと降り立った。
首輪のような装置に、プレートが付いている。
【広報端末05号 通称:パスカル】
「ひろ……じゃなかった、広報端末……? もしかして、あなたが……」
「お前の相棒ニャ。今日から一緒に働くニャ。ミレイユ・フォーン、19歳、ギルド入局一年目。面接成績は並、滑舌評価は下から二番目。カタカナと漢字に弱いらしいニャ?」
「な、なんでそんな個人情報知ってるのっ!?」
「オレは端末だからニャ。資料は全部見てるニャ。ついでに昨日の夜、寝言で“溶岩トカゲやだ〜”って言ってたのも録音済ニャ」
「録音ってなにそれ!? もうやだぁぁぁ!!」
パスカルが、ふわりと浮かびながら尻尾をくねらせる。
「ま、今日一日、どんな放送事故が起きるか楽しみニャ」
「い、いじめだ……! これはいじめですぅ……!」
そんな騒がしいやり取りの最中、廊下の奥からひとつ、足音が近づいてきた。
「うるさいと思ったら……パスカル、また新人を困らせてるの?」
女の声だった。冷たすぎず、でも凛とした響き。
現れたのは、整ったスーツに身を包んだ女性。背は高く、髪は一糸乱れぬ束ね髪。
ギルド広報課のリーダー――エルナ・クレイン。
ミレイユは慌てて背筋を伸ばし、声を張った。
「し、失礼しました! ミレイユ・フォーン、配属一日目でありますっ!」
エルナはミレイユの姿を一瞥し、ため息をついた。
「初日から転んで叫んで端末に喧嘩売ってる新人なんて、久しぶりね。……ついてきて。案内するわ」
「は、はいっ!!」
パスカルはぴょこっと浮かび、ミレイユの肩に勝手に乗る。
「さあニャ、死ぬほど忙しい現場にようこそニャ。最初の試練は“生放送三分前”ニャ!」
「ま、まさか、ほんとに今日やるんですか!? ちょっと研修とか……ないんですかっ!?」
「ないニャ。現場にそんなもん存在しないニャ」
エルナが冷静に言った。
「“やらなくていい日”なんて、ないわよ。ここの広報課にはね」
ミレイユは思った。
……この職場、想像以上にとんでもない場所かもしれない。
──つづく