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アパートに帰って、コラリーは考え込んだ。

そう、一年くらい前からだ。劇団がなんとなくうまくいかなくなったのは。

「だいじょうぶ、いけるよ」

「もういちど、やってみようよ」

「心配ないよ、君はできる」

あの声だ。ギターのようなあのやさしい声。あれが、いつも、みんなが落ち込んでいた時に、聞こえていた。それを聞くと、みんなは、気持ちがもう一度盛り上がってきて、もう一度やってみようって気になって、誰かが必ず何かをやり始めて、それで何となくみんながうまくいっていたのだ。

「いけるよ。おれは信じてるんだ。みんなすごいやつだって」

ばかばかしいことを言うやつだ。だけどあの声のおかげで、みんなは、うまくいっていたのだ。あの声が聞こえない。それだけで、みんなの気持ちが盛り上がらなくて、それで何もかもが、うまくいかなくなったのだ。たったそれだけのことで。


そんなことくらいで、このわたしが、だめになるはずはない。コラリーは思い直した。そう、いけるんだ。わたしはすごいんだもの。歌は歌える。ダンスだって上等よ。センスのいい詞も書ける。それですべては何とかできるはず。


だが、一旦傾き始めた劇団の運は、もう取り戻すことはできなかった。何度か盛り返そうと試みてみたが、なんとなくみんなの気分が盛り上がらず、劇団の雰囲気はだんだん暗くなっていった。こういうときは、マチューが何かしてくれるのよね、と誰かが小さく言ったのが、痛かった。


月日が過ぎた。コラリーも年を取る。美貌もだんだん衰えてくる。声にも張りがなくなってきた。人気劇団の「うわさの真珠」は、人々に忘れられていくのも早かった。舞台の失敗が続き、劇団員もだんだんと去っていった。ジェロームは離婚し、家を引き払ってアパートに引っ越した。


劇団が解散し、コラリーが舞台を完全にやめるまで、それから6年とかからなかった。


安いアパートの一室で、年をとったコラリーは、酒を浴びる日々を送っていた。付き合っていた男がいないわけではなかったが、年をとった彼女と結婚をする気になるやつはいなかった。売れなくなった彼女を振り向いてくれる者もほとんどいなかった。最盛期に思い上がって人を馬鹿にすることをたくさんしたことが、何かにつけ、響いてきた。


昔の衣装を着て、安酒場で歌いながら、けち臭い金を稼ぎ、彼女は暮らしている。


月に二度目の満月は

ブルー・ムーン

青い月夜はめったに来ない

わたしと出会った今夜を

絶対に逃さないで

今夜わたしを捕まえなければ

きっとあなたは後悔する


あの時は、わたしに出会ったことが、彼にとってのめったにないチャンスだと思っていたけれど。


本当は、逆だったのだ。


あの時、マチューと話をした時、彼のあの声に気づいていれば、よかったのに。


馬鹿みたいなやつに見えたけど。道化役の冴えないやつだと思っていたけれど。あれが、本当のやさしさの正体だったのだ。あのとき、それに気付いていればよかったのに。そうすれば、何もかもはうまくいっていたのに。


ブルー・ムーン。


わたしと出会った夜を、絶対に逃さないで。


あれが、コラリーにとって、本当の幸せがどこにあるかに気づくための、めったにないチャンスだったのだ。



(おわり)






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