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その日、練習が終わってみんなが帰っても、コラリーはスタジオに遅くまで残っていた。窓辺に椅子を置き、外の月をずっと見ていた。紺色の空に、白く丸い月がぽっかりと浮かんでいる。まるでインクの海の中に卵を浮かべているみたいだ。コラリーはそんなことを思いながら、またため息をついた。詞が書けないので、アパートに帰る気になれないのだ。


ふと、どこからか、ギターの音がした。コラリーは振り向いて、思わず立ち上がった。寂しげなメロディだ。彼女の持ち歌の一つになんとなく似ているけれど、ちょっと違う。きれいなアレンジね。そう思ったコラリーは、そのギターの音のする方に歩いて行った。


ギターの演奏者は、控室の鏡のそばに置いてある、小さな椅子に座っていた。白い道化の衣装を着ている。ああ、あの男だわ、とコラリーは思った。以前に、ジェロームのいじめから助けてやったことのある、あの道化役の劇団員だ。なんで今頃こんなところで、ギターを弾いているのかしら。控室は暗かったが、窓から月の光が差していた。


コラリーは思い切って、男に近寄り、声をかけてみた。

「すてきじゃない」

男は驚いてギターを弾く手を止め、目の前に立っているコラリーを見上げた。男の顔に、かすかに喜びの表情が走るのを見て、コラリーは満足げにほほ笑んだ。


すらりと細いスタイルをした、美しいコラリーは、月の女神を気取って、男の前に立った。スターというものはこういうものよ。プライドがなくちゃ。道化役は女王を見るような目つきで、彼女を見つめている。何かを言いたげだが、声にならないらしい。コラリーは自分から声をかけてやった。


「なんていう曲?」

すると男は、震える声で答えた。

「…ええ、自分で作ったんです。まだ曲名はないんだけど…」

ギターのような、きれいなテノールだ。それなりの歌を歌えば、聞ける声だわと、コラリーは思った。

「いい曲ね。もう少し練れば、もっとよくなるわよ。ギターも上手ね」

「ええ、子供の頃から、やってるんで…」

男はまぶしそうな目をしながら言った。コラリーはそんな風に自分を見つめる男が、少し疎ましくなって、ふと目をそらした。窓から月が見える。


「今夜はいい月ね」

「ええ、ブルー・ムーンです。めったにないよい月夜ですよ」

「ブルー・ムーン?」

「ええ」

「それ何?」


コラリーが尋ねると、男は震えながら説明した。

「月に二度目の満月のことなんです。普通満月は、月に一回しかないものだけど、まれに、月に二回満月が来る時があるんですよ。それを、ブルー・ムーンて言うんです。青い月。なんで青いのかは知らないけど、青い月っていうんです。青い月夜は、めったにこないんですよ」

「へえ? 今夜はそのめったにない二度目の満月の夜ってこと?」

「そうです」


そのとき、コラリーの頭の中で何かがはじけた。むくむくと、力がわいてくる。

「ありがとう。助かったわ」と、そういうと、コラリーは踵を返した。そして控室のドアから出る直前、思い出したように振り返り、男を見て言った。


「あなた、名前はなんていうの?」

すると男は上ずった声で答えた。

「え、ええ、マチューです。マチュー・パストゥール」

「そう、覚えとくわ」

そういうと、コラリーはスタジオを出た。本当に、あいつにとっては、めったにないよい夜になったろう。このわたしに声をかけられるなんて。



(つづく)





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