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劇団「うわさの真珠」は、12年前にコラリー・バローとジェローム・グルーが始めた劇団だった。ミュージカル仕立てのかわいい芝居をするのが売りだった。最初の頃は、場末の小さなシアターで、細々と芝居をしていたが、コラリーの歌と美貌が人気を集めて、劇団は伸び始めた。


コラリーはダンスはそれなりだが、歌は最高だった。ハスキーがかった甘い声で、高い音域が歌える。あの声で甘い愛の歌を歌うと、男がしびれるような目で彼女を見た。小鹿のような細い足と、きゃしゃな腰つき。相手役の男が、陶酔した表情で彼女に近づくと、彼女は吸い込まれるように男の腕の中に入っていく。たまらない女だよ。今にも落ちそうな顔をして、いざキスをしようとしたら、小鳥のように逃げていくんだ。


コラリーは作詞の才能にも恵まれていた。かわいい女心を詞にこめて、甘い声で歌い、観客を魅了した。劇団にとっては、彼女はなくてはならない存在だった。


「もう一度だ、もう一度やり直せ」

ジェロームの怒った声が聞こえて、スタジオの窓から外を見ていたコラリーが、振り向いた。舞台が終わって、練習の日常が戻ってきていた日のことだ。スタジオの隅の椅子にふんぞり返って座っているジェロームが、広いフロアの真ん中でこけている若い男に怒鳴り散らしていた。


若い男は泣きそうな顔をして立ち上がり、もう一度床にこけた。そのこけ方がなっていないと、ジェロームはやり直せ、とまた言った。若い男は何度も立ち上がり、何度もこけた。こけるたびに、ジェロームは細かいところに難癖をつけ、その男をいじめた。若い男は青い顔をしてジェロームの言いなりになっている。背は高くてかわいいルックスだけど、そんなに目だったハンサムじゃない。練習用のタイツに大きな丸い襟をつけているのは、彼が道化役だからだろう。見ているうちに、コラリーはなんとなくかわいそうになってきた。若いのをそんなにいじめることないじゃない、と彼女は言ってやった。


ジェロームはコラリーを振り返り、ちょっと気に障ったような顔をしたが、トップスターの言葉を無下にするわけにもいかないと、しぶしぶ若い男を解放してやった。道化役の男はコラリーの方を見て、感謝をしたいような表情を見せたが、コラリーの方がもう彼を見ずに、そこから立ち去った。彼女には今悩みがあったのだ。


今度の新曲のために、作詞をしなければならないのだが、そのアイデアがさっぱり浮かばないのだ。彼女は歌手としてもかなり成功していた。CDを何枚か出し、アルバムも業界でかなり高い評価を得ていた。ファンを満足させられるような、いい詞を書かねばならないのに、何を書いたらいいのかわからない。過去に書いた詞を読み直したり、小娘だったころの恋のことなんか思い出して、書いてみたりしたものの、全然思い通りにならない。


こんなんじゃないわ。あたしはもっといいのが書けるはず。ため息をつきながら、コラリーはものにならない詞を書いた紙を握りつぶす。誰にもスランプはあるものよ。これまでにも何度か、そんなことはあった。そのたびに乗り越えてきた。一体どうやって乗り越えられたのかしら。彼女は過去のスランプのことを思い出してみた。だがそれをどうして乗り越えてこられたのか、どうしてもわからない。ただやっているうちに、なんとなくできるようになったのだ。なら、今度も、やっているうちに、なんとかなるのかもしれない。


アパートの自室の机の前で、コラリーは窓の外を見ながら、思った。そしてもう一度紙の方に向き直り、ペンを握った。だが詞は書けないまま、数日が過ぎた。



(つづく)






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