第31話 謎の戦士たち──1
フィアが攫われた。その事実を前にして、おれは自分で驚くほど冷静だった。
というか、怒りが閾値を越えてしまったらしい。脳みそが冷たい鉄の塊になってしまったようだ。
「先に言っとくが、素直にフィアの場所を吐くなら痛めつけないでやる」
「それはできない相談だ! 俺様はおまえと戦うためにここにいる!」
「そうか……」
どうやら戦いは避けられないらしい。目の前の戦士を分析する。
かなりの大男だ。おれより頭3個分はある。全身フルプレート。バカでかい斧。いかにも力自慢といった風体。
「では、参る!」
戦斧が横なぎに振るわれる。力強い一撃だ。狙いもそれなりに正確。まあ、見るべき点はある。だが。
「遅えよ」
当たれば必殺だろうと、見えてしまえばダメだ。おれは飛び上がり、斧刃の上に着地した。
「ぬ!?」
さしもの力自慢といえど、得物の先端に乗っかられたのでは支えられない。斧が地面に突き刺さる。
「しッ──!」
すかさず柄の上で踏み込む。アッパー気味の右ストレート。戦士の兜がひしゃげた。
「ぬおお!」
戦士はたたらをふんで後ずさった。頭がついているかを確かめるように両手で兜を触っている。
「おおお、生きている! ガハハ、首から上を吹っ飛ばされたかと思ったぞ」
「拷問するって言ったろ。殺しゃしねえよ」
「ふむ、では手加減してこれか。恐ろしい男よ!」
では、俺様も本気でいこう。戦士はそう言って戦斧を構えなおした。なにかする気か。その一挙手一投足を見守る。
が、結果は肩透かしだった。
「……なんだそりゃ」
「これぞ、俺様の必勝の構え! その名も大上段!」
「そのまんまじゃねえか」
戦士は頭の上に戦斧を掲げ仁王立ちしている。おおかた鎧で一撃耐え、その反撃に必殺の振り下ろしを見舞うという腹積もりなのだろう。
だが、おれには通用しない。がら空きの顎に一撃入れて、確実に昏倒させる自信がある。
もう付き合っていられない。戦士に向かって疾駆する。
「──ッ」
その刹那、悪寒。急ブレーキをかけ後ろに飛びのく。
ドガン! 戦斧が振り下ろされ、地面に深々と突き刺さった。攻撃を受け止めてのカウンターではない。おれが懐に飛び込むタイミングに完璧に合わさった一撃だ。
「反射神経にもの言わせてるわけか」
「おお、俺様の必殺技を一発で見破るとは!」
防御を捨てた構えを取り、先手を取ろうとした相手を優れた反射神経で無理やりに仕留める。まあ、理にかなっていると言えばそうかもしれない。
「でもなあ……」
再び戦士に向かって疾駆する。しかし、今度は少し違う。
「おおお!」
戦斧が振り下ろされる。それはおれの──つま先を掠めて、地面に突き刺さった。
「ふッ」
右ひじを顎に打ち込む。脳を揺らされた戦士は、いとも簡単に崩れ落ちた。
「まあ、こうなるよなあ」
確かに素晴らしい反射神経だ。だが、体が勝手に反応してしまうのを止めるのは難しい。まんまとおれの出した釣り餌に引っかかってしまった。
こんなあからさまなフェイントに引っかかってしまうあたり、なんというか、対人慣れしていない感じがする。これはひょっとすると──。
「おい、起きろ」
うずくまっているのを蹴り起こす。
「はッ! お、俺様は──」
「負けたんだよ。おれがその気なら死んでたぞ、おまえ。……で」
無理やり兜を脱がす。予想通りむさくるしい顔が出てきた。ひげ面のおっさんだ。
「なんとなく、おまえらの正体とやりたいことはわかった。けど、面倒だから付き合う気はない。さっさとフィアの場所を言え」
そう言って耳を掴む。舐めた態度を取ったら引きちぎってやろう。
「ざ、残念だが俺様はフィア嬢の居場所を知らん。しかし──」
「嘘つけ」
「痛い痛い痛い! 本当だ! こ、これを見てくれ!」
耳を引っ張られながら、戦士は首元から1枚の紙を取り出した。
「なんだこれ」
何か書いてある。村の地図のようだ。印がひとつ。
「そこに次の戦士がいる! そいつを倒せばまた次の戦士の場所がわかる。それを繰り返せば、フィア嬢のもとにたどり着けるだろう!」
「なるほど……。何人も間に挟んでるから、おまえは本当にフィアの場所を知らないと」
「その通りだ! だから耳をひっぱるのは──痛たたたた! ちぎれるちぎれる!」
「はあ……」
しぶしぶ耳から手を離す。どうも本当らしいし、おれの予想が正しければこいつらにフィアを傷つける意図はない。
「付き合ってやるか……」
おれは地図を受け取り、印の地点へ向かって歩き出した。