第28話 取り返せ!──3
謎の騎士との戦いを終え、おれはとうとう地下道を出た。あたりを見渡す。
「あ」
なんと、いた。もうとっくに逃げてしまったかと思っていたが、そこにはパドレの姿があった。
しかし、様子がおかしい。仲間らしき男たちとラクダに乗っているのだが、ラクダたちを歩かせようとしない。さっさと逃げて仕舞えばいいのに、どうしてだろうか。
「アイン!」
考えていると、上空からフィアが降りてきた。同時にアーペンとその部下たちも到着した。
「間に合ったようですねーえ。しかーしい」
「さっさと取り返そう! そして、ちょっとしたやり返しを……!」
「待てって、なんか変なんだ」
逸るフィアを制する。彼女も様子がおかしいことに気づいたようで、きょとんとした表情になった。
「あれ、どうしたんだろうね? 逃げないや」
「ああ……おい! なんで逃げない!」
大声で呼びかける。すると、パドレはすぐさまこちらを振り向いた。顔面蒼白だ。
「た、助かった! あんたら、ラディアバスを倒したんだろ! だったら助けてくれよ!」
老紳士然とした態度はどこへやら。パドレはなりふり構わないといった様子だ。
しかし、助けてと言われても何から助ければいいのかわからない。竜を倒した武勇を求められているあたり、何かの獣がいるんだろうが──。
「……んん?」
すると、フィアが何やら目を細めた。何かを見つけたらしい。
「どうした?」
「いや、なんていうか、砂が動いてる気が……」
「砂?」
言われて目を凝らす。パドレたちの周囲、確かに砂が円を描くように動いている。まるで蛇が這っているような。
砂の下に何かがいる。
「フィア、炎で炙り出せるか」
「やってみる」
すぐさま白い炎が溢れ出す。それは砂下の何者かを炙り出すのと同時に、パドレたちを守るように円壁を形作った。いや、ちょっと円が小さい気がする。
「熱っ! 熱い! なんだこの炎!」
というか明らかに熱がっている。やり返しだ。怖い。
そんな光景が少し続いた。出てこないか。そう考えた瞬間、砂が激しく盛り上がり、1頭の巨体が空中に飛び出した。
簡潔に表現すれば長く巨大な筒だ。表皮は岩のようで、よく見ればごく小さな手足が無数についている。頭部に目や鼻はなく、鋭利な歯がずらりと並んだすり鉢のような口だけ。
「ウィーヴァーか!」
砂流竜ウィーヴァー。南半球の砂漠地帯に生息する下等の竜。ムカデの足のような無数の手足で砂の中を泳ぎ、凶悪な口で獲物を襲う。
昼獣だ。夜獣ではない。つまり。
「あいつ夜人かよ……」
まったく迷惑な話だ。ああいう輩がいるから夜人全体が差別される。しかしまあ、見殺しにするのは寝覚が悪い。
「フィア、サクッと助けてやれ。昼獣だから、おまえは狙われないはずだ」
「ああ、なるほど。いいよ、イヤイヤ助けてあげよう」
フィアはまるで指揮者のように指先を動かすと、白炎はその命令に従ってヴィーヴァーに殺到した。
しかし、砂に生きるというだけのことはある。ヴィーヴァーはまるで曲芸のような動きで炎をかわしてしまった。
「避けられた!」
ヴィーヴァーは一瞬だけフィアの方に顔を向けたが、すぐにパドレに意識を向け直した。やはりフィアは襲われないようだ。だが、困った。
「当たらなそうだなあ。もういいか。卵だけ取り返して帰るか」
「う、うーん、流石にそれは……」
いくら怒っていても、フィアとしては見殺しにするのは嫌なようだ。仕方ない、ここはおれがひと肌脱ごう。
「わかった。おれなら夜人だから注意を引けるはずだ。その間に攻撃してくれ」
「大丈夫なのかい? 昼だけど」
「あれくらいなら昼でも行ける。ラディアバスなんかとは比べ物にならねえよ」
言い残して走り出す。そのまま横っつらめがけてハイキック。巨体が揺らぐ。やはりラディアバスを蹴ったときとはまったく手応えが違う。
「キャシャァ──!」
ヴィーヴァーはすぐさま反転しておれに組みついていきた。無数の手足で体を絡め取ってくる。だが、それでいい。動きが止まればそれで。
「フィア!」
すぐに炎が飛んできた。ヴィーヴァーの体が燃え上がる。燃え移る前に離れようと思ったが、不思議とおれの体は燃えない。
どうやら燃やす対象を選べるらしい。どこまでも規格外な奇跡だ。
ヴィーヴァーはそのままあっけなく灰になってしまった。ラディアバスのように炎が効かない相手でもない限り、フィアが勝てない相手などいるのだろうか?
「た、助かった……!」
ラクダから降りたパドレたちは、まさに九死に一生を得たといった感じで深呼吸していたる。だが、ホッとさせるわけにはいかない。
「おい」
項垂れているパドレの前に立つ。エセ竜匠はこちらを見上げると、引き攣った笑顔で卵を差し出してきた。
「い、いやあ、助かりました! 忘れていた道具を取りに戻ろうとしたら襲われまして!」
「無理だって」
「こらあ!」
フィアが滑り込んできた。両手を拳にして、パドレのこめかみをグリグリと痛めつける。
「この! この! どうしてくれようかな!」
「ミュリデには自警団がある。そこに任せるか……」
「ワタシどもに預けていただくか、ですねーえ」
これまで見を貫いていたアーペンが口を挟んできた。当然だろう。彼からすれば業務妨害をされたわけだ。それも、とんでもない額が動くかもしれなかった仕事の。
ただ──。
「……きみに預けると、彼はどうなるのかな」
フィアは鋭く切り込んだ。世間を知っていなくても、やはり賢い。わかっているのだ。アーペンがパドレを生かしてはおかないと。
「それは……」
言い淀むアーペン。それを見て、フィアの気持ちは固まったようだった。