第17話 アインの覚悟
わたしのすべてをアインに打ち明けてから3日。とうとう今日はミュリデを去る日だ。
「おはよう、アイン」
「ああ、おはよう」
居間で彼と朝の挨拶をする。朝と言ってもまだ外は暗い。夜獣にも、昼行性の赤竜にも襲われにくい時間帯ということで、薄暮が避難のタイミングに選ばれた。
さすがにこんな日なので、夜の見回りを終えた後でもめずらしくしゃっきりしている。真っ青な瞳が格好いい。後ろに束ねた黒い髪も黒曜石みたいにきれいだ。
「人の顔じろじろ見るなって」
「いいじゃないか、べつに」
「……まあ、減るもんじゃねえけど」
あの日から、彼はますますやさしくなった。というか、本来はこういうひとなんだろう。恐怖という殻に人格という中身をゆがめられていただけだ。
「じゃ、いこうか」
彼と一緒に荷物を背負って家を出る。『なんでも屋アイン』の看板が、暗い中でも光り輝いて見えた。わたしにとって、人と関わるために重要な場所だった。
他にも、村のいろんなものを見ながら広場へ向かう。あの建物はバッカスさんと最初に話した建物だ。あの家はサーシャちゃんが暮らしている。あそこはミセルさんの家。
ほかにもいろいろ。短い間だったけど、村の人ほとんどと話すことができた。見ているだけだったわたしが嘘みたいだ。
そのうちに広場についた。ずいぶん大きな馬車が何台も並んでいる。
「おお、来たか、アイン」
出迎えてくれたのはバッカスさんだった。ほかにも大勢の村人がこっちを見て、どこかほっとしたようにしている。
やっぱり、みんなアインが村に残って赤竜と戦うんじゃないかと思っていたんだろう。あの日によく言い含めておいてよかった。わたしの言うことは素直に聞いてくれるから、大丈夫だ。
「──では、村人全員の確認が取れたので、男女に別れて馬車に乗る」
バッカスさんの指示で乗り込みが始まった。男女に別れて? ちょっと残念だ。
「きみに抱きしめられながら揺られてるつもりだったのに」
「バカ言うなよ。そら、ちょっとの間別れるだけだ」
「はーい」
彼が馬車に乗るのをしっかり見届けてから、しぶしぶ女性用の馬車に乗る。ちょうどわたしのひとつ前に乗り込んだのがミセルさんだった。
「あら、あなたと一緒の馬車なんてラッキーね。目的地に着くまでお話しましょ」
「ええ、わたしも話相手が欲しかったんです。アインとは別々になってしまいましたから」
「あらあら」
ミセルさんやほかのご婦人と話しながら揺られ続けて6時間ほど。つつがなく目的地にたどり着いた。
ミュリデにいちばん近い街だそうだ。砂漠と草原地域の中間に位置していて、水資源が豊富だと聞いた。
「さて、アインは……」
馬車を降りて彼の姿を探す。あれ? なんだか、男性用の馬車のほうが騒がしい。
「どうしたんだい?」
人の群れのいちばん外にいたおじいさんに声をかける。
「おお、天使さま!」
ログソンさんだった。まるで懺悔するように、ひざまずいてわたしの手を握る。
「アインが、アインが!」
一瞬で血の気が引いたのが自分でもわかった。そうだ。アインの姿がない。真っ先にわたしのところに来てくれるはずなのに。
「アインが? アインはどうしたんだい!?」
「──あいつは村に残った」
決定的な言葉が聞こえた。声の主を、わたしはよく知っている。
「バッカスさん……」
彼が言うなら、事実だ。両足から力が抜ける。その場にへたり込んでしまう。通ってきた道を眺める。6時間。竜は昼前にやってくるらしい。間に合うとは思えない。
視界が暗くなっていく。わたしは──。