第14話 黒いバラ
おれは鱗がいっぱいに入った籠を大量に背負って村を歩いていた。後ろからついてくる天使がすごいすごいとはやし立ててくる。
「これくらいなら1か月背負いっぱなしでもいけるぞ」
「おお!」
「……いや、ごめん、嘘」
あんまり褒められるのでおれまでおかしなテンションになってしまった。さすがに1か月は無理だ。半月ぐらいはいけるだろうが。
「あなた相手なら、アインはそうなるのか」
すると、おれたちの隣を歩いていたバッカスがいきなりそう言った。天使に向けてだ。
「そうだとも。彼はわたしに首ったけだからね」
「バカ言うな」
「そうだな。あなたを村に受け入れたのは間違っていなかったよ」
「おい」
なんだかそういうことにされている。が、なんとなく引っかかった。
バッカスの言い方だ。それでは、まるで──。
「ついたな」
そうこうしているうちに鍜治場へついた。バッカスに促されて、鱗を中へ運び込む。
中はまさに鉄火場だった。村人のために大量の在庫を用意しようと、鍛冶師たちが必死の形相でハンマーを振るっている。
「新しい鱗だ! じゃんじゃん頼むぞ!」
バッカスの呼びかけに、もはや怒号のような返事が返ってきた。みんな必死だ。
「大変そうだな」
「できれば鱗をすべてアクセサリーに変えてみんなに持たせたいからな。ひとつあれば当分の生活費にはなる。頑張ってもらっているさ」
感心させられる判断だ。現金とくらべてかさばらないし、需要が大きいから換金も簡単だろう。
が、あんまりにも手筈が良いとできることがなくて困ってしまう。
「もうあんまりやれることないっぽいな」
「ね」
天使も同意してくれた。もともとはこいつを励ますために始めた手伝いだ。気分もよくなったようだし、終わってもいいか。
そう考えたとき、バッカスが思い出したように声を上げた。
「そうだ! おまえに渡すものがあったんだ」
そう言うと鍜治場の奥に引っ込んでしまった。なんだろうか。天使と顔を見合わせていると、バッカスは少しして戻ってきた。
「これだ」
手に何か持っている。黒い扇状の板。あらゆる光を飲み込んでしまいそうだ。見たことがない材質。
「なんだこれ」
「夜の神の鱗だ」
「はあ?」
夜の神。この星の北半球を占める夜の世界の最北に座する神々の片割れ。夜人のおれにとって始祖にあたる。
「なんでそんなものがここにあるんだ? 真逆じゃねえか」
「おまえがいうのか?」
「……確かに」
そういえばおれも真逆から来た人間だった。天使が笑っている。おまえもおまえでおかしな出自だぞといってやりたい。
「これはな、ガリウスさんがここに残していったものだ」
「え?」
驚いた。先生が? なんのためにだろうか。
「おまえ、これを持っていたところで強くなったりするわけではないんだよな?」
「あ、ああ。夜の神に近づくと強くなるらしいけど、鱗1枚じゃなんとも」
「だよなあ。なんのために置いて行ったんだか」
バッカスの言う通りで、これはなんの役にも立たない。昼の神の鱗と同じで宗教的な需要はあるので、昼の世界で暮らしている信心深い夜人なんかは欲しがるだろうが。
「で、どうしてそれをおれに?」
「いや、保管してくれと言われてたんだがな。村が無くなるのに置いていてもしかたがないだろう」
つまり、どういうことだ。ごみを持って行けということか。けどまあ、先生が置いて行ったものだ。ありがたく受け取っておこう。
「それ、どうすんだ」
受け取るや否や、鍛冶師のひとりが割り込んできた。鱗を興味深そうに見ている。
「えっと、あんたは確か……」
「おれの名前なんてどうだっていんだよ。それ、どうすんだ」
「ええ? いや、どうするっつったって」
持っているとしか言いようがない。返事に困っていると、鍛冶師はおれの手から鱗をひったくってしまった。
「お、おい」
彼はそれをほかの鱗と同じように熱し、加工し始めてしまった。有無を言わさない様子に、止めることもできない。
「すまんな。ああいう男なんだ。めずらしい素材だから」
「先生の鱗……」
「いや、先生さんの鱗というわけじゃないだろう」
天使になにやら言われたがどうでもいい。問題はあの鱗がどうなるのかだ。
おれは鍛冶のことなんてわからない。が、黒い鱗が鍛冶師のハンマーによってみるみるうちに意味を獲得していくのをみて、なんとなく興奮した。
「ほらよ」
最後には、黒い鱗はバラのすがたを獲得していた。小ぶりな1輪の黒いバラ。見事な腕前だ。
「おお、すごい」
天使も感心している。が。
「おれがこれ持ってたところで……」
おれみたいな男には似合わないだろう。女っぽい顔はしていないつもりだ。それにつけるとしたら髪飾りだろうが、黒い髪に黒いバラではダメだ。
「……いるか? これ」
「いいのかい!?」
天使に押し付けると、思っていた以上の反応があった。先生の品だが、まあ、こいつにならいいだろう。
そんな会話を聞いてか、鍛冶師はバラを手際よく髪飾りにしてくれた。無骨な男だが、よく気が利く。さすが職人だ。
天使は恐る恐るといった様子で髪飾りを頭に据え付けた。全身純白といった風体だったので、黒いバラが良く映える。きれいだ。そこまでは言わないが。
「どうかな?」
「いいんじゃねえか」
「アイン、こういうときはだな」
「あんた独身だろ」
「おまえッ……」
バッカス、おれの勝ちだ。このあとの酒には付き合うから許してくれ。
窓の外を見る。空が赤く染まり始めた。もうじき夜が来る。
「気にしているんだから……まあ、いいか。さあ、そろそろ広場にみんなが集まっているはずだ。今日は村人総出で月見酒だぞ」
鍛冶師たちから不満の声が上がった。彼らは飲みにはいけないわけだから、当然だ。
「許してくれ。みんなの分はあとで持っていくから。それでは、行こうか」
バッカスに続いて外へ出る。おれにとって最初の宴会は、ミュリデ最後の夜に行われることになりそうだ。