第13話 鱗拾い
赤竜襲来。その知らせは瞬く間に村中へ広がった。
すぐさま村人全員を集めた会合が行われ、そこで出された結論はこうだった。
村を捨て、新しい土地に逃れる。ミュリデは解散すると、そういうことだ。
「まさか、こんなにあっけなく終わっちまうなんてな」
会合からの帰り道、星々に照らされる道を、おれと天使はふたりで歩いていた。
どこか夢心地だ。まだ信じられない。もう6年ほどこの村で暮らしているが、こんな日が来るとは思っていなかった。
「うん……」
天使もらしくなくうなだれている。当然だろう。言っていることがすべて本当なら、彼女は昼の神の上からミュリデだけを見聞きして人格を作ったのだから。
親を失うようなものだ。ほんの少し、このお転婆に優しくなれるような気がした。
「おれたちも、次の住処を見つけねえとな」
「……ねえ、アイン」
「勝てねえぞ」
言葉にさせるわけにはいかない。そうなれば、この少女が勝ち目のない戦いに挑んでしまいそうな気がした。無駄死にを許すわけにはいかない。
だが、戦えないとなるとおれたちにできることはなにもない。おれは無力感に慣れているが、天使は苦しいだろう。
「おれは仕事が仕事だからかなりの金を貰ってる。でも、村の連中はそうじゃないはずだ。当面の生活費を稼がねえとなんねえ」
「……?」
「だから、あれだ。明日から村の仕事を手伝う。おまえも付き合え」
「え……」
天使はいきなり立ち止まってしまった。勢いで追い越してしまったので振り向く。今まででいちばん驚いたという顔をしている。
「きみが、自分から……!?」
「いや、そんな驚くなよ。こんなときぐらい自分の事情なんて優先しねえって」
「だって、だってだって!」
飛び跳ねながらおれの異常を主張してくる。ちょっと傷つく。そこまでひねくれていると思われてたのか。
だが、たしかに、今までのおれならさっさと村を離れたかもしれない。戦えないならいる意味がないと、失望される顔を見たくないと逃げたかもしれない。
「おまえの言う通り、おれ、変わってきたのかもな」
「そう! そうだよ! きっとそうさ!」
まあ、それもこれで終わりだ。おれが恩を感じていた村の人間は散り散りになる。もうおれが人と関わる理由もなくなる。
「じゃ、見回り行ってくる。明日は早く起きろよ」
「うん!」
そう言って天使と別れ村の外を目指す。ずっと手を振っていた。気分はだいぶ明るくなったようで、安心した。
そして朝が来た。家に帰ると、天使は玄関の前で仁王立ちして待っていた。どれだけはりきっているんだか。
「おかえりアイン! そして出発だよアイン!」
「うるさッ」
ちょっとおかしなテンションになっている。落ち込んでいた分の反動だろうか。
ふたりで歩き出す。目指すのは昼の神がある方向だ。
「ところで、なんの仕事を手伝うんだい?」
「上から見てたんだろ? じゃあ、だいたい検討はつくんじゃないか?」
「うーん……あ!」
思い当たったらしい。
村のはずれ、岩場に囲まれたちょっとした広場に出た。すでに仕事は始まっているらしく、多くの村人が籠を背負って歩き回っている。
「お……」
よく知った顔があった。話しかける。
「バッカス」
「ん? ……おお、アイン。手伝いに来たのか」
「あんたこそ。こんなの、あんたの仕事じゃないだろうに」
「もうできることもないんでな……」
そう言って、バッカスは手の中のものを籠に放り込んだ。それは白い扇状の板で、キラキラと輝いている。
「昼の神の鱗、だね」
天使はどこか自慢げに言い当ててみせた。
ミュリデは、規模の割には裕福な村だ。その理由は、昼の神が落とす鱗にある。
神が落とすというだけあって宗教的な価値が高く、装飾品などに加工すると多くの買い手がつく。ミュリデの主な産業はこの収集と加工だ。
「おれたちにも籠くれ」
「おまえは鍛えてるからな。うんと拾ってくれよ」
おれと天使はふたりそろって鱗拾いを始めた。すると、おれがこうして昼間に人前に出てきたのも、新参者の天使が村の仕事をしているのも珍しかったようで、多くの村人たちが集まってきた。
「珍しいな、アイン。おまえが昼に外に出てるなんて」
「おお」
「アイン、あんた気落ちしちゃあダメだよ! 竜なんてあたしらにどうにかなるようなもんじゃないんだからさあ!」
「わかってるよ」
「おまえさんもあんがい隅におけえねえな。あんなべっぴんさんとふたりきりで暮らしてるなんてよ」
「そういうのじゃねえから」
だいたいこの辺りがおれのところに来た話だ。好奇心が3、慰めが3、下世話が4といった具合だった。
だが、ひとつ共通していることがあった。みんな、最後にはおれがこれまで村を守っていたことに礼を言って去っていった。
自分で思うよりもずっと、感謝されていたらしい。あんな、殺すだけの野蛮な仕事が。殺すしか能のないおれが。
そして、天使もずいぶん絡まれていた。
「あんた本当に気持ち悪いくらい美人だねえ! でも若いころのあたしだって負けちゃいなかったよ!」
「あはは、ありがとう」
「そんなに細いのに籠なんて背負って、偉いねえ。まだ村に来たばっかりだっていうのに、ここまでしてくれるなんてねえ」
「むしろ、これくらいしかできない自分を呪いたいぐらいだよ」
「それにしても隅に置けない娘ね。アインを仕留めるのは誰になるかって話してたのよ」
「彼を慕っていた子たちには悪いことをしたかな。でも、アインはもうわたしにメロメロさ」
なにやらしょうもない嘘までついているが、天使に絡んでいたのはご婦人たちばかりだった。
というか、下心で近づいてきた男たちを壁となってシャットアウトしている。さすがだ。強い。これは勝てない。
そうこうしているうちにすべての鱗を拾い終えた。おれもずいぶん拾って、籠からあふれ出しそうなほどだ。これで少しは役に立っただろう。
「アイン、ちょっといいか」
天使と合流すると、バッカスが話しかけてきた。
「どうした?」
「悪いが、鍜治場まで運ぶのも手伝ってくれ。おまえがいれば早く済む」
「そんなことか。いいぜ」
「それと」
バッカスは薄く笑った。
「今晩はミュリデ最後の宴会をやる。今日くらい付き合え」
「……わかったよ」
今日くらいは付き合おう。
ミュリデの最後の夜が来ようとしていた。