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昏暁の騎士  作者: グレートアンガー
第1章 天使との出会い
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第11話 望まれる命

 ヴィアキラから逃れたおれたちは、無事にインシスのもとに花を持ち帰ることに成功した。


「おお、まさにヴィアカの花だ! きみに頼んだ甲斐があったよ!」


 インシスは大喜びしていた。正直言って、何を喜んでやがる、という感じだ。


「死にかけたんだが!?」


「まあまあ、もう済んだことだよ。それよりも、これでサーシャちゃんが喜んでくれるならなによりさ」


 天使はどうもおおらかすぎる。1、2発殴ったって許される場面だ。おれたちへの依頼料はふつうに買うよりもはるかに格安だっただろう。それも腹が立つ。


「ところで、ひとつ聞きたいんだけど」


 と、天使が切り出した。こいつがところでと言うとろくなことがない気がする。


「この花の蜜には必ず男の子が産まれる効果があるって話だけど、具体的にはどうするのかな?」


 ああ! やっぱりろくでもないことになった。答えるな、インシス。


 そんな願いもむなしく、やつは嬉々として口を開いた。


「それはだね、まず男のほうが蜜を飲むんだ。それから排尿するまでに妊婦と性──」


「殺すぞ」


「──妊婦が蜜を飲むと胎児が男子になるんだ! 不思議なことにね!」


 こいつは下種野郎だ。たった今確信した。二度とうちの敷居は跨がせない。


 どうも、天使にはそういった知識が備わっていないようだった。ミュリデでの会話からすべてを学んだからだろう。往来でそういう話をする人間はいない。


「んん? 少し話がおかしかったような……」


「気にすんな。それよりほら、さっさと帰れ。もう用事は済んだだろ」


「そうだね、そうさせてもらおう。ありがとうアイン、それに名無しのお嬢さん。きみたちのおかげでサーシャにがっかりされずに済みそうだ」


 そういってインシスは帰っていった。魔除けをしておこう。


「いやあ、今日の仕事はすごかったね。大丈夫かい? 夜の見回りに差し支えないといいんだけど」


「あれから生き延びられたんだから、もうなんも怖くねえよ」


 さすがに疲れてはいるが、それも眠れば回復するだろう。寝室に向かおうとすると、天使に手を取られた。


「どうした?」


「うーん」


「なんだよ」


「やっぱり」


 なにやら納得した様子だが、おれにはちっともわからない。天使はまっすぐにおれを見据えると、こう言った。


「触っても大丈夫みたいだね」


 一瞬、頭が真っ白になった。反射的に手を振り払う。だが、痛みはない。悪寒も、ない。


「逃げるときにわたしを抱きかかえてくれただろう? それになんとも言わなかったからさ」


 言葉を失った。どうやら、おれはいつの間にかこの少女に心を許し切っていたらしい。


「なんだそりゃ……」


 情けなくなった。ちょっと優しくされたぐらいでこれか。先生に置いて行かれたことは、おれにとってそんなにちっぽけなことだったのか?


「アイン、きみはまじめだから、きっとこれを自分への裏切りのように考えると思う。けど、それは違うよ。きみは進歩したんだ」


「……そんな風には、思えねえよ」


「そんな風に思ってほしい。そのためにわたしはここにいるんだから」


 座って。天使にそう促され、おれは対面の椅子に腰を下ろした。なぜだろう、言うことを聞いてしまう。


「きみにとって先生というひとはすべてだった。そんなひとに捨てられて、きみは自分が無価値な人間だと思うようになった。きみはまじめで、自罰的なひとだから、無価値な自分が他人と関わってはいけないと考えるようになった」


 そうだ。その通りだ。おれは先生から必要とされなかった。


「でも、今日のインシスさんを見ただろう? 彼はサーシャちゃんと、これから生まれてくる命のためにいろんなことを考えていた。同じようにきみを想うひともいるんだよ」


「おれを?」


 そんな人間がいるだろうか。思い当たる節がない。


 すると、天使はいきなりおれの手を握った。細い指だ。今にも壊れそうな手だ。だが、力強い。


「わたしだよ」


 それを聞いてようやく理解できた。つまり、天使はおれに言っているのだ。今はわたしがいる。だから過去にはもうこだわるなと。


「……どうして、おれをそんなに」


「言ったろ? 見てたんだよ、昼の神の上から、きみをずっと」


 わからない。おれ以外にも人間はいる。どうしておれなんだ。


「わたし以外にもだよ。きみは夜獣を倒して多くのひとを助けてきた。みんなそれに感謝して、きみの存在を認めてる。それをわかってほしいんだ。だからなんでも屋を始めて、ひとりひとりと深く関わるようにした」


 きみにわかってほしいんだ。天使は繰り返した。


「おれに、価値があると思うのか?」


「思う。そして、それを自覚するときが必ず来る。きっと、そう遠くないうちに」


 天使には確信があるようだった。その目はどこか遠くを見ていた。


 窓の外を見る。砂の地平が見える。あの向こうから、何かが来るのだろうか。


 おれを無力感の向こうに飛ばしてくれる、何かが。

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