【2】①
「まあ可愛いんだけどね、話通じなくてさぁ。……やっぱ顔だけで選んじゃダメだな」
学生時代に交際を申し込まれて承諾した初めての「恋人」が、友人に愚痴を零している背後を通り掛かってしまったことがあった。
どうやら上手く話すこともできない恵にすぐに興味を失ったらしい。
聞かれていたことに気づかなかったらしい彼にどう対応しようかと悩むまでもなく、次に顔を合わせたときに別れを告げられたのだ。
それ以来、恵は男性からの告白には身構えてしまう。
この男もどうせすぐに飽きるに違いない。また同じことを繰り返すなら最初から始めない方がいい。
そう予防線を張ってしまっていた。
だから里玖に「付き合って欲しい」と言われてもはぐらかした。はっきり断ることも怖くてできなかったからだ。
それでも何度も誘って来ては御馳走してくれる彼は、本当に優しい人なのかもしれない。
「あ、えっと。……里玖さんて、どうして私を誘うんですか?」
ベッドの上に正座して、AIロボットに話し掛けてみる。
傍から見たらおかしいのではないか? と思いつつも、里玖に使うと返してしまった以上約束は守らなければ。
ピピピ……、キュイ……
【オコタエシマス】
【|ソレハアナタガカワイクテステキダカラデス《それはあなたが可愛くて素敵だからです》】
【|アナタトスゴスジカンガタノシイカラデス《あなたと過ごす時間が楽しいからです》】
思ったより滑らかな「口調」。もちろん人間とまったく区別がつかないほどではないが、意味もすぐに掴める。何よりも、機械が嘘を吐くはずもない。
つまりこれは、真実?
里玖が恵を「素敵だ」と、「一緒にいて楽しい」と感じてくれているのだろうか。
もうすでに何度も会って、弾まない会話も気の利かない恵の姿も彼は見て知っている。それでも──。
「あ、……」
何かが心の、身体の奥底から湧き上がってきたようだ。
常に嫌われないように、なんとか場の一員として目溢ししてもらえるように、それだけを考えて日々を送っていた。
恵は頼まれたら断れない。
あの「合コン」もそうだ。明らかに「メンバーが足りなくて急遽数合わせで誘われた」ことくらい承知していても、不興を買いたくなくて参加する以外に選択肢などなかった。
小中学校ではともかく、それ以降は今の職場まで含めて苛められたこともあからさまに仲間外れにされたこともない。
こんな自分にも普通に接してくれる周囲に感謝して、出来る限り恵の方からも合わせたかった。
その結果里玖に、……何一つ誇れるようなこともない恵を気に入ってくれる人に会えたのなら。
もう少しだけ様子を見て、彼に応えてもいいのかもしれない。
もしまだ里玖が、恵と付き合いたいと考えているとしたら。気が変わっていないのならば。
少しだけ前向きな気分で、恵はそのままベッドに横になり照明を消した。
《恵ちゃん、今日の都合はどう? いい店教えてもらったんだ。シーフード好きだって言ってたよね?》
《はい、大丈夫です。シーフード大好きです。》
里玖からのメッセージに、返事を入力して送信する。
「なんでも好きなもの頼んでね」
「ありがとうございます」
通された席でオーダーを済ませて一息吐くと、彼が唐突に話題を変えた。
「そうだ。恵ちゃん、ロボ使った?」
「はい。あの、AIロボット? ってすごいんですね! 会話できるロボットなんて、私初めてです」
「まあ、規格自体は既にあるから。アレンジするのは大したことじゃないんだよ」
軽い調子の里玖に、ますます尊敬の念が込み上げる。
あんなすごいものを「大したことはない」だなんて。恵とはすべてにおいてレベルが違うのだ、と溜息が出そうだ。
「ロボの答えは役に立ったかな? もし回答が的外れだったりしたら教えてよ。修正するからさ。そういう生の意見て貴重なんだ」
「いえ、全然! 役に立ちました。もうびっくりしました!」
恵の言葉に、彼は満足そうに微笑んでいる。
「どう? この店は俺も初めて来るんだけど、食べ歩き好きな友達のオススメだから信用できると思って。結構美味しいよね?」
テーブルに運ばれて来た料理を取り分けて食べ始める。
里玖が自信ありげに問うのに、恵は口の中のものを飲み込んですぐに言葉を発した。
「すごく美味しいです。私の好物覚えててくださったんですね」
「俺も好きなんだよ、シーフード。気が合うなと思ってね」
楽しそうな里玖に、自然恵も笑顔になる。
そう、彼はずっと楽しそうだ。やはりあのAIロボットの言う通り、なのか。
この人なら、大丈夫かもしれない。そう、信じてもいいのだろうか。今度こそ?