【1】
「何でも訊いたら答えてくれるよ」
食事を終えて、帰り際に里玖に渡された箱の中身は小さな手作りロボットだという。
職場の先輩に連れられて行った飲み会で知り合った彼は、そのあとも途切れず恵に連絡を寄越す。
見様見真似で「そうするものらしい」と場の雰囲気に従い交換した、メッセージアプリのIDに。
企業の研究所で人工知能の研究をしており、趣味でもプログラムを組んでいる、らしいが、説明されても恵には理解できなかった。
ただ、理屈はともかく彼はすごい。何でも出来る、尊敬の対象だ。自分でも頭がいいとは思ったこともない恵とは釣り合わない。
今年三十だという里玖は、恵より七歳も年上で共通の話題もそうそうなかった。ただ、たとえ同年代だとしても対等に向き合える気はしない。
なぜ彼は、会話もろくに成り立たない恵を誘うのだろう。
「ありがとうございます」
礼を言って受け取り、恵は里玖と別れて帰宅した。
一人暮らしの1Kマンションには、余分な家具などはない。
迷った挙句、恵は結局箱から出した贈り物の置き場をベッドのヘッドボードに決めた。
《恵ちゃん、今夜はどう? 空いてる? 美味しいもの食べに行こうよ。》
里玖からのメッセージはいつも突然だ。前もって予定が立たないほど忙しいのだ、と特に気にしてはいなかった。
《空いてます。行きます。》
恵のメッセージにはすぐに既読がつき、いつも通りの待ち合わせ場所と時間が送られて来る。
実際に恵の仕事は指示通りにデータを入力するだけの単純作業である。スピードと正確性は求められるが、基本的にあまり頭を使うものではなかった。
もちろん効率性向上を追求し、独自に工夫を重ねることは可能だろう。しかし恵はそんなことは考えたこともない。学んで身に着けた通りの手順で、与えられた業務をこなすのが精一杯なのだ。
また時間外労働はかなり厳しく規制されており、恵はほぼ定時退社の毎日を送っていた。
だから時間の読めない彼に合わせるのは当然だと、不満どころか疑問を持ったこともない。
「雨谷さん、例の合コンの人と付き合ってるんだって? 渡部さんてあの中でもハイスペじゃない? カッコいいよね~」
「え? いえ。お食事してるだけです。そんな、お付き合いなんて……」
勤務時間終了でデスクを片付けているときに先輩女性に問い掛けられ、恵は両手を振って否定した。
「はぁ!? いや、合コンのあと会ってるんなら付き合ってるってことじゃ、……あー、まあ。雨谷さんのそういうとこがいいんだろうね」
苦笑した彼女の言葉の意味はよくわからなかったが、特に珍しいことではない。
いつものように曖昧な笑みで誤魔化して、恵はそそくさとオフィスをあとにした。
「そういえば恵ちゃん、あれ使った?」
「え、あの……、なんでしょうか」
食事の席で里玖に訊かれ、恵は意味が読めずに問い返したが彼は呆れた様子も見せずに言葉を続けた。
「この間渡しただろ? あのロボはAI搭載で、何でも質問に答えてくれるんだ。有名なサイトもあるけど、あれは俺のオリジナル。結構自信作だから使ってもらえると嬉しいんだけどなあ。で、意見聞かせてよ。まだまだ改良するからさ」
「エーアイ。里玖さん、そういうの作れるなんてすごいですね。あの、帰ったら試してみます。使い方、わからなかったのですみません」
恐縮する恵にも、彼は変わらず優しかった。
「何も難しいことないよ。土台のスイッチ入れて、質問するだけ。普通に話し掛けて大丈夫だから。ああ、できるだけはっきりとね」
「機械、がそれで答えてくれるんですか? なんだか、……私には全然、その。すみません、私──」
話について行けない自分を恥じながら口籠る恵にも、里玖は僅かな苛立ちさえ表すことはない。穏やかで冷静な人。
「恵ちゃんはそれでいいんだよ。女の子はそれくらいが可愛い。最近はあんまりいないんだよね、そういう子」
「は、い。あ、そう、ですか」
何を言われたか咄嗟に理解できなかったが、「可愛い」というのだから褒められているのは間違いない。
小さな頃から恵は、ずっと「可愛い」とは言われていた。
「じゃあね、気をつけて帰りなよ。……是非、ロボ使ってみてね」
使う路線が違うのに、わざわざ恵の利用する駅まで送ってくれた里玖が念を押すように付け加える。
「はい、帰ったら試します。今日はどうもありがとうございました」
恵は彼に頭を下げ、一人で改札を通り抜けた。