第九話 混戦トレイト
一時間ほど運転してようやく、夜見市に入った。第二階層に居るのだから、渋滞も無ければそもそも車は走っていない。それだけの距離があった。また理由はもう一つある。途中、核研究室の図面を取り寄せたいからと、一瞬だけでも第一階層に戻りたい──ベリコはそう提案したのだ。そこで、人通りの少ない路地を選んで、下の階へ移層。内部地図を手に入れた。およそ五分もかかっていないだろう。
核研究所まで後十数分という距離になって、ハルタは考えた。
相手は既に夜見核研究所に辿り着いているだろう。これがどれだけのハンデとなるか、見当もつかない。間に合えば良いのだが、とハルタは焦燥感に駆られた。
ここからでは第一階層で何が起きているか、何一つとして情報が伝わってこない。それが余計に不安を掻き立てる。想像ほど恐ろしくなるものはない。
ハムロ・カイは九年間という不気味な沈黙の後、突如として水面下から現れた。そこにはどんな理由があるのだろう。結果としてハルタは事件に巻き込まれ、そして──利用された。どこまでが計画のうちで、どこからが即興なのかさえ見分けがつかない。
ただわかるのは、恐らくこれが最後になるだろうということ。それはカイが目指しているという天国下ろしの実現であり、ハルタ達にとってこれを阻止できる唯一の機会のことだ。
「あたしの見立てでは、兄さんは第〇階層に居るわ」と、おもむろにベリコは口を開き、「そこが、もっとも邪魔の入らない場所だから」助手席からルームミラーに目を向ける。
しかし移動装置からでは第〇階層へ移層できない。
「なら、どこかに回路がありますね」目が合い、ハルタが補足するも、
「そうね。でも、それは相手にとっても明確」ベリコは続けて、「だからそこには、門番としてジータ・チェンが居るんじゃないかしら」
「こちらを待ち構えている、か」
ゴドーの言葉に、ベリコはその通りだと告げる。探偵はホログラムを展開して、ミニチュアサイズの研究所を組み立てた。外観の壁は半透明に薄くなり、内部が露わになる。
「反対に言えば、彼女の居るところには、下層へ続く回路があるはず。だから当面の目標は彼女を見つけ出すことにあるわ」
「だが探すといっても、範囲が広いぜ」と運転手であるアイノはライノへと姿を変えて、「どうやって見つける?」と質問する。
「そうね……あたしの見立てでは、ここ」一室を指差して、「第一核研究室に居ると思う。惑星の中核に接触しようとしたらしいから、ね。兄さんが必要とする機材も、きっとここにあるんじゃないかしら。となると、次の問題はどの階層に居るか?」ベリコは目を瞑ると、予め考えて来た、演説のメモを読み上げるように、「万が一にでも機動隊が押し切って、突入される可能性を考慮すると、第一階層にいる可能性は低い。とすると、第二階層から上になる。けど、それではあたし達と接敵する可能性が高い」淀みなく、すらすらと唱えた。
ゴドーは鼻を鳴らし、
「彼女──軍人さんなんだろ。悲しいかな、俺らを相手取るだけの実力はあるんじゃないのかい。それに、警備AIだってあるんだろう」
「そうですね。自身の戦闘経験を売りにするくらいですから」ベリコは簡単に認めた上で、「でも、ジータ・チェンという人間にはまだ秘密があると思うの」
「秘密……ですか」と運転手は切り替わり、アイノ。
「フタミヤ君の話では、ホテルから誘拐された際に、ぐんぐんと上階へ移層されたらしいの」ミラー越しに視線が合ったので、ハルタは頷く。「そのお陰でフタミヤ君は気絶してしまった。でも、チェンは気絶しなかったらしいわ。だとしたら、何故なのか……」
「まさか、私達と同じ」
アイノの発言に、ベリコは同意を示し、
「だと思う。つまりね、彼女の中には何人か埋め込まれているのよ」
構造としてはライノやアイノと同じ。一人にして複数人であるため、解像度が薄くなっても、意識を保っていられる。これは階層空間について教わった時、双子がそうであると言っていた。むしろ、現実では濃くなる意識が薄まるお陰で、上階の方が居心地が良いのだとも。
だからもし、ジータも同じ条件であったとしたら。確かに想像するより上の階層に居るかもしれない。また、獰猛な表情と丁寧な口調、性格であることの乖離を思えば、この仮説には真実味がある。
「第四空間」と運転手は入れ替わりに、ライノが口走った。「もしそこに居たら、厄介だな」
その理由を考えて、ハルタは納得する。壁抜けが可能となる階層だからだ。
解像度は階層を上がるごとに、三分の一ずつ減っていく。そのため、輪郭が朧気になるわけだ。第〇階層から反映される建物も同じ。スポンジのように抜け穴が生じて、トンネル効果よろしく、ものは通り抜けるようになる。
だから──厄介なのだ。
「それこそ幽霊みたいに、ものをすり抜けて襲ってくるかもしれない」
戦術がまったく変わってくる、とライノは説明する。
ライノの懸念も他所に、車は研究所へと辿り着いた。作戦を練るほどの時間もない。ただでさえ出遅れている。
「後はぶっつけ本番……だな」ゴドーはしかし、楽しそうに額を叩いた。
研究所ではジータとの戦闘が予想される。このため、ゴドーとベリコはサポートに回り、ハルタとライノ、アイノが侵入することになった。
正面から中に入る。見たところ無人だ。もてなしもない。ある意味では幸運だった。ただある意味では、本当にカイ達はここに居るのか、不安を煽る。地図を頼りに第一核研究室へ。扉は開いていて、難なく入室できた。が、第二階層には誰も居ない。第三階層でも同様だった。ハルタとライノの二人は見合い、第四階層へと移層する。
果たして、ジータはそこに居た。
扉に背を向けて、佇んでいる。
「遅かったですね」ジータは指を鳴らし、こちらへ向き直ると、肉食獣のように飢えた笑顔で、「待ちくたびれましたよ」
「そりゃ悪かったな」ライノが顎を僅かに上げた。
「お二人だけですか? ベリコさんやゴドーさんにも会いたかったのに」ジータの問いに、
「あの二人じゃ、第四階層は辛すぎる」ライノはそう答えた。
言う通り、第四階層はかなり解像度が低い。このため意識は保っていなければ遠ざかり、足元も床をすり抜け沈んでいく。まるで液体の上だ。泥濘に足を取られそうになる──そんな感覚。
「それは残念」と、ジータはさほど残念そうではなく、「……して、今回はどのようなご用件でしょう?」
「カイはどこに居る」
ぶっきらぼうにハルタは問い詰めた。
「カイ? カイって誰でしたか……」
「惚けないでくれ」ハルタは語気を強め、「あれは父さんじゃない」
「そう思いたいのですね? 辛いのはわかりますが──」
「御託は良い。案内しろ」ライノが手短にまとめる。
ジータは鼻息を漏らして、悩ましげに二人を交互に見つめ、だしぬけに歩き出した。ハルタ達は警戒する。ジータは薄く笑い、
「私が素直に案内すると思いますか」
「させてやるさ」ハルタは強気に言った。
ジータは目を丸め、嬉しそうに、
「貴方はやはり、人物像通りの人……。目的があってこそ、太陽みたいに輝くのですね」
ふっ、と音も立てずに落下。ジータは床をすり抜けて、下へ消える。慌ててハルタとライノも追跡。落下した。下を見れば、こちらを見上げるジータの姿。そして、足元に用意された針の山。ハルタは腕を天井に固定して、上へ戻ろうとする。だが、ライノは既に落下中──剣山に突き刺さりかけて、消失。移層した。
ジータが懐から圧縮した拳銃を取り出して、展開。構えると、躊躇なく引き金を引く。弾き出された弾丸がすぐ横を通り過ぎ、ハルタは思わず身を竦めた。それから足を上げると、天井に引っ掛ける。後はもがくようにして上へ。
ジータのくすくす笑いが聞こえた。
この状況を楽しんでいる。ハルタは拳を固めると、階段から下の部屋へと目指していった。扉を前にして壁を背にする。突入する前に、ライノと合流するのが賢明だ。この階層以上でなら、ものにぶつかることはない。きっと第五階層へと移層して、壁抜けしやすくしたはずだ。その上で床をすり抜け、下の階へと降りたのだろう。ならば、今にも階段から駆け上ってくるはずだ。
と、前触れなく手首が壁から出現。身を引いたが僅かに遅く、襟を掴まれた。勢いよく室内へと引き摺り込まれると、
「みいつけた……」
ジータに羽交い締めにされる。ハルタは壁に足を突っ込み、足を上げてその場で回転。ジータの頭上に回った。しかし相手の握力は尋常ではない。共に倒れ込む。が、下は液体──痛みはない。
ジータの影が消えた。
瞬きするような明滅。
すると、ジータの体内から二対の腕が現れた。それはやがて二人の亡霊に変わり、ハルタを取り囲む。一瞬の間に、他の階層へと移層し、戻って来たのだ。
「私の中には十一人居るんですよ」ジータは素早く立ち上がり、沈みゆこうとするハルタを引っ張り上げながら、「そう──私は意思の集合体。貴方達がそこまで気付くだろう、とアンタロウは予測しました。そして貴方達も同じことをするだろう、とね。フタミヤ・ハルタ君。貴方一人では第四階層は辛いはず。もしかしなくても、体内に居るのでしょう? 探偵さんと、刑事さんのお二人も」
ご明察、とハルタは独白する。これはベリコの提案だった。
「刑事さんはともかく、あたしは戦いに向いてないのよね」
「俺も向いてないですけど」ハルタはそう言うも、
「でもライノとアイノだけじゃ大変よ」と、却下。「その代わりと言っては何だけど、あたし達がフタミヤ君の中に埋まるのはどうかな。そうすれば、貴方の意識は強く保たれるし、何より核情報が書き換わって──」
ゴドーの経験とベリコの頭脳がハルタに宿る。
天井からライノの顔が見えた。視線でジータをどうにかして欲しい、と合図する。ライノは僅かに頷くと、飛び降りた。ジータの上に着地して、更に下の階へと連れて行く。
ハルタはこの隙に、ジータから生まれ出たAIから逃れ出るため移層。第五階層へ。更に薄くなる意識のせいで気が遠くなりかけたものの、何とかAIの腕を振り解いて脱出。第四階層に戻った。
当面の目標は、カイへと通ずる回路の発見。そのためには、回路が埋め込まれた機材を見つける必要があり──恐らくそれは、ジータが持っている。部屋から適当なもの──椅子や器具など──を見繕い、圧縮すると懐へ。ハルタは迷わず床面を振り抜けた。
自由落下する。
ジータとアイノが対峙していた。アイノが蹴りを繰り出し、それをジータが受け流す。輪郭がブレた。ジータの身体が分裂、増殖し、目の前で更に増えていく。人数からして体内から出現したのではない。ホログラムだ。これではどれが本人か見分けが付かない。
──双子を除いて。
ジータは体内に後数人ほど飼っている。それも相まって、感情が濃く強く滲み出るはずだ。アイノとライノにはそれが──身体拡張のお陰で読み取れる。迷いなく距離を詰めて、拳を突き出した。
天井からは、足が生える。映画で見たような、何とも言えない、シュールな光景。上からAIが二人、降りて来ているのだ。ハルタは懐から圧縮済みの物品を取り出す。そして、狙いをつけて、移層。放り投げて埋め込む。展開された椅子がAIの身体に埋め込まれ、天井に固定された。だが移動装置を封じるに至らなかったらしい。消失すると、瞬間移動した。
混乱。
現状把握。
そうか──回路だ。ブリッジシティでもあったように、回路が通されているということ。
AIの姿はない。
一時的に、意識をジータに戻す。ジータの格闘能力は双子を圧倒していた。アイノはライノへと姿を切り替えたりして、相手を惑わしているが、あまり効果的ではない。体力を消耗している。
ハルタは圧縮した器具を取り出して、構えた。ジータと視線が交わる。明滅。今度は二人の機動隊員を伴って現れた。驚きに目を瞠り、そして、理解する。アンタロウが夜見市へ来たことは、ゴドーを通じて得た情報。ならば、警察が先に突入していたとしてもおかしくない。
困惑する隊員が、ジータの前に壁となって遮る。諦めてポケットへ。
「お前は……フタミヤ・ハルタ!」
隊員がこちらを見て、声を荒げたものの、ゲル化した地面に足を取られている。代わりに、壁からAIが二人。入れ替わるように現れた。これでは埒があかない。ハルタは舌打ちして、相手を睨む。ジータらの移動装置を封じなくてはならない。しかし、どうやって?
隊員達は体勢を整えると銃器を構えた。
「命は問わないと命令されている。天乃浜市民を殺めた罪は重い……覚悟しろ、フタミヤ!」
弾丸が宙を舞う。急いで移層し、これを回避。AIもまた追いかけてくる。これで良い。滑らかに思考が回転し、次にすべきことが思い浮かぶ。ハルタは走り、AIの手を逃れると、近づいてくるよう誘導。相手が狙った位置の上に立ったのを見計らい、元の階層へ。
二人のAIはそれぞれ、隊員と重なるように融合──身体のどの部位に装置が埋め込まれているのか、わざわざ探す手間が省けた。隊員達は驚愕の表情を浮かべたまま硬直している。無理もない。何も事情を知らないのだから……。
AIが一人、その場でくず折れる。隊員ともども回路を伝い、ハルタの背後に回った。融合されたからといっめ、身動きまで封じたわけではない。二人の腕は拳銃を掴み、引き金に指を掛けようとした。
すかさず、ポケットから器具を展開。回路へ投げ込んだ。それは瞬間的に位置を変え、AIの持つ拳銃──その銃口を塞ぐ。攻撃を封じられたAIは悩ましげに思案した。ハルタは隙を見逃さず、掴み掛かり、地面に沈める。
これで一人、脅威は去った。
仲間の様子を見やる。ジータが、ライノの顎先から頭へと、突き抜けるような掌底打ちを決めた。頭を揺らし、ライノの視線が遠い方へ向けられる。ハルタはすかさず援護に回った。機動隊員から警棒を抜き出し、ジータに埋め込むべく、移層とともに投げ込む。しかしジータは素早い動作で拳銃を引き抜き射撃。これを弾くと、そのままハルタに発砲した。
銃口が向けられたと同時に、ハルタは薄皮一枚分のホログラムを身にまとう。気取られないようもう一人の自分を残してから、第三階層へ移層──立ち位置を変えた。
場所はジータの背後。思い出されるのは白いワンピース姿の亡霊に、取り憑かれた記憶。手足を融合された恐怖を利用させてもらう。
これは意趣返しだ。
再度、移層。第四階層へ。
位置は大体合っていた。ハルタの身体がジータの手足と、ぴったり重なっている。昏倒から意識が戻り、状況を把握したライノが、咄嗟にジータの手元から拳銃を拝借。女傑の眉間に突き付けた。
「終わりだ。この分なら、もう移層もできまい」
「お見事です」
ジータの場違いにも楽しそうな口振り。まるで遊園地へと遊びに来た少女を思わせる。ハルタはくらくらと目眩した。決着がついたと安心しそうになる。が、ベリコとゴドーの意思が、まだ気を緩めてはいけないと緊張感を高めた。
「カイのところまで案内しろ」ライノが撃鉄を起こす。
「引き金を引いたって良いんですよ……」
そう、不敵に微笑むのが聞こえた。射撃しようにも、ハルタが邪魔になって撃てない。これではどちらが人質か。ジータはその場でもがくような動作で、ハルタと揉み合いになると、地面に倒れ込む。ジータが息を大きく吸い込んだ。床の中で溺れさせるつもりだ──それと悟った頃には、もう顔は埋められていて。
息が詰まる。顔が、肺が膨張し、破裂しそうな苦しみ。
徐々に世界はモノクロに、急激に色彩が薄くなった。そうして白味がなくなって、夜の帳が下りていく。
これより下の階はない。チキンレースはこちらの負けだ。移層して、融合は解除。速やかに地面から脱出する。久々の空気が肺を満たした。再び移層。二人の居る階層へ戻る。
ジータがライノを追い詰めていた。
腕を捻り、拳銃を取り上げ、間も無く発砲する──
ハルタは突き動かされるように腕を伸ばし、機動隊員から銃を奪い、即座に引き金を絞った。取り扱いならゴドーが慣れている。
一発、
二発、
と、弾丸がジータの胸を、腹を貫いた。
「天国の実在は、死を終着点としない。私は──私達は、また甦るでしょう。繰り返しますよ。それは、歴史が証明しています」
倒れ込み、ジータはひゅう、と掠れた息をする。液体化した滑らかな床面を、血溜まりは緩やかに広がった。
ハルタは銃を捨て置き、
「貴方はどんな理由で協力を?」
何故だろう。と、心の底から思っていた疑問を吐露した。ジータは力なく笑い、
「私は戦争屋ですよ。戦争を起こす以外に何がありましょう? 天国をこの世に下ろし、最大規模の争いを作り上げる。……どれだけの金銭が動くでしょうね」
「金のため──それだけのために?」
拳銃を持つ手が変わる。アイノの問いに、ジータは鼻で笑った。
「それが、私にとっての天国なんです」痛みのせいか、苦痛に満ちた表情を滲ませると、「貴方には……わからないでしょうけれどね。アンタロウは……いえ、ハムロ・カイは約束してくれました。痛みを拭うための痛み。無我の境地を。それは意外に心地良いものですよ」
「狂ってる」アイノが一蹴する。
ジータは溜め息を吐いた。
「共感してもらうつもりなんて、毛頭ありませんでしたよ。私はただ、訊かれたから答えただけ──それ以上でも以下でもありません」
「時間が惜しい。さっさと教えなさい」
アイノは凄んでみせたが、ジータは何の反応も見せない。天井を見据えたまま、タガが外れたように、
「何よりも貧困とは悲しいものです。貴方にはわかりますか? 余裕のない生活を──怒りと憎しみだけが拠り所の人生を。誰かを恨めるのは、それだけで幸福だという──そんな在り方を?」
「それで死者を含めた全人類を戦争に巻き込もうと?」ハルタは悲しくなって、「もっと他の生き方はなかったの……」
長い、長い吐息。
どうなんでしょうね、とジータは呻く。
「これ以外に道があったなら──」柔らかな苦笑の後、「私が私である限り……きっと。それでも私は私なのでしょうね」ハルタのことを見ようとして、首を回し、やがてそれも諦めたらしい。アイノへと視線を送り、「胸ポケットに機材が入っています。後は、ご自由に……」
アイノはジータのスーツを弄り、目的のものを手に取る。引き金を外し、懐に仕舞った。
「生きて償いなさい」
機動隊員とAIの融合物を掴み上げると、傷を塞ぐべく、移層してジータに埋め込もうとする。だが、ジータはこれを拒否した。
ハルタ、と微かな声で名前を呼ぶ。
「貴方は……やっぱり人物像通りの人でしたね」目は既に虚ろ。「学校に、貴方のことを真の意味で理解してくれた人は、居ましたか……」
ハルタは俯いた。
犯罪者と呼ばれる男の息子に、居場所など望めない。
「私は、貴方の心持ちが痛いほど、わかりました」と、ジータはもはや声にならない声で言う。「それでも、天国は必要じゃないのですか……」
ハルタの内側から、沢山の意思が伝わった。だから口から発された言葉が、純粋に自分のものと言えるかは、微妙なところだろう。それでも確かに、ハルタは力強く頷いた。
「余計なお世話だ」
ジータが静かに笑う。
「貴方とは別の形で会いたかった」恍惚とした表情を浮かべ、「傷ついても、ナイスガイを追い求めるだなんて──〝貴方らしさ〟を頭の中で組み上げていた頃から、一目惚れしていました」
くふっ、と笑うような音を立てて、ジータは絶命した。
「さようなら、姉さん」アイノは跪き、目を瞑る。
姿が変わり、「これで終わった」とライノ。
ハルタは背を向ける。
やりきれない思いを断ち切るように。部屋を移動して、戻るは第一研究室。そこで、手に入れたばかりの機材から、第〇階層に向かうのだ。そこにカイはいるだろう。
疲れた身体に鞭打って、ハルタは階段を上った。第二階層まで移層すると、自身の身体からベリコとゴドーが分離。なかなか不思議な感覚だった。
「天国だか何だか知らんが」とゴドーは先を睨む。「これ以上、誰かを狂わせてやるものか」
「食い止めましょう」
ベリコの言葉に全員が賛同した。
アイノが機材を設置し、起動させる。手を触れてサーバーに接続。視界を情報が拡散し、煌めいた。情報の銀河から回路を特定すると、皆に合図。
「さあ、行きますよ、ハルタ君。決着を付けましょう」
アイノの言葉にハルタは首を振る。
移層は一瞬。
意識が途切れ、
ゼロになる。
そして静かな闇の中。