第六話 死者との再会
夢を、見た。
場所は実家──九年前まで住んでいた一軒家の、その二階。そこにハルタの自室はある。
土曜日の正午。両親は仕事のために、ハルタは家に一人きり。この頃はまだ、祖母とは離れて暮らしていた。だからいつものこと。一人は慣れている。今更何とも思わない。昼食は、ありがたいことに、母のサキノが用意してくれている。だから外まで買いに出る必要はなかった。
圧縮された食品でいっぱいの冷蔵庫の中から、昼食を選び取り、テーブルに乗せていく。ハルタは合掌し、さて食べようとしたその時だった。
突如、目の前にウインドウ画面が開かれる。小首を傾げて確認すれば、『アンタロウとサキノが入室を求めています。許可しますか?』とのこと。どうしたのだろう。取り敢えず、ハルタは許可をした。
一秒と経たず、両親のホログラムが立ち上がる。二人はハルタに向かって微笑んだようだが、不思議にぼやけていて、表情にはまるでノイズが入って見えて仕方ない。
「どうしたの?」ハルタの目は輝いていた。
「いや」と、アンタロウは頭を掻き、「昼飯くらい、皆で食べようって母さんが言ったんだ」苦笑する。
ハルタはホログラムの母を見やった。母は頷いて、
「だって、一人より三人の方が楽しいものね」おっとりした口調で、頬に手を当てた。
「だがな、ナイスガイだったら、これくらいどうってことないぞ」と父。
「お父さんったら」母が困ったように口を挟む。「ハルタに色々と求め過ぎですよ」
家族全員での他愛のない会話も、ハルタには珍しい。用意された卵焼きを頬張りながら、ハルタは訊ねた。
「いつも言うけど、ナイスガイって結局何なの?」と。
すると父は、良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに強く頷き、
「なあハルタ。〝狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり〟って言葉は知ってるか?」ハルタは首を振る。「狂人のふりをした奴は狂人だ、という意味だ」
「ふうん?」
何が言いたいのか、まだわからない。相槌を打ちながら、ハルタは先を待った。父はコップに手を付けながら、
「これには続きがあってな」一口飲み干すと、そう続ける。「天才のふりをすれば、そいつは天才になれるというんだ。父さんはな、お前にどんなふうになって欲しいか、考えたんだ。頭の良い奴になるのも良い。優しい奴になるのも良い。だがそれは、頭が良くてもあいつみたいに悪い方向へ尖ることもあるし──」
「あいつって?」と訊くと、
「█████」
またノイズ。靄がかかったかのように、名前が聞こえない。或いは、確かに聞いたはずなのに、覚えていられなかった。夢の中のハルタは、へえ、と返事する。隣から、母が父に向かって、こらこらと突っ込みを入れた。
「同僚をそう言うふうに言わないの」
「ああ──うん、そうだ。そうだぞぉ、ハルタ」
理不尽な注意を受けて、ハルタは肩を竦める。楽しい会話だ、と思った。
そしてだな、と父は空咳する。
「全員に優しくても便利な奴で終わることもある。わかるかい。だから、お前にはナイスガイになって欲しいと思ったんだ」
「ナイスガイって?」
「それはだな──」
父が口を開いた途端、世界は凍りついたように硬直。時は止まってしまった。やがて闇に包まれて、映像は解像度を低めていった。
両親が遠ざかっていく。
あの日のハルタもまた、何処かへと消えた。
そうして──
ハルタの意識が闇から這い出た時、自身の身体を見つけて安堵した。全身に感覚が戻ってくる。久しぶりに両親と話したな、と暖かい心持ちになった。あれは夢だけど、夢ではない。事実、本当にあんな会話をしたのだから。でも、次第に忘れてしまっている。記憶は朧気に、思い出せなくなるのが殆どだった。
記憶もまた、一種の情報だから、容量が圧迫されるに従って圧縮──そして抜け落ちていく。忘れたくない事柄でさえも、容赦なく。覚えているのは、ハルタはその翌日、両親に研究所へと連れて行って貰ったということ。
爆発事故はその日に発生した。
そっと息を吐く。
目蓋をどうにかこじ開けると、最初に目に映ったのは、くらくらするような眩しい光。次いで認識されたのは、ジータの凶暴な笑みだった。倒れているためか、視界には天井が見える。
ジータはこちらを見下ろすようにして立っていた。そして、こちらを覗き込むように顔を近づけ、
「お目覚めのようですね」柔らかい声。しかし表情と歪に乖離している。「おはようございます」
「今は……朝ですか?」ハルタは訊ねた。
「いえ」口元を歪めて──笑ったつもりなのかもしれない──ジータは頭を振る。「こう言う時、言葉とは不便ですね。残念ながらまだ朝ではありませんよ」
「別に残念じゃありませんけど……」
ということは、それほど長く気絶していたわけではないらしい。誘拐されたのは夕刻辺りだったから、今は大体、夜中だろうかと予想する。
ハルタはロープで手足を縛られていた。ご丁寧にも、移動装置のある手には、ロープで埋め込みがしてあり、封じられている。これでは自由に動けない。
首を回して、辺りを見回す。ここはどこなのだろうか。見えるのは無機質な白色ばかり。連想されるのは病院だったが、どうも違う。
「ブリッジシティ研究所です」とはジータの説明。「ここでも核の研究が行われていたんですよ」
それで何故こんな場所に? ハルタは不思議に思い、ジータに眼差しを向けた。
「必要な機材がここにあるだろうと思っていたのですが、期待を裏切られました」
「探し物は何? 見つけにくいものなの……」
「その通り」歯を見せてジータは笑った。
「気になることは他にも──貴方は、どうして俺達の居場所がわかったんですか」
ジータは肩を竦め、「そちらの仕込んだ発信機がありましたのでね。いずれこれを追ってくるでしょう、と。それでカンザキに持たせ、撒き餌にして、貴方達に回収されたところを、付いて行った──というわけです。ね、簡単でしょう?」
ジータは指を鳴らして、そう締め括った。
ハルタは鼻息を漏らす。
「ところで、これ──」ロープに視線をやり、「外してもらえませんか」
女史はくすっと笑い、「面白い方ですね。……まさしく、人物像通りの人」
「褒めてますか?」
「もちろん」ジータは瞬きする間に姿を消し、再度現れた時には、車椅子を押していた。「さて、フタミヤ・ハルタさん。少しだけ散歩しましょうか」
背後から抱き上げられ、車椅子に座らされる。お陰で部屋の全容がわかった。受付と思しきカウンター、タイル張りの床全面に描かれた研究所のロゴマーク、エレベータと思われる扉に、ラウンジや他の部署に続くのだろう通路が覗ける。
ここは、恐らくフロントルーム。
その第二階層だろう。というのは、二人以外に誰も居なかったから。酷くひっそりとしていて、あらゆる音が目立って聞こえる。
ややあって、車椅子が押された。ジータの息を吸う音。
「一見すると貴方は爽やかに見えますが、その内にはやると決めたらやり抜く執念が秘められています」社長は淀みなく、すらすらと暗唱するように、「また、敵と見做した相手には容赦しない。しかしまた一方では、敵であろうと相手のことを理解しようと努め、同情しさえする。その魅力的な二面性──九年前の事故から生まれたのですね?」
「言うことはない」
と、ハルタは押し黙る。
車椅子はフロントを抜け、通路を渡った。様々な部屋が通り過ぎていくが、一人としてすれ違わない。まるで廃墟。爆発跡地にでも居るのではないか、と錯覚する。
タイヤが音を立てて曲がり、車椅子は方向を転換した。すると遠くから、がやがやと騒々しい声が聞こえてくる。最初に影が見え、次に姿を現した。男女揃って屈強で、且つ、ぎらぎらとした異様な目付きをハルタに突き刺す。
ジータは言った。
「私の可愛い、人間の兵士達ですよ」と。続けて、「カンザキからどこまで聞きましたか? 我々は階層空間に居て、偽物の現実に閉じ込められている。そして、空の上には天国がある」
「天国……」
知らない話だ。ハルタは繰り返すことで、説明を求める。そうです、とジータは相槌を入れ、
「人は死ぬと、二十一グラムほど体重が軽くなります。身体から核情報が抜け出ていくからです」
二十一グラムで記載されるのは、その人らしさを演出する遺伝子配列、身体的なものを含めた記憶。即ちすべて。
「それが、人間の本当の重さなんです」と、ジータは言う。後はすべてまやかしだ、とも。「では、フタミヤ・ハルタさん。この消えた核情報はどこへ向かうでしょう?」
文脈からして、答えは──
「天国」けれど、その存在をハルタは信じていない。「……まさか、ね」
「正解ですよ、フタミヤさん。我々は死後に天国──と、カンザキが呼んでいる世界──に送られるようなのです。天国が見つかったのは、およそ九年前」
爆発事故のあった年。
そう、とハルタの心の内を読み取ったかのように、ジータは返事する。車椅子はとある一室の前で止まった。部屋の名は観測室。ジータは手を伸ばし、扉を開け放つ。
部屋の中央にはカンザキ・リヒトが立っていた。何の感慨もなく、ハルタを見つめ返す。
「爆発事故のお陰で、天国の実在が判明したんです。ね、カンザキ所長──いや、フタミヤ・アンタロウさん?」
「そうだな」ジータの言葉にリヒトは俯いた。
片手で顔を隠すように押さえ、手を離す。瞬間、ホログラムが解けていった。それはベリコが看破した通り。しかし、ハルタの戸惑いはその姿を認めることによって、余計に爆発した。
「父、さん?」
思わず変な声が漏れ出て、次いで、ハルタは激情に呑み込まれてしまいそうになる。眼前に立っているのは、紛れもなく自分の父。フタミヤ・アンタロウだった。
「大きくなったな」
多少の老いは見えたが、その笑顔には面影がある。ハルタは泣きそうになりながらも、事態を把握するので精一杯だった。意味が言葉をなさず、ハルタの頭の中へと流入する。新たな情報が更なる情報の海で掻き回された。
必死に言葉を探す。
「ほ……本物?」
「ああ」アンタロウは首肯した。「ナイスガイにはなれたか?」
口の中が乾いていく。ハルタは唇を舐めて、
「何で今まで出てこなかったの……」
「悪かった。事情があったんだ」
「事情って何」
アンタロウがジータに目配せした。ハルタは背後を見ようとして、首を回す。
「ロープを解いてやってくれ」
父の一声で、ハルタは解放された。ただ、念のためという理由から、装置を埋め込んでいる手の甲だけは、そのままだったけれど。だからリードを繋ぐように、ロープの端をジータが掴んでいる。感動の再会には相応しくない。
何か話しかけようと思ったが、父とどう会話すれば良いのかわからなかった。ハルタが改めて対面すると、どういうわけか、気恥ずかしさが生まれる。ナイスガイらしくない。意識を切り替えた。
すると、アンタロウの方から先に切り出す。
「命を狙われていたんだ。だからカンザキ所長の肖像を借りた。彼女は元々から研究所の警備を受け持っていたからな。護衛を頼ませてもらった」
「狙われていたって、誰にさ」少々、つっけんどんな物言い。
「国に」それほど気にしたふうでもなく、アンタロウは答えた。「それも、世界中のね。理由は幾つかあって──まあ、一番は研究内容を狙っているんだな」
話が大きくて、頭がくらくらする。
「それってさっき言ってたやつ?」
「それを含めて。天国の発見、第〇階層の発見、それから練路機、そして核の書き換え」
ハルタは目を見開いた。核情報を変える。そういえば、それはかなり危険な行為だ。以前、ニュースで見たことがある。拡張モジュールの取り付けによる、大幅な身体改造の結果、核情報まで変換してしまい──崩壊してしまった人のことを。
思い当たることがある。
「埋め込み」による核情報の書き換え。
アンタロウはにやりとして、「良く知ってるな。もの同士が融合することで、ものの形が変わるんだ。それも、性質ごとな。例えばハルタ──お前は手の甲に階層移動装置を埋め込んでいる。だからお前の核に装置が書き加えられ、自由に行き来できるわけだ。が、これは他の物質で使ったらどうなる? ……これは画期的なことだ」
その通りだ、とハルタは思った。埋め込みが広く知れ渡れば、技術は圧倒的に飛躍するに違いない。しかしだな──とアンタロウの表情は曇った。
「あまりにも画期的過ぎたんだ。核の書き換えはものの本質を根底から変えてしまう。もし悪用されたらどうなる? 例えば、世界は様変わりする」
「どういうこと?」
いまいち想像できない。ハルタはこめかみを押さえた。
「良いかい、この世にあるすべてのものは、核から構成されている。俺の着ている白衣も、俺自身も、核が根源だ」ハルタは頷く。アンタロウは先を続け、「それはこの世界も同じ。この世は情報でできている。ではどこに核がある?」
アンタロウは下を指差した。
ハルタは釣られて視線を下げる。遅れて、ぞっとした。この惑星にも、核がある。
「理解したみたいだな」アンタロウは疲れたように溜め息を吐くと、「そう……世界はそうして改変され得る」
「でも、それは現実的じゃない」ハルタは首を振った。
「何故そう思う?」
「だって……そうじゃないか。そもそもマントルがあって、高温だったり高圧だったりして、核に近づけない」
アンタロウは微かに笑う。
「だが前に言っただろう。何者かが限られた現実の上に階層空間を作り上げた、と。既に現実は改変されている。これは事実だ。十二年前──あの忌々しい研究調査で、核を調べてわかったのさ」
自己喪失者を大量に生み出した研究だ。アンタロウは地面を睨みつけるようにして言う。
「すべて所長の独断だった。この惑星の核を調べ上げるために、周囲の人間を巻き込んだ。そして得られたのは、改変の歴史と、ここが階層空間であること。それと天国の実在。……そこからだよ、所長がおかしくなったのは」
カンザキ・リヒトは病に侵されていたという。もう長くない命のために、暴走してしまったのだ。天国はどの階層にあるのか、調べるために。
大規模な爆破を起こし、大勢の命を奪い、二十一グラムの魂の行く先を観察──しようとした。
「正気じゃない」
「けれど、酷く理性的に見えた。あれを狂気と言うんだろうな……」アンタロウはしみじみとして、「だから爆発に巻き込まれて死んだのは、因果応報だったと言える」
「死んだ? でも、どこにも死体はなかったって」
「俺が隠したんだ。……成り済ますためには仕方なかった。何故だ、って顔をしているな」自嘲するように笑い、「所長は俺に濡れ衣を着せようとしたんだよ、ハルタ。メッセージのやり取りも端末の埋め込みによる改変。俺の現場不在証明も、スケジュール調整によって崩された。それどころか、偽の証拠を沢山用意していたみたいだ」
それは潰しておいたが、とアンタロウ。
「じゃあ全部、カンザキ・リヒトが画策したことなの……」恐る恐る訊ねた。
「そうさ。隠者よろしく人目を避けないといけなくなったのも含めて、な」
それを聞いて、全身が脱力していく。ハルタは酷く安心した。膝下の感覚を失って、思わずくずおれる。
「そうだったんだ。ああ……うん、そうだったんだね」
思わず目頭が熱くなった。目元を手で拭う。
「チェンさん、もうそのロープも良いだろう?」アンタロウが、ジータに声を掛けた。
やがて、手の甲も自由になると、ハルタの肩に優しく手が置かれる。激情が流れ落ちて、気分は濾過された。
「もう、大丈夫」とハルタは立ち上がる。「それで……練路機は? 本当に無いの?」
残念そうにアンタロウは首を縦に振った。
「どこの国なのかは知らない。軍隊が押し寄せて、奪われたらしい。どうして隠し場所がわかったのか……」深く目を瞑ると、「ハルタ。探すのを手伝ってくれないか」
考えるまでもない。
「うん、わかった」ハルタは強く頷く。「それで、何をすれば良い?」
「お前にやってもらいたい仕事は、第〇階層の探索だ」アンタロウは静かにそう告げた。
日を跨いだ七月二十九日。
場所は観測室──そこに置かれたベンチの上に、ハルタとアンタロウの二人は並んで座っている。ジータはもう退出していて、この場には親子しか居なかった。だから指パッチンの音は聞こえない。
「そこに練路機が?」ハルタが訊くと、
「その可能性が高い。お前に担当してもらいたいのは、この一区画」アンタロウはホログラムから地図を広げながら説明する。
「他の場所は?」
「それは兵士やらAIにも手伝ってもらっている。だが人手が足りていない」
「成る程ね……」
「一軒ごとに調べて回るのは大変だろう。だから、これを各地に取り付けてほしい」
壁際に積まれた段ボール箱に歩み寄ると、その中から一つ取り出して見せた。一見すると文庫本のように見える、真っ黒なそれは、
「探知機だ。練路機の核情報を検知して、場所を割り出してくれる」
「これを取り付ければ良いんだね?」
「探知できる範囲はホログラムで見えるようにしておく。満遍なく探知できるようにしておいてくれ」
「了解」
ふっ、とアンタロウは微笑した。何事だろうとハルタが目を向けると、
「いや──九年振りにお前とこうして会話できるなんて、不思議なもんだと思ってね」
「本当にね」
「成長したな」
「あ、ありがとう」何だかむず痒くなってきて、「えーと、それじゃあ早速、やってくる」
言い終えてから、ナイスガイになれたか、と聞けば良かった。そう後悔する。
「そうか……」アンタロウは指先を耳へもっていくと、誰かと話しているらしい。会話が終わると、「敵と遭遇するかもしれない。念のためだ。警備AIを二人付ける」
「それは頼もしい」
「それと、だ……。あの探偵にも気をつけるんだ」
「探偵ってベリコさんのこと……」
「ああ」アンタロウは口を真一文字にした。「俺を引き出すために、彼女はお前を捕まえたんだろう」
「それは考え過ぎだよ」
笑い飛ばそうとして、しかしアンタロウが真面目な表情だったので、取り止める。
ベリコは父を疑っているのか? 或いは、ゴドー刑事ならあり得るかもしれない。カンザキ・リヒトと共に疑っていたのだから。ゴドー刑事と懇意にしていたベリコは、その考えに付き合わされただけ。そう考えるのが自然ではないか。
と、電撃的な閃きが、ハルタに直撃。記憶の中にあって思い出せなかったノイズが、剥がれ落ちた。いつか言ったアンタロウの言葉──
「頭が良くてもあいつみたいに悪い方向へ尖ることもあるし──」
「あいつって?」
「ハムロ・カイ……」ハルタは呟くように独りごちた。
ベリコをして、完璧と言わしめる実兄。研究所に勤めていた、賢いと称される男。ハルタを取り調べ室から解放した優男。ハムロ・カイ。
「え?」アンタロウがびっくりした顔をする。
「何でも無いよ」
と笑顔で取り繕ってから、もしかしたら──とハルタは考えた。カイこそが、ベリコに成りすましているのではないか、と。車内でベリコがホログラムを施し、カイの姿を作り出して見せた時に、ハルタの勘違いは生まれていたのだ。実際は真逆。カイこそが、本当の姿なのではないか……。
いや、それなら最初から本来の姿など見せる必要がない。考えを頭から振り払う。
「後は任せたぞ、ハルタ」アンタロウの言葉に、
ハルタは胸をどん、と叩いた。「任された!」
圧縮された幾つもの探知機を懐に、ハルタは機材に手を触れる。IL社にあったものと同一だ。ここから、回路を通って第〇階層へ向かう。指先に集中して、接続。視界いっぱいに埋め尽くす情報群から道を見つけ、自身の身体を圧縮した。
意識は一度ここで断絶。
意識できるものは何もなくなったかと思えば、認識が変わり、圧倒的な現実感に包まれる。
解像度が高い。現実という夢から覚めたのだ。ハルタは瞬きをする。ここは最下層にして根源──第〇階層だ。誰も居ない観測室から通路を抜け、研究所の外に出る。予め渡された地図を元に、探知機を張り巡らせていくのだ。
IL社の社員ということになっているジータの私兵達も、この仕事に従事している。そこにハルタも加わって──しかし会話するなどあり得ない──幾つかの施設やら階段に取り付けていった。
僅かな人だけしかここには居ない。住み慣れた天乃浜市も、まるで異世界のようだ。今更ながらこの奇妙な現実に眩暈を覚えそうになる。
流れ作業のように、懐から圧縮された探知機を一つ取り出して、手のひらの上で展開。その後に地図上から設置すべき点を割り出していく。今度はホログラムにより、探知できる範囲を視覚化して、これを目視で確認。ようやく設置できる。
区画担当者はハルタの他にも勿論居たけれど、かなり少なく、仕事は一日では終わりそうになかった。恐らく明日もやるのだろうことが容易に想像される。水平線に沈みゆく夕陽が、空と海とを赤く染め上げた頃──もうそろそろ切り上げようと言う段になった。
撤収作業中、ハルタは探知機を何気なく触り、そして解析。真実を知ってしまった。
曰く、すべてのものには核がある。ベリコが施した拡張モジュールは、電子機器へのアクセスを可能にした。この探知機は無論のこと、電子機器である。だから、反応したのだろう、と思った。
だが──これは探知機などではない。
遠隔操作のための電子機器が取り付けられた、小型の爆発物。
鳥肌が立ち、ハルタは手の震えと共に探知機を落とした。それを、兵士の一人が見たらしい。
「大丈夫か?」
呑気にも心配そうに声を掛けてくる。
ハルタは愛想笑いを浮かべて、うんともすんとも付かない言葉で、何とか返事をした。また、手元のそれを見る。
ホログラムが示すのは爆発の威力。
地図に記されたのは、爆発を効果的に浸透させる設置点。
それらが一挙にまとまった考えとなり、頭の中で展開され、真実性をもって立ち現れた。何とか振り払おうとしても、どうしても消えてくれない。強大で凶悪な仮説。
爆破テロ。
これを、父は企んでいるというのだろうか?
まさか……。こんな唾棄すべき思惑を、父が抱くはずはない。ハルタはそう思いたかったが、ジータの存在が──その繋がりが、どうしても不穏に思えて仕方がなかった。