表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

最終話 希望の未来に

 ぽつり、ぽつり、と小雨のように人が消えていく。

 ハルタを含めて、残るはベリコとライノだけ。僅かな人数での抵抗はどれだけ有効か。わからないまま、街という情報の海に紛れて進む。相手は惑星に寄生する細胞──その一部。街そのものを改変する権限は与えられていないはず。それが、ベリコの考えだった。だからこうして、壁の中を泳いでいる。

 命懸けのかくれんぼ。まだ、生き残っている。今のところ──きっと、見つかっていない。


 研究所まではまだまだ先だ。息継ぎのため、時々壁から顔を出して確認する。

 青空の下から、人影が見えなくなった。この場には──カイを含めて四人だけ。まさか、こんなにも融合を急ぐとは思わなかった。それとも、と考える。息継ぎのために顔を出すと、

「俺達の居場所を見分けるために、全員を一箇所に集めているのでしょうか」ハルタは訊ねた。

「多分ね」隣に顔を出したベリコが同意。

「決着をつけるつもり、か」

 ライノが苦々し気に言った。

 車が横を通り過ぎていく。運転中に消失したからか、車内には誰も居ない。それだと言うのに、暴走して、走ったまま。アクセルが作動している──それも、偶然の一部だろう。或いは、偶然を装って。車は壁に激突して止まった。フロント部分がひしゃげて直る。運転手が居れば、圧死していたに違いない。

 と、ハルタは今の出来事が、自分達にはまったく関係ないことに気がついた。カイは何もしていないかもしれない。だが──何かしたのかもしれない……。そんな脅迫めいた妄想が頭をもたげる。すべての出来事に意味があるように思えてならない。まるで無関係のように見せられているのではないか。そう疑わされてしまう。

 だが、こればかりは無意味だ。

 カイは何を狙っている?

 何を考えているのか?

 湧き出す疑問を振り払い、ハルタは液状化した壁を泳ぐ。解像度が低い。思考がまとまらないのも、これが原因だろう。すべての物事に意味があるわけではない。

 しかし本当に?

 この世界は情報から出来ている。一つひとつ、単体だけでは意味をなさないかもしれない。けれど合わされば姿形になる。自分達に干渉すれば、意味を成す。形と意味とが合わさって、ようやく、言葉として認識できるようになるのだ。

 姿形(あれ)にはこう言う意味があったのか、と。

 微かなエンジンの唸り声。

 幼い子どもの啜り泣き。

 そのどちらもが、同じ車道の上。

 ライノが怒鳴り声をあげた。

「ちくしょうッ」と、ライノは壁から飛び出して、「ふざけやがって──わかってはいても、助けないわけにはいかねえだろうが!」

 ハルタはライノの腕を掴もうとしたが、届かない。道の向こうから暴走する自動車が、置いてけぼりの子どもを轢こうとしている。この時のために、敢えて融合しなかったのだろうか。ライノが壁から飛び出してくるのを待つために。子どもをその撒き餌として用意したのか。

 ハルタは激怒する。

「卑怯だぞ、カイ!」

 ライノが子どもを抱き抱えるなり、二人とも姿を消した。ハルタは泣きそうになる。トラックは真っ直ぐに、こちらへと突っ込んできた。壁の中へ潜ってしまえば当たらない。

 衝突音が響く。

「兄さんには感覚も感情もないわ」ベリコが冷酷に、淡々と事実を連ねるように、「だから、常に有効な方法を試すのよ──完璧にね」しかし、噛んだ唇からは赤い一筋。「でも今はそれが気に入らない。夜見研究所まではもう少し……。行くわよ、ハルタ君!」

「勿論!」


 無骨な戦いだった。泥沼を渡るようにして、街を歩き回る。何の策もなければ、あらゆる小細工も意味をなさない。ただただ先を目指し続ける。黙々と、ひたすらに。

 街は異様なほど静かだった。二人の息遣いだけが、断続的に聞こえる。壁や地中では空気は振動しない。息継ぎしなければ、何も聞こえてこなかった。


 研究所を前にした時、まず地図と照らし合わせて、本物かどうかを確認する。ホログラムによって地形ごと変えているかもしれない上、そもそも地図の方を改竄されているかもしれない。そんな、積もる量の〝かもしれない〟を幾度も乗り越えて、ようやく。ハルタとベリコは研究所に乗り込んだ。

 所内は暗く、静寂。

 様々な罠を想定して、警戒しながら進んだ。まずは第〇階層(レイヤー:ゼロ)へと繋がる回路と接続するため──機材を探す。積み重なる偶然の結果、元にあった第一研究室から離れている、ということもあり得た。カイならばそうするだろう、と。だから最初に訪れ、見つけた時、ハルタは我が目を疑った。同時に、罠ではないかと疑う。

 機材は朧気に白く光って見えた。どこにも光源はない。疲れ目だろう。ベリコは恐る恐る地面から腕を伸ばし、機材に手を触れようとした。だが、階層が異なるらしい。手がすり抜けた。

「移層する」

 とベリコは言って、腕を空中で固定する。そのまま動かない。

 ハルタはびっくりして、「どうしたんですか」

 ベリコの顔から、汗が滲み出た。硬直した表情で、

「腕が、掴まれた……」

 機材を包む白いもやが形になる。原型のない、ぼんやりとした姿。人型警備AI。亡霊が、ベリコの腕を掴んでいた。警備AIはそのままベリコを地中から引き摺り出す。ベリコは空いたもう片方の腕を、機材へと伸ばし、こちらに投げる。

「第五階層──後は、ハルタ君」

「任されました!」

 ハルタは移層した。そして、機材に触れる。視野を情報の海が広がった。その中から回路を見つけ出す。第〇階層へ続く道。カイの居る世界。

 惑星の中核。

 ハルタの意識が圧縮されていく。遠ざかる意識の中、ベリコの声がした。

「一緒に戦ってくれてありがとう」

 探偵の姿は消えてなくなる。


 ──断絶。


 展開、瞬きのように意識が芽生える。強烈な現実感。解像度が恐ろしく高い。部屋は夏にも関わらず、寒く感じられる。自分以外には誰も居ない。悠長なことはしていられなかった。迷えば融合──消されてしまう。

 ハルタは練路機に触れた。

 眠くなる。

 身体が溶けていくようだ。

 ハルタは無我の世界へ身を投げる。


 真っ暗闇。


 それ以外何もない。感覚がある。ここはどこだろうか。そして──自分は誰だっただろう。覚えていない。

 白い光点が見えた。一瞬にして黒のキャンバスを埋め尽くし、宇宙は情報で満たされていく。否、ここは宇宙ではない。世界──惑星──だ。ここは、人間のために、創られた場所。天国だ。

 混沌とした情報がまとまり、一つの細胞となる。細胞同士が寄せ集まり、人間と街とを構築した。人間の多くは生まれた時から成人している。過去はない。第二の現実を故郷とするために、記憶ごと置いてきたのだ。

 何故かそれと理解する。

 歴史が、そうして始まった。世界が生まれた頃には、既に生と死は存在している。階層(レイヤー)があったからだ。そもそもにおいて、この世界は最初から階層世界だったのだから。始まりの改変。それこそ、世界そのものの始まり──生命の起源だった。

 時は進み、歴史は動く。


 どこかで赤ん坊が生まれた。その子は産声をあげなかった。感覚がないため苦痛がない。感覚がないから、感情も乏しかった。AIと人間から生まれたことから、情報に不具合が生じてしまったらしい。創造者にとって、これは想定外の事態だったのだ。

 まさかAIと人間の間で、子を成すなんて──

 カイは人間にもAIにもならなかった。回転する独楽のように自立し、自律。自分という完璧な在り方を確立した。そんな中にあって、世界に対して疑問を抱く。何故こんなにも不完全なのか、と。

 だから動いた。一歩ずつ、着実に。根を張って、広まりながら。

 またどこかで産声があがる。


 リリィと名付けられた赤ん坊が居た。すくすくと健康に育ち、やがて勉学に興味を示していく。大学を卒業すると研究職に就いた。専門は情報物理。特に、核情報を扱っていた。それから暫くは、仕事とも趣味ともつかない、楽しい環境に恵まれる。

 ハムロ・カイとは、学生の頃からの仲だった。天乃浜研究所に配属された時、偶然にも同じタイミングでカイも異動し、二人は再会した。それが悲劇の始まりだった。


 惑星にも中核が存在していることは、以前から知られていることだった。ある日、カイはこう提案する。

「もしもこの中に別の何かを埋め込んだら、どうなるか?」と。否、厳密にはこうだ──「もしも僕がこの中に入ったら、どうなるだろう?」

 惑星核の中に人の情報は記載されている。その中に人間が入ったなら、その者は世界なのだ。しかし世界に意思が宿る。その意思は元の人間が持ち得たものと同じ。即ち世界は人間性を獲得する。すべての人の記憶を読み取り、すべての情報を網羅的に把握し、やがてはこの場所──仮想世界の果てへと行き着くのだ。

 〝すべて〟を得るために。

 それがカイの計画。しかし、リリィに阻止された。練路機に入ったのはカイではない。リリィだった。こうしてリリィは人間をやめて世界となり、人間を超えた意思を得たのである。

 まるでシュレディンガーの提唱した猫のように。或いはアリスを導き、惑わせたチェシャ猫のように。どこにも存在し、どこにも存在しない。誰にも観測でき、誰からも観測されない体となって、カイを妨害し続ける。

 孤独な旅だった。

 そんな折、リリィは記憶の海から、ひとつの産声を聞く。まるで天使の奏でるラッパのように希望に満ちた音。リリィにとって、救いとなる男の声だった。


 見てみれば、そこには見知った顔。アンタロウとサキノが、赤ん坊を抱いている。

「天を照らす晴れの字と、不浄なものを洗い流す淘汰の汰から、お前は晴汰(ハルタ)だ」と、涙を流すアンタロウ。

「二人で考えたのよー、ハルタ」

 満身創痍、息も絶え絶えにサキノは微笑んだ。

 幸せになってね、と。

 ハルタ。

 それが、自分。

 急速に自我が固着されていく。ハルタは、この情報──中核──記憶の山々から、一つの個体として出来上がった。

「ハルタ」女が隣に立つ。「良い名前ね」

 その顔には、ゴドー刑事の面影があった。ハルタに向けて、女はにっこりと笑いかける。

「貴方が、リリィさん?」

「そう」リリィは頷いて、「ずっと貴方を見守っていた。ここから、ずっと……ね」

「どうして俺を……?」

「カイが貴方を利用しようとしていたから。貴方が真実を知りたいと求めていたから。だから、私は貴方に協力したの。貴方なら、ここまで辿り着いてくれると思っていたから」

「まさか本当に辿り着くとはね」優男が、苦笑いを作った。「これがナイスガイの底力ってことかな」

「当たり前だろう。俺は、最高の両親から生まれたんだから」

 ハルタは思い切りカイを殴った。カイは勢いよくその場に倒れる。手応えがあった。しかし、相手は表情を変えない。

「生憎、痛みを感じないんだ」ゆっくり立ち上がると、いつからあったのか──椅子を引き寄せる。「さあ、話そう」

 ハルタは椅子に着く。リリィも、また。カイは二人の正面に座り、

「まさか、ここまで来るとは思わなかったよ。人物像(プロファイル)に違わず、君は執念深い」

「どうも」ハルタはぶっきらぼうに返す。

「これでも賞賛のつもりだよ、ハルタ君。僕はね、本気で天国を創ったつもりだった。それなのに、どうして? 君は救われたくないのかい」

「良く言うわ。私を利用したくせに」

 リリィはカイを睨んだ。優男は肩を竦めて応じる。

「それに、余計なお世話だ」ハルタは溜め息混じりに、「俺達から未来を奪わないでくれ」

「そんなつもりはなかった」カイは微笑を作った。

「その表情、嘘なんでしょう?」とリリィ。

「ああ、ごめんね──これが適切だと思ったんだけど」

 そう。まさにそれだ。カイの天国に抱いた違和感、否定する理由。適切だと思ったから。この言葉に尽きる。

 カイ自身が心の底から、本当に求めているわけではないのだ。それが正しいから、相応しいと思われたから──だから天国を創造する。

 その考えのどこにもカイは居ない。

「他人事ね」リリィはそう評する。「貴方はいつもそうだった」

「僕が、かい」確かにね、と他人事に頷いてみせ、「僕という個人は名前でしか存在していないから。この言葉も、思考も、身体も。名前も、かな──すべて借り物だと見做しているよ」

「じゃあ俺は誰と話しているのさ」

「ハムロ・カイだよ。紛れもなく。ただ僕がカイなのかどうかは疑わしいけれどね」

 心身が解離している──

 カイは自分自身に魂の所在を認めていないのだ。だからこそ簡単に、世界に変革をもたらせたのだろう。けれど──責任逃れに思われて、卑怯だな、とハルタは感じた。けれどカイには、それと感じることすら許されていない。それは哀れだとさえ思う。そんな薄っぺらい同情すら、無意味なのだと知ってはいても。

「お前に必要なのは──」と、ハルタは考えながら、「感覚だよ。自分という在り方だよ。何も感じないのに、自分がないのに、完璧を語るだなんて──空虚だ」

「言うね」

 カイは健やかに笑った。いや、そう演じてみせたのである。ハルタは悲しくなった。

 でもね、とカイは続ける。

「僕は本当に、自分自身が完璧なんじゃないかと考えているよ」

「どうして……」

「無我だからさ。何も感じない、だから何ら快楽も苦痛も抱かない。すべてはそうあるべきように、そうなるようにしかならない。純粋な情報として、ね──僕は生きている」

「それ、本当に生きていると言えるの……」リリィが訊く。

「僕らは情報から構築された生命だよ。前世の──つまり階層世界に来る前の生き方を模倣する必要はない。違うかな」

 カイはリリィから視線を外し、横を向いた。眩しそうに目を細め、無の空間を眺めている。ハルタは視線を追って、注視した。〇と一からなる、小さな情報群が、星々のように煌めいている。これらは生命の光。すべての根源だった。

 ハルタの持ち合わせる感覚も感情も、この言葉さえも──すべては〇と一、情報から成り立っている。カイはそれを、階層世界特有の姿形と意味に創り直そうとしただけのこと。

「その通り」とカイは頷く。「その上で、人々を完璧──無我の境地に導きたかった。混沌と秩序、これを繰り返すことで」

 カイのイメージに、情報群が集まった。立体となり、ホログラム化する。ハルタはそこに、物語を──意味を見出した。


 万物は流転する。


 ホログラムの中で永劫の命を得た人々は、長い日常を経る中で、様々な快楽や苦難を通じ、感情が麻痺しては、感覚も薄れ、やがて記憶を手放した。そして思考をも手放すようになり、無我に至る。残るのは身体を示す情報だけ……。


 不死の世界にあって、生も死も同様に価値があり、無価値でもあった。だから人によって──また受け入れるかどうかは別として──この在り方に従来の死生観とは異なる意味が見出される。即ち石や木になるような。植物みたいな生き方。ハルタは、この在り方に生きているという感覚を見出せない。何故なら、この世界に感覚はなかったから。

 しかしそれはカイも同じ。

 けれどカイは確かに生きている。生きていると思いたい。それが本音だった。

 だから、ハルタは否定する代わりに提案する。カイに、生まれ直しを。

「感覚も感情もないのに、それを否定するのはお前も同じさ」として。ハルタは、カイを真正面から見据えると、「感覚を持った状態で、また生まれるんだ。元の世界に戻って、それでも天国を創りたければそうすれば良い」

 今世か、来世かは、知らない。

「また、阻止するんだろう?」カイの問いに、

 ハルタは思わずリリィと目を合わせた。

「当たり前さ」ハルタは悠然と答える。「俺だってこの世界を──この在り方を気に入っているから」

「ナイスガイ、かい?」

 そうだ、と首肯する。

 名前を得たこと、経験すること、感じたこと、記憶すること。そのすべてが愛おしい。ハルタは、どうしようもなく肯定したくて堪らなかった。

 この世界を。

 すべての人を。

「俺は、だからお前とは平行線なんだ。交わらないし、交われない。だから完全に否定し切ることも、できない」

「だから、僕に機会をくれるのかい」

「自由意志を尊重したんだ。誰かさんみたいにね」

 カイは微笑する。板についた演技だった。

「面白い。感覚や感情を知らないのに否定するのは、確かにおかしな話だ。受け入れるよ。その上で、また検討しよう」

「一次停戦だ」

「わかった。一次停戦だ……」


 ハルタは虚空を前に立つ。

 創造するのは元の世界。階層世界ではない、七月三十日。異なるのは、カイに感覚が宿ること。

 そして、リリィが戻ること。

 世界は戻る。それまでと同じように、何気ない顔で。皆の帰りを待つだろう。

 祈りに近い思いで、ハルタは目を閉ざした。


 ふっ、と息を吐くよう音がして──産声をあげる。


 それは、カイの涙声。ハルタの隣で、うずくまるように泣いている。痛みがあるのは生きている証。

 すべて終わったのだ。

 ここは夜見研究所内、その第一階層。

 ハルタは皆──ベリコと双子、ゴドー刑事に目を向ける。ベリコは車椅子に座っていて、ライノとアイノは同居して。今はアイノの姿だった。ゴドー刑事は唐突な現実感を前に戸惑っている。けれど視線が合うと、疲れたように微笑んだ。

 元に戻っている。

 帰ってきたのだ……かつての世界に。

 研究所内のどこかには、ジータの遺体も残されている。礼を伝え忘れたな──と考えながら、ハルタはそっと一息吐いた。酷い疲労を覚え、天を見上げる。

「また来世で会おう」だからその代わり、天国に向かって呟いた。

 自分は一人ではない。仲間がいる。だから大丈夫。これからも生きていける。過去を振り返る代わりに、これからのことを考えた。


 ゴドー刑事の元にリリィが十数年振りに戻ってきたという。嬉しそうな表情が、印象的だった。階層構造が消えたお陰で、練路機を狙う者も居ない。また誰かが惑星の中核に潜ろうとしたとして、

「今度はそうならないようにするわ」

 リリィは力強くそう言うのだった。

 カイは逮捕され、今は獄中に居る。感情を手に入れたお陰で、罪の意識に押し潰されてしまいそうになるらしい。カイとはそれから、何度か面会した。証拠不十分であることもあって、極刑は免れたらしい。複雑な思いを抱いたが、相当に反省したようだ。ハルタを前にして、こう言う。

「もっと良い道があったと思う。もっと、皆を期待しても良かった」と。「君のように、未来を希望する生き方だってあるんだから……」

 その言葉に、ハルタは強く頷いた。

 それから献花のため、ブリッジシティに向かう。

 ブリッジシティはかつての惨状、そのままの状態で現存していた。あちこちに散乱する瓦礫、割れ残ったままの窓ガラス。そこに映るハルタの姿はすっかり大人になっていた。自分自身の切ない表情を見て、意識を切り替える。

 ナイスガイらしく──それが、合言葉。

 救えなかったことが心残りとなっている。ならばせめて、生き残った者としての責務を果たさなければならない。ベストを尽くすのだ。

 手の甲には、相変わらず移層装置が入っている。階層空間もまた、変わらず残っていた。だからハルタは、亡くなった人々の来世を──そこに幸福があることを祈る。


 探偵社は、相変わらずだった。階層移動装置はないけれど、それで何かが変わるということもない。一つ、場所を移転したということを除いて。流石に、廃校に居座ることなどできなくなった。なので、今は新しく部屋を借りている。

 今日も賑やかだ。

 明日はどうなるだろう? 未来のことは誰にもわからない。

 ハルタが事務所を訪れると、ベリコが待ち構えていた。

「丁度、依頼が入ってね。尾行調査をお願いしたいの」

 どうやら、双子たちは既に現場で待機しているらしい。一度手の甲を見つめてから、ハルタは口角を上げた。

「任されました!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ