最終話 希望の未来に
ぽつり、ぽつり、と小雨のように人が消えていく。
ハルタを含めて、残るはベリコとライノだけ。僅かな人数での抵抗はどれだけ有効か。わからないまま、街という情報の海に紛れて進む。相手は惑星に寄生する細胞──その一部。街そのものを改変する権限は与えられていないはず。それが、ベリコの考えだった。だからこうして、壁の中を泳いでいる。
命懸けのかくれんぼ。まだ、生き残っている。今のところ──きっと、見つかっていない。
研究所まではまだまだ先だ。息継ぎのため、時々壁から顔を出して確認する。
青空の下から、人影が見えなくなった。この場には──カイを含めて四人だけ。まさか、こんなにも融合を急ぐとは思わなかった。それとも、と考える。息継ぎのために顔を出すと、
「俺達の居場所を見分けるために、全員を一箇所に集めているのでしょうか」ハルタは訊ねた。
「多分ね」隣に顔を出したベリコが同意。
「決着をつけるつもり、か」
ライノが苦々し気に言った。
車が横を通り過ぎていく。運転中に消失したからか、車内には誰も居ない。それだと言うのに、暴走して、走ったまま。アクセルが作動している──それも、偶然の一部だろう。或いは、偶然を装って。車は壁に激突して止まった。フロント部分がひしゃげて直る。運転手が居れば、圧死していたに違いない。
と、ハルタは今の出来事が、自分達にはまったく関係ないことに気がついた。カイは何もしていないかもしれない。だが──何かしたのかもしれない……。そんな脅迫めいた妄想が頭をもたげる。すべての出来事に意味があるように思えてならない。まるで無関係のように見せられているのではないか。そう疑わされてしまう。
だが、こればかりは無意味だ。
カイは何を狙っている?
何を考えているのか?
湧き出す疑問を振り払い、ハルタは液状化した壁を泳ぐ。解像度が低い。思考がまとまらないのも、これが原因だろう。すべての物事に意味があるわけではない。
しかし本当に?
この世界は情報から出来ている。一つひとつ、単体だけでは意味をなさないかもしれない。けれど合わされば姿形になる。自分達に干渉すれば、意味を成す。形と意味とが合わさって、ようやく、言葉として認識できるようになるのだ。
姿形にはこう言う意味があったのか、と。
微かなエンジンの唸り声。
幼い子どもの啜り泣き。
そのどちらもが、同じ車道の上。
ライノが怒鳴り声をあげた。
「ちくしょうッ」と、ライノは壁から飛び出して、「ふざけやがって──わかってはいても、助けないわけにはいかねえだろうが!」
ハルタはライノの腕を掴もうとしたが、届かない。道の向こうから暴走する自動車が、置いてけぼりの子どもを轢こうとしている。この時のために、敢えて融合しなかったのだろうか。ライノが壁から飛び出してくるのを待つために。子どもをその撒き餌として用意したのか。
ハルタは激怒する。
「卑怯だぞ、カイ!」
ライノが子どもを抱き抱えるなり、二人とも姿を消した。ハルタは泣きそうになる。トラックは真っ直ぐに、こちらへと突っ込んできた。壁の中へ潜ってしまえば当たらない。
衝突音が響く。
「兄さんには感覚も感情もないわ」ベリコが冷酷に、淡々と事実を連ねるように、「だから、常に有効な方法を試すのよ──完璧にね」しかし、噛んだ唇からは赤い一筋。「でも今はそれが気に入らない。夜見研究所まではもう少し……。行くわよ、ハルタ君!」
「勿論!」
無骨な戦いだった。泥沼を渡るようにして、街を歩き回る。何の策もなければ、あらゆる小細工も意味をなさない。ただただ先を目指し続ける。黙々と、ひたすらに。
街は異様なほど静かだった。二人の息遣いだけが、断続的に聞こえる。壁や地中では空気は振動しない。息継ぎしなければ、何も聞こえてこなかった。
研究所を前にした時、まず地図と照らし合わせて、本物かどうかを確認する。ホログラムによって地形ごと変えているかもしれない上、そもそも地図の方を改竄されているかもしれない。そんな、積もる量の〝かもしれない〟を幾度も乗り越えて、ようやく。ハルタとベリコは研究所に乗り込んだ。
所内は暗く、静寂。
様々な罠を想定して、警戒しながら進んだ。まずは第〇階層へと繋がる回路と接続するため──機材を探す。積み重なる偶然の結果、元にあった第一研究室から離れている、ということもあり得た。カイならばそうするだろう、と。だから最初に訪れ、見つけた時、ハルタは我が目を疑った。同時に、罠ではないかと疑う。
機材は朧気に白く光って見えた。どこにも光源はない。疲れ目だろう。ベリコは恐る恐る地面から腕を伸ばし、機材に手を触れようとした。だが、階層が異なるらしい。手がすり抜けた。
「移層する」
とベリコは言って、腕を空中で固定する。そのまま動かない。
ハルタはびっくりして、「どうしたんですか」
ベリコの顔から、汗が滲み出た。硬直した表情で、
「腕が、掴まれた……」
機材を包む白いもやが形になる。原型のない、ぼんやりとした姿。人型警備AI。亡霊が、ベリコの腕を掴んでいた。警備AIはそのままベリコを地中から引き摺り出す。ベリコは空いたもう片方の腕を、機材へと伸ばし、こちらに投げる。
「第五階層──後は、ハルタ君」
「任されました!」
ハルタは移層した。そして、機材に触れる。視野を情報の海が広がった。その中から回路を見つけ出す。第〇階層へ続く道。カイの居る世界。
惑星の中核。
ハルタの意識が圧縮されていく。遠ざかる意識の中、ベリコの声がした。
「一緒に戦ってくれてありがとう」
探偵の姿は消えてなくなる。
──断絶。
展開、瞬きのように意識が芽生える。強烈な現実感。解像度が恐ろしく高い。部屋は夏にも関わらず、寒く感じられる。自分以外には誰も居ない。悠長なことはしていられなかった。迷えば融合──消されてしまう。
ハルタは練路機に触れた。
眠くなる。
身体が溶けていくようだ。
ハルタは無我の世界へ身を投げる。
真っ暗闇。
それ以外何もない。感覚がある。ここはどこだろうか。そして──自分は誰だっただろう。覚えていない。
白い光点が見えた。一瞬にして黒のキャンバスを埋め尽くし、宇宙は情報で満たされていく。否、ここは宇宙ではない。世界──惑星──だ。ここは、人間のために、創られた場所。天国だ。
混沌とした情報がまとまり、一つの細胞となる。細胞同士が寄せ集まり、人間と街とを構築した。人間の多くは生まれた時から成人している。過去はない。第二の現実を故郷とするために、記憶ごと置いてきたのだ。
何故かそれと理解する。
歴史が、そうして始まった。世界が生まれた頃には、既に生と死は存在している。階層があったからだ。そもそもにおいて、この世界は最初から階層世界だったのだから。始まりの改変。それこそ、世界そのものの始まり──生命の起源だった。
時は進み、歴史は動く。
どこかで赤ん坊が生まれた。その子は産声をあげなかった。感覚がないため苦痛がない。感覚がないから、感情も乏しかった。AIと人間から生まれたことから、情報に不具合が生じてしまったらしい。創造者にとって、これは想定外の事態だったのだ。
まさかAIと人間の間で、子を成すなんて──
カイは人間にもAIにもならなかった。回転する独楽のように自立し、自律。自分という完璧な在り方を確立した。そんな中にあって、世界に対して疑問を抱く。何故こんなにも不完全なのか、と。
だから動いた。一歩ずつ、着実に。根を張って、広まりながら。
またどこかで産声があがる。
リリィと名付けられた赤ん坊が居た。すくすくと健康に育ち、やがて勉学に興味を示していく。大学を卒業すると研究職に就いた。専門は情報物理。特に、核情報を扱っていた。それから暫くは、仕事とも趣味ともつかない、楽しい環境に恵まれる。
ハムロ・カイとは、学生の頃からの仲だった。天乃浜研究所に配属された時、偶然にも同じタイミングでカイも異動し、二人は再会した。それが悲劇の始まりだった。
惑星にも中核が存在していることは、以前から知られていることだった。ある日、カイはこう提案する。
「もしもこの中に別の何かを埋め込んだら、どうなるか?」と。否、厳密にはこうだ──「もしも僕がこの中に入ったら、どうなるだろう?」
惑星核の中に人の情報は記載されている。その中に人間が入ったなら、その者は世界なのだ。しかし世界に意思が宿る。その意思は元の人間が持ち得たものと同じ。即ち世界は人間性を獲得する。すべての人の記憶を読み取り、すべての情報を網羅的に把握し、やがてはこの場所──仮想世界の果てへと行き着くのだ。
〝すべて〟を得るために。
それがカイの計画。しかし、リリィに阻止された。練路機に入ったのはカイではない。リリィだった。こうしてリリィは人間をやめて世界となり、人間を超えた意思を得たのである。
まるでシュレディンガーの提唱した猫のように。或いはアリスを導き、惑わせたチェシャ猫のように。どこにも存在し、どこにも存在しない。誰にも観測でき、誰からも観測されない体となって、カイを妨害し続ける。
孤独な旅だった。
そんな折、リリィは記憶の海から、ひとつの産声を聞く。まるで天使の奏でるラッパのように希望に満ちた音。リリィにとって、救いとなる男の声だった。
見てみれば、そこには見知った顔。アンタロウとサキノが、赤ん坊を抱いている。
「天を照らす晴れの字と、不浄なものを洗い流す淘汰の汰から、お前は晴汰だ」と、涙を流すアンタロウ。
「二人で考えたのよー、ハルタ」
満身創痍、息も絶え絶えにサキノは微笑んだ。
幸せになってね、と。
ハルタ。
それが、自分。
急速に自我が固着されていく。ハルタは、この情報──中核──記憶の山々から、一つの個体として出来上がった。
「ハルタ」女が隣に立つ。「良い名前ね」
その顔には、ゴドー刑事の面影があった。ハルタに向けて、女はにっこりと笑いかける。
「貴方が、リリィさん?」
「そう」リリィは頷いて、「ずっと貴方を見守っていた。ここから、ずっと……ね」
「どうして俺を……?」
「カイが貴方を利用しようとしていたから。貴方が真実を知りたいと求めていたから。だから、私は貴方に協力したの。貴方なら、ここまで辿り着いてくれると思っていたから」
「まさか本当に辿り着くとはね」優男が、苦笑いを作った。「これがナイスガイの底力ってことかな」
「当たり前だろう。俺は、最高の両親から生まれたんだから」
ハルタは思い切りカイを殴った。カイは勢いよくその場に倒れる。手応えがあった。しかし、相手は表情を変えない。
「生憎、痛みを感じないんだ」ゆっくり立ち上がると、いつからあったのか──椅子を引き寄せる。「さあ、話そう」
ハルタは椅子に着く。リリィも、また。カイは二人の正面に座り、
「まさか、ここまで来るとは思わなかったよ。人物像に違わず、君は執念深い」
「どうも」ハルタはぶっきらぼうに返す。
「これでも賞賛のつもりだよ、ハルタ君。僕はね、本気で天国を創ったつもりだった。それなのに、どうして? 君は救われたくないのかい」
「良く言うわ。私を利用したくせに」
リリィはカイを睨んだ。優男は肩を竦めて応じる。
「それに、余計なお世話だ」ハルタは溜め息混じりに、「俺達から未来を奪わないでくれ」
「そんなつもりはなかった」カイは微笑を作った。
「その表情、嘘なんでしょう?」とリリィ。
「ああ、ごめんね──これが適切だと思ったんだけど」
そう。まさにそれだ。カイの天国に抱いた違和感、否定する理由。適切だと思ったから。この言葉に尽きる。
カイ自身が心の底から、本当に求めているわけではないのだ。それが正しいから、相応しいと思われたから──だから天国を創造する。
その考えのどこにもカイは居ない。
「他人事ね」リリィはそう評する。「貴方はいつもそうだった」
「僕が、かい」確かにね、と他人事に頷いてみせ、「僕という個人は名前でしか存在していないから。この言葉も、思考も、身体も。名前も、かな──すべて借り物だと見做しているよ」
「じゃあ俺は誰と話しているのさ」
「ハムロ・カイだよ。紛れもなく。ただ僕がカイなのかどうかは疑わしいけれどね」
心身が解離している──
カイは自分自身に魂の所在を認めていないのだ。だからこそ簡単に、世界に変革をもたらせたのだろう。けれど──責任逃れに思われて、卑怯だな、とハルタは感じた。けれどカイには、それと感じることすら許されていない。それは哀れだとさえ思う。そんな薄っぺらい同情すら、無意味なのだと知ってはいても。
「お前に必要なのは──」と、ハルタは考えながら、「感覚だよ。自分という在り方だよ。何も感じないのに、自分がないのに、完璧を語るだなんて──空虚だ」
「言うね」
カイは健やかに笑った。いや、そう演じてみせたのである。ハルタは悲しくなった。
でもね、とカイは続ける。
「僕は本当に、自分自身が完璧なんじゃないかと考えているよ」
「どうして……」
「無我だからさ。何も感じない、だから何ら快楽も苦痛も抱かない。すべてはそうあるべきように、そうなるようにしかならない。純粋な情報として、ね──僕は生きている」
「それ、本当に生きていると言えるの……」リリィが訊く。
「僕らは情報から構築された生命だよ。前世の──つまり階層世界に来る前の生き方を模倣する必要はない。違うかな」
カイはリリィから視線を外し、横を向いた。眩しそうに目を細め、無の空間を眺めている。ハルタは視線を追って、注視した。〇と一からなる、小さな情報群が、星々のように煌めいている。これらは生命の光。すべての根源だった。
ハルタの持ち合わせる感覚も感情も、この言葉さえも──すべては〇と一、情報から成り立っている。カイはそれを、階層世界特有の姿形と意味に創り直そうとしただけのこと。
「その通り」とカイは頷く。「その上で、人々を完璧──無我の境地に導きたかった。混沌と秩序、これを繰り返すことで」
カイのイメージに、情報群が集まった。立体となり、ホログラム化する。ハルタはそこに、物語を──意味を見出した。
万物は流転する。
ホログラムの中で永劫の命を得た人々は、長い日常を経る中で、様々な快楽や苦難を通じ、感情が麻痺しては、感覚も薄れ、やがて記憶を手放した。そして思考をも手放すようになり、無我に至る。残るのは身体を示す情報だけ……。
不死の世界にあって、生も死も同様に価値があり、無価値でもあった。だから人によって──また受け入れるかどうかは別として──この在り方に従来の死生観とは異なる意味が見出される。即ち石や木になるような。植物みたいな生き方。ハルタは、この在り方に生きているという感覚を見出せない。何故なら、この世界に感覚はなかったから。
しかしそれはカイも同じ。
けれどカイは確かに生きている。生きていると思いたい。それが本音だった。
だから、ハルタは否定する代わりに提案する。カイに、生まれ直しを。
「感覚も感情もないのに、それを否定するのはお前も同じさ」として。ハルタは、カイを真正面から見据えると、「感覚を持った状態で、また生まれるんだ。元の世界に戻って、それでも天国を創りたければそうすれば良い」
今世か、来世かは、知らない。
「また、阻止するんだろう?」カイの問いに、
ハルタは思わずリリィと目を合わせた。
「当たり前さ」ハルタは悠然と答える。「俺だってこの世界を──この在り方を気に入っているから」
「ナイスガイ、かい?」
そうだ、と首肯する。
名前を得たこと、経験すること、感じたこと、記憶すること。そのすべてが愛おしい。ハルタは、どうしようもなく肯定したくて堪らなかった。
この世界を。
すべての人を。
「俺は、だからお前とは平行線なんだ。交わらないし、交われない。だから完全に否定し切ることも、できない」
「だから、僕に機会をくれるのかい」
「自由意志を尊重したんだ。誰かさんみたいにね」
カイは微笑する。板についた演技だった。
「面白い。感覚や感情を知らないのに否定するのは、確かにおかしな話だ。受け入れるよ。その上で、また検討しよう」
「一次停戦だ」
「わかった。一次停戦だ……」
ハルタは虚空を前に立つ。
創造するのは元の世界。階層世界ではない、七月三十日。異なるのは、カイに感覚が宿ること。
そして、リリィが戻ること。
世界は戻る。それまでと同じように、何気ない顔で。皆の帰りを待つだろう。
祈りに近い思いで、ハルタは目を閉ざした。
ふっ、と息を吐くよう音がして──産声をあげる。
それは、カイの涙声。ハルタの隣で、うずくまるように泣いている。痛みがあるのは生きている証。
すべて終わったのだ。
ここは夜見研究所内、その第一階層。
ハルタは皆──ベリコと双子、ゴドー刑事に目を向ける。ベリコは車椅子に座っていて、ライノとアイノは同居して。今はアイノの姿だった。ゴドー刑事は唐突な現実感を前に戸惑っている。けれど視線が合うと、疲れたように微笑んだ。
元に戻っている。
帰ってきたのだ……かつての世界に。
研究所内のどこかには、ジータの遺体も残されている。礼を伝え忘れたな──と考えながら、ハルタはそっと一息吐いた。酷い疲労を覚え、天を見上げる。
「また来世で会おう」だからその代わり、天国に向かって呟いた。
自分は一人ではない。仲間がいる。だから大丈夫。これからも生きていける。過去を振り返る代わりに、これからのことを考えた。
ゴドー刑事の元にリリィが十数年振りに戻ってきたという。嬉しそうな表情が、印象的だった。階層構造が消えたお陰で、練路機を狙う者も居ない。また誰かが惑星の中核に潜ろうとしたとして、
「今度はそうならないようにするわ」
リリィは力強くそう言うのだった。
カイは逮捕され、今は獄中に居る。感情を手に入れたお陰で、罪の意識に押し潰されてしまいそうになるらしい。カイとはそれから、何度か面会した。証拠不十分であることもあって、極刑は免れたらしい。複雑な思いを抱いたが、相当に反省したようだ。ハルタを前にして、こう言う。
「もっと良い道があったと思う。もっと、皆を期待しても良かった」と。「君のように、未来を希望する生き方だってあるんだから……」
その言葉に、ハルタは強く頷いた。
それから献花のため、ブリッジシティに向かう。
ブリッジシティはかつての惨状、そのままの状態で現存していた。あちこちに散乱する瓦礫、割れ残ったままの窓ガラス。そこに映るハルタの姿はすっかり大人になっていた。自分自身の切ない表情を見て、意識を切り替える。
ナイスガイらしく──それが、合言葉。
救えなかったことが心残りとなっている。ならばせめて、生き残った者としての責務を果たさなければならない。ベストを尽くすのだ。
手の甲には、相変わらず移層装置が入っている。階層空間もまた、変わらず残っていた。だからハルタは、亡くなった人々の来世を──そこに幸福があることを祈る。
探偵社は、相変わらずだった。階層移動装置はないけれど、それで何かが変わるということもない。一つ、場所を移転したということを除いて。流石に、廃校に居座ることなどできなくなった。なので、今は新しく部屋を借りている。
今日も賑やかだ。
明日はどうなるだろう? 未来のことは誰にもわからない。
ハルタが事務所を訪れると、ベリコが待ち構えていた。
「丁度、依頼が入ってね。尾行調査をお願いしたいの」
どうやら、双子たちは既に現場で待機しているらしい。一度手の甲を見つめてから、ハルタは口角を上げた。
「任されました!」