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第一話 配達のお仕事

 世界は情報で出来ている。

 それを発見したのは、むかしむかしの人だった。


 核と呼ばれる物質から、物質は構成されている。厳密に言うなら核とは、物質を規定する情報のこと。情報の集合体を指す。すべてはそれの規定するまま、姿形らしさを決めていた。

 例えばりんごと言えば、赤く、丸みを帯びている果物だ。そこに幾つかのばらつき、多少の違いこそあれ、大体の形は定められている。だからクオリアの同一性は保証されていた。つまり核は共通見解の基と言える。

 核から構築されているのは人間も同じ。今までは遺伝子が、情報の源として扱われていたが、それは核が生み出す情報の海に過ぎなかった。更にその先があったわけになる。

 核の発見は、多くの人々を混乱させた。けれど、発見がもたらした恩恵もある。それは物質の情報化と、情報の物質化技術。同一性を保持したまま、別の形へと変換することが可能になった、ということ。この事実は、むかしの人々にとっての未来を大きく変えることになった。


 物質と情報──


 この二つの要素が同一とみなされたことから、人型AIが新たな人種として認められるようになっている。もしかしたら、この事実はむかしの人には信じがたい話なのかもしれない。

 

 今や隅々まで情報処理されたこの街にとって、唯一空だけが自然だった。だるような暑さを絶え間なく注ぐ日差しに目を細めながら、フタミヤ・ハルタは天を仰ぐ。目的のマンションを目にして自転車から降りると、手のひらを広げた。自転車はコンパクトに折り畳まれて圧縮──手中に収まっていく。

 これをポケットに入れると、一人頷いて、ハルタは扉を潜った。

 狭苦しいエントランスは、しかし外と比べて涼しい。猛暑もここまでは辿り着けなかったようだ。ハルタは懐から、ロゴマークが描かれた、二枚のピザ箱を取り出す。

 次いで、ハルタは届け先の入居番号を入力して、相手を呼び出した。繋がると、

「ピザをお届けに参りました」と、モニター越しに言う。

「それじゃあ、上まで来て」

 家主の言葉と共に扉のロックが外された。ハルタは支給された帽子を上げて、軽く会釈する。帽子には臨時配達人を示すロゴマークが記されているのだが、伝わっただろうか。まあ伝わらなくても良い。どちらかと言えば、自己満足に近い。これはアピールのようなもの。ナイスガイになるための、それらしい仕草。

 ハルタは扉を抜けて、エレベーターの前に立つ。傍に設置された無機質なボタンから、目当ての階数を押した。するとハルタの体は圧縮。

 変形して、瞬く間に情報となって上階へ。

 エレベーター前で解凍し、また元の体に再構築される。体が情報化されて、電気信号パルスとなって回路トンネルを伝い、移動したのだ。電気信号となること。これを圧縮と言う。別の情報から元の姿へと戻ること。これを展開と呼ぶ。

 自分が移動したことを理解して、ハルタは部屋を探した。見つけると、インターホンを鳴らす。遅れて家主が扉を開けたので、ピザを渡した。これも元は店で作られ箱に入れられたピザを圧縮したもの──だからあとは展開するだけ。

 受け取りが完了されたので、店舗へと代金が支払われた。その一部がハルタの元へ送金される。空中にウインドウを展開し、これを確認。

「またご利用ください」

 愛想良く挨拶すると、客人はにこやかに頷き、部屋に消えた。ハルタはその場を後にする。

 エレベーターよりまた圧縮。道中の物質移動は省かれ、結果へと即座に換算される。圧縮は、まるで体が溶けるような感覚。細胞の一つひとつから吸い込まれるように情報となり、エントランス前で展開、吐き出されると、大きく伸びをした。これで今日の配達はすべて終わり。順調だった。満足して、ハルタは懐から展開した自転車に跨がる。家には誰も居ないし、この後も暇ではあったが、帰宅することにした。

 勉強するのも良いかもしれない。

 夏休みの課題ならとうに済ませてある。あとは来年に備えて、受験勉強に励むべきか。

 暗くなりかけた気分を切り替えるべく、ハルタは口笛を吹きつつ、自転車を漕ぐ。体を動かすのは好きだ。体を情報化して、瞬間移動するのも楽だが、それでは得られないものもある。例えばそれは、感覚的なもの。ここ──天乃浜あまのはま市は、臨海新都心だから、潮風が気持ち良い。瞬間移動では得られないもののひとつだ。

 海が見渡せる下り道を渡りながら、ハルタは風を受ける。車はない。自分ひとり、タイヤの摩擦音だけが聞こえる。道中はずっと拡張現実が彩っていた。追跡型広告、ホログラム遊歩者、ウインドウに放映された、見知らぬバンドのとある新曲紹介が字幕付き、無音で流されていたり──などなど。飽きこそしないが鬱陶しい。視界を覆いかねない密度で埋め尽くされていて、世界は張り紙だらけの掲示板みたいだ。

 けれどそれもあながち間違いではないのだろう。世界の殆どは情報化されているのだから。体内に埋め込まれた核──いわゆる認識プログラムが、すべてを情報に置き換えている。この肉体を含めた、数多のオブジェクト。

 感情だって同じ。情報化されたことで数値に替えられ、その表情にはその言動にはその仕草には。どんな感情が込められているのか、はっきりと分かるようになった。だから愛想笑いといった曖昧な表情を浮かべるのは危険と言えるだろう。

 ハルタは何気なく海へと視線を投げかけた。あれもまた、情報に過ぎないのだろうか、と。そう思って。

 波はまるで、年を経るごとに言葉が意味を変えて流通しているように、絶えず形を変えながら、動き続けている。物の情報化もそれと同様だ。ハルタだって、成長という形で姿形が変化する。まだ十六歳だから、これからもっと変容するはずだ。今の姿は仮のものに過ぎない。果たして定着する日が来るのか、それは知らないけれど……。

 やがて交差点に差し掛かった。人通りも多くなって、速度を緩める。横断歩道を前に立ち止まっているホログラムの女、スーツ姿の男、学生風の少年。と、三人の姿が見えた。信号機は赤を示している。ハルタは自転車を止めた。彼らを横目に、このうちの何人がAIだろうと考える。

 住人の中に魂なき生者(AI)が混ざっていると判明したのは、一世紀ほど前のこと。哲学的ゾンビのように意識はなく、感情表現──彼らは感情言語と表現する──が苦手で、論理的にしか理解を示さない特徴がある。

 しかし傍目から見れば人間と大差ない。そう言う人なのだ、と受け入れてしまえば、意外に普通だったりする。だからこそ、社会にも馴染めたのだろう──とハルタは思った。

 午後五時の空はまだ明るい。

 雲一つとしてない晴天。

 鳴き声がした。見れば、道路を猫が横断している。猫は不思議な模様だった。体半分が白く、また半分が黒一色。ふと、誰かの視線を感じた。見渡しても誰もおらず、また、車は来そうにない。今なら大丈夫だろうか。見過ごすことに決める。


 瞬間──目の前に黒いシルエット。

 大きな鉄塊。

 遅れてから、それがトラックだと気がついた。

 ホログラム?

 それは唐突に、何もないところから出現したように見える。

 運転手は覆面を被っていた。ホログラムではない。ハルタは直感し、目を見開かせた。


 猫とぶつかってしまう。

 思わず自転車を走らせていた。猫を抱き抱えると、逃げるように飛び退く。だが、間に合いそうにない。

 ハルタは目を瞑り、身を屈め、衝撃に耐えようとした。が、しかし何も起こる気配がない。恐る恐る目蓋を開ける。トラックは見当たらない。消えていた。ハルタは呆然として、モノクロ猫を見やる。そちらも姿を眩ましていた。もう、どこにもその姿は見えない。

 と、風景が変わる。

 眼前にはステンレス製なのか、凹凸のある壁ができ、地面が大きく揺れた。見れば自転車が床に埋まっている。のめり込むようにして、タイヤが沈んでいるのだ。ペダルから足を下ろすと、次第に現状が分かりかけてくる。ここはトラックの荷台──積荷の中ではないか。

 背後に足音が聞こえ、首を回すと、男が一人そこに立っていた。目出し帽を被っている。一目でまともな人種ではないことが把握できた。男はこちらを睨んでいる。ハルタは恐る恐る自転車から降りると、一歩だけ後退。距離を取った。

 車内が音を立てて揺れる。どこかに物が置いてあるらしい。それが、がたがたと鳴らしているのだ。首を回すと、背後には開いたトランク。中からは溢れんばかりの札束が見え、額から頬にかけて汗が伝った。

「えーっと」

 ハルタは前へと向き直りながら、覆面の男に対話を試みる。が、相手の鋭い視線に首を竦めた。機嫌が悪いらしい。

「どこから入ってきた」低い声で問われる。

「いや、気が付いたらいつの間にかここに……」

「お前も装置を持っているな?」

 話が噛み合わない。全身に緊張を帯びて、筋肉が硬直する。男が一歩近づいた。それに合わせて、ハルタは硬い動きで後ろへ。

「装置って何のこと」と聞けば、

 男は笑い、「惚けるな。どうせお前も練路れんじ機を狙いに来たんだろ?」そう言って、トランクの横に積まれた、大きな箱に目を向けた。ハルタもそちらへと目を向ける。「俺らと同じってこった……」

 また知らない言葉が増えた。ただでさえ意味のわからない状況である。その上、目の前の男が何者なのか。得体が知れない。

 どうやってこの場を切り抜けるか。ドアに目を向けたけれど、内側からでは開けられそうにない。そもそも自分は、どのようにして内部へ入ったのだろうか。男の台詞を借りるならば、装置とやらの効果であろう。それが電子レンジと関係あるのか、別なのかは判別つかない。だから装置を使って、もう一度、入った時と同じ方法で出ていく、というのは難しそうだ。

 後は、ここから出してくれるよう説得するしかない。ハルタは被っていた帽子を指差して、

「いや、俺はただの配達員です。何だかよく分かりませんけど、知らないうちにここへ入っちゃったみたいで……」自転車が何かとぶつかったのか、ハンドルが大きく動いた。「ほら、そこに埋まってる自転車があるでしょう。もう何が何やらわけがわからなくて──」

 と、急激に速度が落とされた。ブレーキをかけたのだろう。二人はよろめいて、転びそうになった。覆面の男から、車のキーに似た代物が落とされて、ハルタの元へ。思わず拾うと、それが車のキーではないことが理解できた。

 差し込むための剣の部分がなく、中央に据えられた小さな画面と、それを上下に挟むようにしてボタンが二つあるばかり。画面には数字で一と記されている。上下のボタンを押せば、数字が切り替わるのではないか、と想像した。

 速度が安定すると、覆面の男が「おい」と叫び、「移動装置を返せ」と凄んでみせる。

 ハルタは圧倒されかけたが、手に持ったものこそ瞬間移動のための装置であると知って、下のボタンを一度。強く押し込んだ。

 車のエンジン音が聞こえる。

 何も変わらない。

 痺れを切らした男が、ハルタに掴み掛かろうとしたので、今度は上のボタンを押す。ふと、目の前を遮るものが何もなくなった。男やトラックの姿は跡形もなく、また、街中を走る他の車やら通りすがる人の姿も消えている。


 酷く静かだった。


 何もない。

 何もかもが存在していない。

 ハルタは空中に投げ出され、軽い重力の中を漂っている。引き伸ばされた一瞬間のうちに悟った。手元の装置が、これをやったのだと。背中から着地する前に、画面を見た。数字は二と記されている。


 ボタンを押したことで、世界は不可思議に変化していた。どう言うわけか見極めようとハルタは目を凝らす。


 自分も街並みも同じように見えて、その実、すべてが曖昧になっていた。輪郭ならはっきりしている。問題なのはその中身の方だ。薄ぼんやりとしていて、掴みどころがない。これはハルタ自身にも言えることだった。

 体を構成する細胞の一つひとつがよく見えるような、奇妙な感覚。点描画のように一点ずつはっきりと誇張されているみたいに思える。ここではそれがすべてに適用されていた。粗の目立つ空間が集合し、それによって、ビルや立ち並ぶマンションとして確立している。

 何もかもが寄せ集め(ゲシュタルト)なのだ、ということ。

 それと受け入れるのに二秒ほどかかった。

 都市はひとりぼっちの寄せ集め。


 装置に目を戻す。

 画面に目を、ボタンに指を。

 そして、下を一度押した。


 瞬間、現実レイヤーが切り替わる。


 予想通り、今度は数字が一に切り替わり、周囲に喧騒が戻った。と思えばまた、ハルタは別の車に乗り込んでいる。拡張現実だろうか?

 確認する暇もなく、後部座席に全身から着地し、柔らかくもしっかりとしたシートに体当たり。鼻を強く打ち付けたようだ。思わず顔を顰める。

「何? どうしたの?」女の驚いた声。低い、艶のあるその声の位置からして、助手席に居るらしい。

「階層移動者ですか?」今度は運転席から聞こえた。透き通るような中性的な女の声。しかしそれも、「装置は持ってるか?」同じ位置からまったく別の、男の声へと移り変わっていく。

 ハルタは頭を押さえながら顔を上げた。手は何も掴んでいない。落としたのだろうか。慌てて装置を探すと、

「これをお探しかしら」

 助手席からコーヒーブラウン色の、肩までかかるショートカットの髪をした女が、こちらへ話しかけた。陶器のような、白い肌をしている。そちらへ目を配ると、確かに装置を握っているのが見えた。取り返そうとして、女が腕を上げたので、掴めない。その時になって、そのひとが車椅子に座っていたのが目に入った。

「どうしてこんなものを、君みたいな少年が持っているのかな?」助手席の女が訊ねる。「これ、どこにでも売ってるものじゃないわ」

「拾ったんだ」と、ハルタ。

「どこで?」

 今度は運転席から男の声。バックミラーから、こちらを一瞥している。クリーム色の短髪に、シックなスーツ、褐色肌の男は首を傾げていた。と、全身にたくさんの縦線が刻まれていき、顔つきはそのまま──姿形が女へと変化する。褐色の女はみるみるうちに髪型を変え、長い髪を後ろでまとめた姿になり、ハルタに向けて目を細めた。少年とも取れる抑揚のない声で、

「どこでこれを拾ったのですか?」と詰める。

 ハルタはフロントガラス越しに、前を進むトラックを見据えながら、

「あの荷台から……。覆面の男が持ってたんです」

「トラックに居たの?」助手席の女がびっくりしたように目を見開いた。「どうして?」

「さあ……」ハルタは肩を竦めて苦笑する。緊張が解けたからか、指先が震えていた。「何もないところから、突然、トラックが生まれたんですよ」

「配達の仕事中だった?」

「いや……後は自分を家に送るだけでしたから」

「そう──災難ね」女は微笑する。

 背もたれに体を預けてから、ふぅと一息。そうだ、何も装置を取り返す必要はない。あれは最初から自分のものではないのだから。ハルタは興味から、

「その装置、どうするんですか」と訊ねる。

「欲しい?」助手席の女は、いたずらっぽく言った。

「楽しかったけれど、一回使いましたし。……もう良いかな」

「無欲なのですね」運転手が冷たく言う。

「そうですかね……」

 ハルタは不思議に思って訊ね返した。目線が合うばかりで、返答はない。代わりに助手席の女が、

「もう一度使いたくない?」と装置を差し出した。

 思わずハルタはそれを受け取ると、「え?」

 呆気にとられて首を捻る。

「何のつもりだ?」運転手は男に戻り、助手席の方へと顔を向けた。「まさかとは思うが──」

「多分、そのまさか」女はコーヒーブラウン色の髪を掻き上げて、ハルタに片目を瞑ってみせる。「あのトラックに戻って欲しいの」


 あの時の恐怖を思えば、嫌だと思って然るべきだ。けれど、ナイスガイならば何と答えるだろう。父・アンタロウは、幼少の頃からハルタにナイスガイになれと言った。

「ナイスガイって何?」

 意味もわからず問うてみれば、答えはいつも同じ。

「最高な男のことさ」


 ハルタは暫く考えてみてから、

「どうして、トラックに戻れと? そもそもあのトラックは何だったの」

 運転手の性別がまた変わり、「それは貴方の知ることじゃ──」

「彼らはね、一言で言えば強盗犯なの」助手席の女が遮るように説明した。「都内にね、政府お抱えの研究所があって。それはそれは大事な機械を盗み出したのよ」

「もしかしてレンジ……」

「その通り!」女は運転手と顔を見合わせる。「みちを練ると書いて練路(れんじ)機ね。で、私たちはそれを追っているの」と、どこかからパトカーのサイレンが鳴り響き、「警察と一緒に、ね……」

 そう締めくくるのだった。

 ならば二人(+一人)に協力することは正義だと言える。ナイスガイを目指すなら断る理由もない。だがトラックに戻ったとして、自分に何ができるだろう。真っ向から挑みかかったとして、相手が武器を持っていれば危険な上に目的が達されるとは思えない。

 そもそも自分がトラックに戻り、果たすべき課題とは何だろう。自分は何を期待されているのか。ハルタが考えていると、前方に留まっていたトラックの荷台が、突如として開かれる。そこには先ほど相対したばかりの男。手にはトランク、そして札束──

 風に煽られ、フロントガラスに張り付いた。瞬間、視界が覆われる。運転手は慌てる事なく、ワイパーを揺らしてお札を退かした。助手席の女が、窓から少し身を乗り出してそれを取り除く。ハルタから見て、それは冷静な対処に見えたが、その間にもトラックからは随分と距離を離されていた。

「君がすべきことは一つ」お札を握りしめながら、女が言う。「奴らの先回りをして、トラックが背後に回った瞬間──」

「装置から飛び出して、運転手を無力化」ハルタはナイスガイを意識して微笑すると、「そしてトラックを止める。……そうですね?」

「その通り。では、作戦決行!」

 助手席の女が拳を掲げると同時に、車が急加速したので、ハルタは頭からシートに倒れかかった。道を逸れて回り道するため、トラックから少しばかり遠ざかっていく。この間にもぐんぐんと速度は増していき、何台も車両を追い越した。ハルタは装置を返してもらい、手のひらに収める。

 使い方はわかるでしょうけれど、とコーヒーブラウン色の髪の女が口を開き、

「画面に表示されている数字が現在地点。ボタンを押すごとに、場所が切り替わる。イメージとしてはエレベータかな。一がここで、二が上の階。で、一よりも下、地下へは行けない」

「それはどうして?」

「さあねえ」とは助手席の女。「地下はないってことなんでしょうね、多分」

「位置に着きましたよ、所長」

 運転手は男の状態で、そう声をかけた。どうして忙しなく性別を切り替えるのだろう。ハルタは疑問に思ったが、口にはしなかった。少なくとも人間ではなく、AI特有の理由からかもしれない。

「相変わらず仕事が早いわね」所長と呼ばれた女が、助手席から運転手に言葉をかけると、こちらを見つめ、「後はお願い」

 この役割は自分にしか担えないのだと思うと、やる気がみなぎってきた。ハルタは頷いて、

「任された!」

 車が急停止するのに合わせて、ボタンを押す。装置は場所を移し替え、ハルタを無人の街へと送り出した。体が外へ投げ出された瞬間、空中で振り返る。トラックのある位置を思い出し、タイミングを見計らった。

 そしてボタンをもう一度。

 フロントガラスを越えて、ハルタは運転手に体当たりした。膝が相手の顔へと、まともに当たったらしい。男はそのままぐったりしてしまう。ハルタは助手席に移り、ハンドルを操作。運転手の足をどうにか動かし、ブレーキを踏ますと、路傍に退かせた。

 短く嘆息すると、辺りに被害がないことを確かめて、晴々とした表情で降車する。ハルタの周りにはパトカーが集まった。警官が一斉に取り囲み、ハルタはなす術もなく確保。その場に取り押さえられた。

 警官の一人が進み出て、荷台を開ける。

「何も無いぞ、もぬけの殻だ」

「え?」

 呆然としてハルタは呟いた。

 ──まさか、この一瞬で?

 男たちは、途中で積荷レンジを降ろしたのだろう。だから一人居なくなった。刑事の誰かから舌打ちが聞こえる。それからハルタは押さえつけられたまま、身動きも取れず、周囲が騒々しくなっていくのを耳にした。

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