カーマイン②
「ギャアアァァ!!」
突然の叫び声にカーマインは目を覚ました。
ウルサイ……一体どこのどいつだ。
山の岩肌をくりぬいたような場所でカーマインは眠っていた。人間に襲われ、逃走したのだ。こんなことは初めてだった。プライドがズタズタにされたが、命には代えられるものではない。
逃走後も何度か人間たちの襲撃を受け、そのたびに傷つきながらもなんとか逃げることが出来た。だが、そろそろ限界が近かった。
身体中傷だらけで首を動かすことも避けたいカーマインは目を開け、声のする方へ視線だけ向ける。と、ソコには子供のゴブリンが腰を抜かしていた。
なんだゴブリンの童か……ゴブリンは苦みがあってワイは好かん。それに喰っても腹の足しにもならんな。
ゴブリンの子供を気にせずカーマインは再び目を閉じた。
ガサガサッ
「キャアアアァァァー!!」
草を掻き分ける音の後、再び上がった叫び声にカーマインは苛立った。
何なんだ! こっちは瀕死なんだ、少しは休ませろ!
イラつき怒鳴りたくなる衝動を抑え、カーマインは再び目を開け、視線をそちらへ向けた。
……童が二匹……少なすぎる……
今度も子供のゴブリン、それもメスだ。どうやら姉弟のようだ。二匹は抱き合い、怯えていた。
カーマインの興味はそこで失せてまた眠りに就くことにした。
ゴブリンの姉弟が現れて数日が経った――
カーマインは相変わらず睡眠をむさぼっている。いくら寝ても満たされることはない。
そんな中、ゴブリンの姉弟は頻繁にカーマインの元を訪れていた。
初めは岩陰に隠れてこちらを眺めているだけだったが、日を追うごとに距離が近くなり、今では身体をベタベタ触るほどになった。
う……ウザすぎる……
最初に見た時に少しでも威嚇をしておけばよかったと後悔をした。まさかゴブリンがこんなに馴れ馴れしくしてくるとは思ってもみなかった。
「グアアアアァァァァァ――――!!」
我慢の限界を迎えたカーマインは雄叫びを上げた。口元にいたゴブリンの姉弟はその勢いでゴロゴロと後ろへ飛ばされていった。
ヤレヤレ……これで静かになるだろう……
カーマインは再び眠りについた。
数日後、カーマインの目の前には果物が置かれていた。
「………………」
カーマインは送り主の方へ視線を向けた。ソコには岩陰からチラチラとこちらを伺っているゴブリン姉弟がいた。
「ハァー……」
まさかゴブリンの子供に施しを受けるとは思ってもみなかった。だが、これを喜んで受け取ってはドラゴンの沽券にかかわる。人間の襲撃ではプライドより命を選び逃げたが、ゴブリンに施しを受けて生き長らえることには我慢が出来なかった。
カーマインは『ゴクリッ』と唾を呑み込んだが、再び眠ることを選んだ。
それから数日が経った頃、カーマインの目の前には大量の果物が置かれていた。あれからゴブリン姉弟は毎日果物を置いていたのだ。
いくら置かれても食わんのに……
だが心とは裏腹に腹の虫はかつてないほどに暴れていた。それを裏付けるようにカーマインの傷の治りはすこぶる悪かった。エネルギーが枯渇していることは明白だ。
そろそろ限界か……
身も心も廃れていた。それでもカーマインは食うことを拒んだ。
次の日、カーマインは微かな音色で目が覚めた。
……何の音だ?
目を開けるとソコにはゴブリンの姉が歌っていた。その隣ではゴブリンの弟が姉の歌に合わせて踊っていた。いや、デタラメに動いているだけに見えた。
何をやっているんだ?
聞いたことの無い歌だ。だがどこか懐かしさを感じられる暖かさが姉の歌にはあった。聴いていると不思議とカーマインの心は穏やかになった。
死のレクイエムと言ったところか……悪くない……
姉の歌でカーマインの心は癒され、そっと目を閉じ聴き入っていた。そんな時――
「……アー」
弟がカーマインの口に果物を押しあてたのだ。
な、何をしている?
「アー」
口を開こうとしないカーマインへ弟は更に口へ押し込もうとする。
や、やめろ。そんなことしてもワイは食わんぞ。
「アーアー」
尚も弟は口へねじ込もうとする。
「アー! アー! アー!」
「………………」
「アーーーーーー!!」
「ええいウルサイ! ワイは食わんのだ……あっ!」
弟のしつこさに思わず声を上げてしまったカーマインの口に、弟は果物を放った。それを思わずカーマインは呑み込んでしまった。
し、しまった~~~~
食ったことを後悔したカーマインだが一度火が付いた食欲が暴走し、モノの数秒で目の前の果物を全て平らげてしまった。
そのあまりの美味さにカーマインの目からは涙がこぼれた。
な、なんと甘美な……この世にこんなにも旨いモノがあるなんて……
「ヤ―!」
「アー!」
果物の余韻に浸っているとゴブリン姉弟がハイタッチをして喜んでいた。
それに気付いたカーマインは赤い顔を更に赤くした。
「こ、これは貴様たちが無理矢理に食わせたんだ。わ、ワイが望んで食ったわけでは無いんだ……」
必死に言い訳を口にするが、ゴブリンの姉弟はお構いなしに踊っている。
「だから、ワイは…………ワイは……何がしたかったんだ……」
己のプライドを守るため、文字通り死ぬほど腹を空かして、もうじき死ぬかもしれなかった。それ自体にカーマインに後悔はなかった。だが、カーマインが飯を食った、それだけなのにこんなにも喜んでいるゴブリンの姉弟を見た時、今までの自分の我慢がどうでもよくなっていた。
なんだか馬鹿げたことをしていたのかもしれんな……
喜び踊り狂う二匹を眺めていると、二匹はカーマインの口元に抱き付いてきた。
「な、何をする!?」
「キャーッキャー!」
「アー! アッアー!」
二匹ともカーマインに抱き付き声にならない声を上げていた。
「お前たち、は、離れろ!」
それでも二匹は離れない。
「お、お前たち……いい加減にしろ!」
顔をブンブンと振り回し、カーマインは姉弟の引き離しに成功した。
「まったく、少しはワイの話を聞け」
振り飛ばされた姉弟はカーマインの言葉を知ってか知らずか、またカーマインへジリジリ寄ってきた。
「だから、いい加減に……フッ……フハハハハハ」
カーマインの突然の笑い声に姉弟は動きを止め、お互いを見つめた。そして二匹とも声を出して笑った。
「ワハハハハハハ……まったく、お前たちは面白い奴らだ。このワイが怖くないのか?」
「ワイ? コワクナイ?」
突然、姉がカーマインの言葉を真似て見せた。
「!? お前……言葉を……」
喋るゴブリンを見たことはあるがまさかこんな子供が……
あまりにも突然のことでカーマインは言葉を失った。
そんなことはつゆ知らず、姉弟はカーマインの周りではしゃいでいた。
まぁいいか……それよりも――
「お前たち、あんな量では全然足りんぞ。もっと食い物はないのか?」
カーマインの腹は暴れたままだった。
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