逃走中
そうだ。逃げていいんだ。今がその時じゃないか。このままやられていたら本当に死んでしまう。それならいっそ――
そう考えると不思議と力ら湧いてきた。あとはどのタイミングで行動するかだ。その時――
「おい、お前殴りすぎだぞ。今度は俺の番だ」
ナオキを押さえていた兵士が殴っている兵士に言った。
「もうか? 仕方ねぇ変わってやるよ」
殴っていた兵士がナオキの後ろに回り、押さえていた兵士がナオキの身体から手を離した。
――今だ――
その一瞬のスキにナオキは全力で走り出した。
「あ……」
押さえていた兵士も殴っていた兵士も周りにいた兵士もゾーラでさえもナオキのその動きにあっけにとられた。そして一瞬間をおいてナオキを捕らえようと各々動き出した。
「――ちっ、止まれ!」
ゾーラの怒鳴り声が聞こえるが知ったことではない。
どこに逃げればいい……
考える前に動き出してしまったナオキは兵士が少ない個所を目掛けて走った。
本当なら八京や明日香たちがいる方へ行くのが正解だろう。だが残念ながらそっちの方向にはゾーラがいた。
必然的に逃げる方向は限られている。
――森の方だ――
一度森に逃げ隠れて、頃合いを見計らって八京達の元へ行くしかなかった。
ナオキは目の前の兵士たちを突き飛ばし、森へ向かい全力で走った。
「森の中へ行くぞ! 絶対に捕まえろ!」
後ろからゾーラの叫び声が聞こえる。勿論捕まってやる気はサラサラない。再び捕まれば更なる暴力が待っているのは明白だ。
全身がズキズキと痛む中、ナオキは必死で走り森へ入った。後方からは兵士たちの声が聞こえる。
薄暗い森の中、雨のせいで地面がぬかるみ、何度も足と滑らせ、時には転び擦り剥いた。泥まみれになり、それでもナオキは必死で走った。
どれくらい走っただろう――無我夢中で逃げていつの間にか兵士たちの声は聞こえなくなっていた。
「……ハァ……ハァ……こ、ここまで逃げれば追ってこないか……」
必死で逃げ続け、無理やり身体を動かしたため肺と喉がが焼ける様に痛かった。それでも身体は酸素の供給を求めてやまない。
ナオキは木の陰に身を隠し、呼吸を整え周りの音を探った。
……雨音の影響で聞き取りにくいが、兵士たちは近くにはいないようだ。どうやら逃走は成功したらしい。
「ふ~……」
追手の来ない安堵からナオキは大きく息をついた。
さぁこれからどうしようか……ひとまず雨や止むまでどこかに身を隠さないとなぁ……あとはどうやって兵士たちに見つからないように八京さんたちと合流するかだな……
草木が生い茂る中、考えることは色々あるが中々考えがまとまらない。そして降りしきる雨のせいでナオキの体温は奪われていた。
「ヤバいな。寒くなってきたぞ。とりあえず雨宿りできる場所を探そう」
立ち上がろうとした瞬間、奥の茂みから『ガサガサッ』と草木の擦れる音がした。
兵士か!? 見つかった?
咄嗟に身をかがめて呼吸を止め、動かずに様子を見た。
……ガサガサ……
再び草木の擦れる音がし、ナオキの心臓は急激に激しくなった。
ヤバいヤバいヤバい……
ナオキは兵士でないことを願い静かに浅く呼吸をした。呼吸の音が漏れないように、口元を手で押さえ、ひたすら時が過ぎるのを待った。
……頼む、見つからないでくれ……
……ガサガサ……
擦れる音はナオキのすぐそばまで迫ってきていた。
風でないことは間違いない。どうか見つからずにやり過ごしたかった。
ガサガサガサッ
もうすぐそばまで音は来ている。ナオキの心臓の鼓動は今までにないくらい早くビートを刻んでいる。
――不意に目の前の草が掻き分けられ、人型に見える何かが視界に入った。
「ッヒッ!」
声にならない声が漏れ、同時に身体が硬直した。
「ギャアァ!」
ナオキを確認したソレはナオキ以上に驚き後ろに倒れこんだ。どうやらナオキの存在を予想していなかったようだ。
逃げるなら今だ!
相手の動きに乗じてナオキは身体を反転させ、走り出そうとした。その時――
「アー! オニイチャン!」
後ろから聞き覚えのある声がした。
……オニイチャン? ……
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには先程助けたゴブリンの姉弟がいた。
悲鳴を上げたのは弟だった。あまりの驚きにひっくり返ったままだ。
その後ろで姉が口に手を当てこちらを見ていた。
「な、なんだ……お前たちかぁ……」
安堵したナオキはその場に座り込んだ。心臓はまだバクバクと鼓動をしている。
思えばナオキの逃げた方向と逃がしたゴブリン姉弟の方向は同じだった。だが、この広い森の中で再び出会うのは相当に低い確率だろう。
「お前たち、ここまで逃げて来れたんだな。良かった」
姉弟の無事が確認できたナオキは、自分のこと以上にホッとした。
「オニイチャン……アリガトウ……」
姉がナオキにゆっくり近づきながら言った。まだ警戒をしているようだ。
「あぁ。いいよ。それより二人(二匹?)とも無事で良かっ――ドフッ!」
ナオキが言い終わる前に弟がナオキに飛びついてきた。
「アリガト! アリガト! アリガト! アリガトォ!」
拙い言葉で弟は感謝の言葉を何度も何度も言った。
「わ、わかった、わかった! もういいからとりあえずどいてくれ! あと、もっと小さい声で喋ってくれ!」
兵士に見つからなかったとはいえ、近くに兵士がいないとも限らない。ナオキは警戒を怠ってはいけないのだ。
ナオキに抱き付いた弟を姉が引きはがし。ナオキと姉弟はやっと落ち着くことが出来た。
「……父ちゃんと母ちゃん、助けられなくてごめんな。オレに力と覚悟があればこんなことにはならなかったかもしれないのに……」
姉弟に頭を下げ、ナオキは言った。
「ワタシタチタスケテクレタ。カンシャ」
「カンシャ」
姉の言葉に弟が続く。二人ともナオキを責める様子はなかった。それどころか弟は笑顔を見せている。だが姉の表情は寂しそうだ。そんな二人の表情を見ているとナオキの心はズキズキと痛んだ。
「そうか……お前たちは強いな……」
「オニイチャン、ダイジョウブ? ケガ……」
姉はナオキの傷を見て心配をしている。
「あぁ。大したことないよ。気にするな」
「ニゲテキタ? ダイジョウブ?」
「まぁね。でも少ししたら戻れると思うから大丈夫」
「ソウカ。ヨカッタ」
心なしか姉も安心した表情を見せた。それにしてもこんなに会話が出来るなんて随分賢いゴブリンだとナオキは感心した。
――ブルッ――
この姉弟との再会で忘れていたが、雨に濡れてナオキの身体は冷え切っていた。それに雨脚は更に激しくなっていた。
「雨が強くなってきたな……どこか雨宿り出来る場所を探さないと……」
怪我をしてただでさえ弱っているのに更に体調が悪くなる。
「イイトコロアル。ツイテキテ」
姉は立ち上がりナオキの手を引き始めた。それを見た弟もナオキの手を引っ張り出した。
「キテキテ!」
「そうか ?……ならそこに行こう」
引かれるままナオキは立ち上がり、姉弟と森の更に先へ歩いて行った。それがナオキの運命を左右するとはナオキ自身思いもしなかった。
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