ナイトメア・カーニバル
八京の言った通りベヒーモスはおとなしかった。ルカだけでなく明日香もその頭を撫でている。ナオキはというと、3人から少し離れた場所で見守っていた。
よくあんな怖そうなヤツを触れるよなぁ……
ナオキはベヒーモスの引いていた荷車を何気なしに見ていた。随分と大きなソレは布で覆われている。
一体何が入っているんだろう……
駄目だと分かっているがナオキは、好奇心からその布をめくろうとした。その瞬間――
「――勝手に覗いたらいけませんよ」
いきなり耳元から声をかけられ、小さく『ヒャッ』と声をあげてしまった。
ヤバい見つかった。怒られる
「す、すいませんすいません。中が気になって思わず。ホントにすいませんでした!」
怒られる前に頭を下げ、精一杯謝った。自分で蒔いた種だが面倒なことになるのはご免だった。
「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ」
「それじゃあ許して――」
「腕一本で許しましょう」
顔を声の主の方へ向けた。ナオキが言い終わる前に指を一本突き出されていた。
えっ? いまなんて……
指の奥から見える男は笑みを浮かべながらそう言った。短い黒髪を後ろで立たせたその男は2mくらいの長身で細身、サングラスをかけていた。
「えっと……」
話の意味が良く分からず返答に困ってしまった。
「おや? 意味が解りませんでしたか? アナタの腕一本でこのことは水に流しましょうと言っているのですよ」
そう説明されて血の気が一気に引いた。おそらく顔は真っ青だろう。思いっきり面倒なことになってしまった。
「――どうしたんだい?」
何も言えず呆けていると、ベヒーモスと戯れていた八京たちが近づいてきた。
「おや八京さん。こんな所でお会いするなんて。なんて偶然でしょう!」
ナオキより先に男が八京へ話しかけた。知り合のようだ。
「こんにちはエドガーさん。久しぶりですね」
八京はエドガーと呼んだ男と握手を交わした。
この二人の関係は……
「一年ぶりほどでしょうか? 聞きましたよ。ドラゴンにやられたと。ンフフフフ、アナタでもやられることが有るんですねぇ安心しましたよ」
「酷いなぁ。僕だって人間なんですよ」
照れながら八京は言った。
「八京さん。普通の人間はドラゴンとは戦わないものです。ドラゴンと戦う時点でアナタは人間離れしていることになります」
エドガーはナオキの事は忘れたように八京との会話を楽しんでいた。
「そんな、僕なんてまだまだですよ……ところでエドガーさん。そっちの彼とは何かあったんですか? 話しているように見えたけど……」
八京がナオキとエドガーのやり取りを切り出す。
「そうでした、私としたことが。実は彼がウチの荷を許可も得ずに見ようとしていたのです。そこで私が注意をして腕一本で許そうと提案をしていたところなんですよ」
「ちょっと興味があって……でもまだ見る前だったし。直ぐに謝ったし、そんな腕を切り落とすなんて……」
「アンタ、人様の荷物を勝手に見るなんて何考えてるの!? あっちの世界だったら訴えられてるわよ!」
怒鳴るように明日香が罵声を浴びせる。
「そ、そりゃ分かってるけど、なんていうか……妙に気になっちゃって……」
「気になったからって勝手に見ていい理由にはならないでしょ! ほら、許してもらえるまで土下座でも何でもしなさいよ‼」
「こちらの女性の言う通りですよ。この中には我々の非常に大事にしているモノが乗っています。アナタは興味があっただけかもしれませんが。こちらから見れば盗人の可能性もあるのですから、しっかり誠意をもって対応をしてもらわなければいけません。ですので片腕を頂くことで誠意としようと私は言っているのですよ」
「そ、そんなぁ……」
「エドガーさん。確かに勝手に見ようとしたのは彼が悪いですけど、腕を切り落とすとか悪い冗談はやめてくださいよ。彼も困ってますから」
八京はエドガーを諭すように言った。
「ンフフフフ。いやぁ。彼があまりにも驚いてくれているものですから可笑しくて、ついからかってしまいました。どうもすいません。私としたことが少し調子に乗りすぎてしまったようです」
悪びれる様子もなくエドガーは言ってのけた。
「え? 冗談? あんなに腕にこだわってたのに!?」
「はい。そもそも覗かれて困るようなものを無造作に荷車に置いておくと思いますか? 確かにこの中には大変貴重で、私にとって重要なものですが。だからと言ってそこまで怒ることではありません」
「じゃ、じゃあエドガーさんは怒ってないんですか?」
「まったく怒っていませんよ」
それを聞いた瞬間ナオキは膝から崩れ落ちた。緊張の糸が切れるとはこのことだ。
「よかったぁ。マジでどうなるかと思ったよ」
「でもナオキ君。人のモノを勝手に見てはいけないよ」
「そうよナオキ。アンタもっと考えて行動しなさいよ!」
再度八京と明日香から注意を受けてしまったが、もうナオキにとっては些細なことだった。
それでも何故、中のモノが気になって覗こうとしたのだろう。普段のナオキなら行わない行動だった。
「あの、すいませんエドガーさん。改めてお願いなんですが、この中って見せてもらうことって出来ますか?」
「ちょ……まだそんなこと言ってるの!? ナオキいい加減にしなさいよ!」
明日香には怒られたがやはり気になる。それが何故なのかはナオキ自身にもわからない。
改めてナオキは頭を下げた。
「お願――」
「構いませんよ」
ナオキが言い終わるより早くエドガーは了承した。
「えっ?」
あまりにも即答すぎて拍子抜けてしまった。
「別に構いませんよ。別に見られて困るようなものではありませんから。それに、八京さんはよくご存じですから。ただ、布を完全に捲ると周り方の迷惑になるかもしれないので少しだけにしてください」
周りの迷惑? 尚更中が気になってきた。
「じゃあお言葉に甘えて……」
ナオキは覆われていた布をめくり中を見た。
――初めは暗くてわからなかったが、徐々に目が慣れてくると、ソコには無数の檻が所狭しと置かれていた。
動物?
獣特融な匂いが布の中には立ち込めていてナオキの鼻を刺激した。
「何の匂い? 犬でもいるの?」
後ろから明日香が言った。何だかんだで明日香も気になるらしい。更にその後ろにはルカの姿もあった。
目が慣れ周りの輪郭が見えてきたころ、近くの檻で動きがあった。ナオキはその檻に目を凝らした。次の瞬間――
「ガウ!!」
突然檻の生き物が吠えた。
「うわ!」
「きゃあ!」
「ひっ!?」
3人は驚き後ろに倒れた。
「な、なに? 何がいるの!?」
「ウフフフフ、大丈夫ですよ。彼らは檻から出られませんから」
3人のリアクションにエドガーは満足気だ。隣の八京も笑いを堪えている。
「ほ、ホントに大丈夫ですよね? 檻が壊されたりしませんよね!?」
一瞬だったが檻の中の生き物はかなりの大きさだった。そしてナオキの予想が正しければおそらく……
ナオキ達は恐る恐るもう一度布をめくり中を見た。
勿論ナオキを最前列にして。
今度は覗き込んでも吠えられることは無かった。
「何? ライオン?」
生き物の顔を見た明日香が呟いた。
「で、でも尻尾が……ヘビ……みたいですよ……」
「これ……キメラ?」
「ご名答! その子はキメラです。滅多に見ることが出来ないレアモノですよ。そしてよく見回してみてください。他にも色々います」
エドガーに言われ他の檻も見てみると、確かに見たことも無い生き物が檻に収容されていた。
「これって……全部魔物ですか?」
「その通り。私達はこの魔物達に芸をさせるサーカス団。その名も『ナイトメア・カーニバル』です」
魔物のサーカス団? 様々な魔物がいてそいつらに芸をさせてる? 何とも物騒なサーカス団だ。
「そ、それって……き、危険じゃないんですか?」
ルカが聞いた。当然の質問だ。
「それは私たちがしっかり教育を行っているので問題ありません。魔物が暴れるトラブルは今まで一度もありませんよ」
「そ、そうなんですか……」
「何か……あまりにも現実離れしてるわね。召喚されてこんなにいろんな魔物なんて見たこと無かったわ」
「この中の魔物はほとんど八京さんが捕ってくれたんですよ」
エドガーは更に意外なことを言った。
「え!? 八京さんが?」
「えぇ。魔物達をよく見てください。どの子も何かしら傷を負っていませんか? この子なんか片翼ですよ」
エドガーは奥の檻を指さした。ソコには片方の翼の無いハーピィがいる。
「それだけじゃありません。そこには両目の無いメデューサまでいます。勿論、瞳が無いので石化することはありませんよ。ウフフフフ……どうです? どの魔物も傷ついていますが、素晴らしい魔物達ばかりです。それもこれも八京さんのお陰ですよ」
言われてよく見てみると、どの魔物もどこかしらかが欠如している。これを全て八京が行ったということか……
ここまでのことが出来る八京のほうがよっぽど魔物に感じた。
「八京さん凄いですね。話には聞いていたけど、こうして魔物を見ると改めてそう感じます。でもなんでこの魔物達を仕留めなかったんですか?」
素朴な疑問だ。素材が欲しいなら殺してから採取するほうが効率的だと思ったのだ。
「うん。他の人たちは生かさないで殺してるんだ。そっちのほうが楽だし。でも、素材が欲しいだけで殺すのはどうかと思ってね。かといってこの魔物達をそのままにしておくと不自由な身体だから、そう長く生きられないかもしれない。そんな時にエドガーさんに会ったんだ。彼は手負いでも良いから珍しい魔物が欲しいって言うし、回復魔法を使える人もサーカス団にはいるからね」
エドガーは大袈裟な仕草をしながら
「そうなんです! 勿論八京さんには報酬を差し上げていますよ。それほどの価値がこの魔物達には有りますから。八京さんは素材が手に入ればいい。私は手負いでも魔物が欲しい。まさに『win-win』な関係ですね!」
「さすが八京さん。魔物にも優しいんですね」
いつの間にか八京の腕に抱き着いている明日香が言った。八京は恥ずかしそうな、照れているような何とも言えない表情を浮かべている。
「どうかな……きっとこの魔物達は僕のことを憎んでいる。憎まれるようなことを僕はしてきたから当然だけど。もしかしたらあのまま殺されたほうが良かったって思っている魔物もいるかも知れない。こんな檻の中に入れられて、人間に喜ばれるような芸をすることが本当にこの魔物達のためになっているかは僕にはわからない」
八京は拳をきつく握っていた。
「でも僕は、傷を負ったこの魔物達に死を選ぶより、必死に生きていてほしいと思ってるんだ。勝手な考えなのは分かっている。でも、それが人間の見世物になっているとしても僕は……」
「八京さん……」
八京はただ魔物を殺してきていたわけでは無かった。おそらく八京は魔物を傷つけ、殺すことに悩み、苦しみ、耐えてきたのだ。その結果、今のようなことをしているのだとナオキは感じた。
その姿はナオキ自身と重なる部分があった。
だが八京は、ナオキと違い、決して逃げずに戦っている。それこそ自らの腕を千切られようと。そんな八京をナオキは心の底から尊敬し憧れた。
そんな感傷に浸っているとエドガーが口を開いた。
「そんな八京さんの行いで、私達『ナイトメア・カーニバル』は今成り立っています。これには大変感謝をしています。本来なら、我々スタッフ自らが魔物を捕獲しなければなりませんからね」
「え? エドガーさん、以前は自分で魔物を捕獲してたんですか?」
「それはもちろん。でなければサーカスなんてできませんよ」
「でもメチャメチャ危ないですよね?」
「それはそうですが大丈夫! こう見えて私、結構強いんですよ。まぁ八京さんほどじゃありませんけどね。そうでなければここにいる魔物を躾けることなんてとてもできませんからね」
言われてみればそうだ。傷を負っているとはいえ、魔物は魔物だ。サーカスの仕事は危険と隣り合わせだろう。それを今までこなせてこれたのはエドガーという人物がそれほどまでに強いということの証明になる。
「エドガーさんは普通の人間ですよね? そこまで強くなれるんですか?」
「そうだね。普通はそこまで強くは慣れないんだけど、そこはやっぱり異世界。色々例外があるんだ。エドガーさんもその一人で、多分色々あるんだろうね」
異世界だから……そう言ってしまえばそうなのだが、八京はあまり深く説明してはくれなかった。知らないのか?
「はい。私も色々『特別』なんですよ。でもそのことは秘密です。なぜなら、そのほうがミステリアスで魅力的じゃないですか!」
「そうかしら? 知られたら都合が悪いことでもあるんじゃないの?」
明日香が突っ込んできた。こういったことは相変わらず思ったことを口にするタチだ。
「ウフフフフ……それはどうでしょうね。何にしても秘密なものは秘密です」
「ちぇ~」
明日香もそれ以上は聞かなかった。教えてはくれないと悟ったのだろう。
「あ、そろそろ出発の時間だから行こうか。エドガーさん。また何かあったらお願いします」
八京はナオキ達を促しながらエドガーに頭を下げた。
「こちらこそ。また魔物を捕獲したらよろしくお願いします。間違っても他には売らないようにしてくださいよ」
「わかりました。では失礼します」
「いろいろな魔物を見せてくれて有難うございました」
ナオキもエドガーへ頭を下げた。それに習って明日香とルカも挨拶をし、サーカス団の馬車を後にした。
「八京さん。荷を引いてたベヒーモスも八京さんが捕まえたんですか?」
ナオキ達の休憩所までの途中、ナオキは聞いた。
「そうだよ。あの時は子供のベヒーモスの角を採取するように言われてたんだ。角を採るだけならその後は親の元へ返せば良かったんだけど……残念なことに同行してた人たちはあの子の両親を殺したんだ」
「え? どうして……襲われたからですか?」
「いいや。初めに言ったけど、ベヒーモスは本来大人しい魔物なんだ。滅多なことじゃ人間を襲うことはない」
「じゃ、じゃあど、どうしてあの子の両親をこ、殺したんですか?」
この話はルカも気になったようだ。
「……彼らは狩りを楽しんでいた」
八京は立ち止まり、拳を強く握って苦悶の表情を浮かべていた。
「そ、そんな……酷い……」
ルカは両手を口に当て、それ以上言葉を出さなかった。
「勿論僕だって、命令があれば魔物を殺すことはある。だけど必要のない殺生はしたくない。でもここの人たちは魔物を殺すことが普通なんだ。それこそスポーツをするような感覚でね。彼らがあの子まで手にかけようとしていたから、それを僕が止めてエドガーさんに引き取ってもらったんだよ。あの子はまだ子供だし一匹では生きていけないからね」
尚も八京は辛そうな顔をしている。当時の記憶が蘇っているのだろう。
「そうだったんですか……すいません。なんか八京さんの嫌な記憶を思い出させちゃって」
何気なく訊いたことだったが八京にはあまり思い出したくなかったことだったのかも知れない。
「そうよ。八京さんの辛い過去を思い出させて。しっかり反省しなさい!」
「明日香……お前は相変わらずオレに容赦ないなぁ。もう少しオレに優しくしてもいいだろう」
「何言ってるの、ナオキがおかしなことをしてたら注意するのが私の仕事よ。アナタがもっとまともになるように教育してるんじゃない」
お前はいつからオレの教育係になった……頼んだ覚えはないぞ。
「まぁまぁ二人とも、僕なら大丈夫だよ。それに似たようなことは割と多いから。それよりも僕は君たちに、彼らのように魔物を殺すことを楽しむような人間にはなってほしくないんだ。そうなってしまうことが心配で……」
八京の瞳はどこか悲しげだ。
「大丈夫ですよ八京さん。私達は理由も無しに魔物を殺すなんてしませんから。命を奪うことを楽しんだりなんて絶対しませんよ」
明日香は力強く言った。
「そ、そうですよ。わ、私たちはそんなひ、酷いことをしませんから。あ、安心してください」
明日香に続いてルカも言った。ルカにしては珍しくその言葉には熱がこもっている。
「二人とも……」
八京の表情が幾分和らいで見せた。その瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。
「え~っと……八京さん。明日香もルカちゃんも言ってるように、オレたちは八京さんが心配するような人間にはなりませんよ。八京さんが悩んで苦しんで辛かったことをこうして知ったんです。そんなオレたちが八京さんを失望させるようなことをするなんてあるわけないじゃないですか」
「ナオキ君……」
八京の瞳から一粒の涙が頬をつたって落ちた。その表情からは喜び・安堵などが見て取れる。そして八京は涙を拭い笑みを浮かべた。
「ありがとう。僕は君たちの教育係で良かったと心から思うよ」
「オレたち、まだこの世界に来て何もできないし、頼りないかもしれません。でも自分に恥じない、そして八京さんに誇ってもらえるように頑張ります」
「ナオキにしては良いこと言うじゃない。って言うか、なにナオキが締めてるのよ。アンタがまとめ役みたいじゃないの」
「えっ? 別にそう言うつもりはないんだけど……」
「まぁいいわ。ナオキ、アンタ八京さんにそこまで言ったんだから、これからのこと覚悟決めてやりなさい。でなきゃ私が引っ叩くから!」
「えっ!? そこは長い目で見てもらいたいんだけど……」
「何早速弱気になってるの! 早速引っ叩かれたいの?」
手をあげ叩く構えをしながら明日香は言った。
「いえ、頑張ります頑張ります。精一杯頑張ります」
ナオキは思わず直立不動になった。そんな二人のやり取りを見ていた八京とルカが声を出して笑った。
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