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黄金のアリバイ  作者: iris Gabe
解決編
9/9

9.

「大阪国際空港、またの名を伊丹いたみ空港。大阪府の豊中市と兵庫県の伊丹市の行政区界にまたがる空港ですが、たしか、伊丹いたみ市といえば、そのすぐとなりには、宝塚たからづか市がありますよね。

 かの有名な宝塚歌劇団を有する宝塚市――。そして、先生の奥さんは劇団の大ファンと来ています。奥さんのお誕生日に先生がなにかプレゼントをなされようとすれば、奥さんが一番喜ぶのは、宝塚歌劇団の公演を夫婦でいっしょに観ること、ではなかったでしょうか」

「警部さんがなにをおっしゃりたいのか、僕にはさっぱり分かりませんね」

 もはや、絞り出すようなか細い声しか、俺には残っていなかった。

「つまりですな、学会に出席するために、やむなく、奥さんのお誕生日に外出をなされていた先生が、午前のセッションを終えたのち、脱兎のごとく伊丹空港へ駆けつけるので、前もって伊丹空港までやってきて、車を用意して空港の駐車場で待機するよう、奥さんにご指示をなされていたとしたら……。

 調べましたところ宝塚歌劇団は、一日二回の公演日だと午前一一時と午後三時半にですが、一日一回の公演日ならいつも午後一時に開演をするそうです。

 奥さんのお誕生日の日は、一日一回の公演日だったみたいで、公演は午後一時に始まっています。新潟から戻った先生が、伊丹空港に到着するのが午後一時〇五分ですが、高速道路を利用すれば伊丹空港から宝塚大劇場までは目と鼻の先ですから、公演が始まって三〇分ほど経過した時刻に、どうにか劇場へたどり着けそうです。そうはいっても、少しでも早く劇場へ行きたい奥さんは、おそらく必死だったことでしょうね。

 当初我々は、奥さんがご実家の車をみずから運転なされて、伊丹空港までやって来たんじゃないかと思い込んでおりましたが、考えてみれば、電車とバスを乗り継いで伊丹空港まで奥さんがやってきていて、現地でレンタカーを借りたという手段もありますね。

 そこで、我々は伊丹空港近辺にあるレンタカー店をくまなく調べまくりました。するとどうでしょう。とあるレンタカー店で、先生の奥さんのお名前で、事件当日に一台の車が借りられていたのです。店員に訊いてみたところ、名義は奥さんでしたが、電話を掛けて予約をしてきたのは、男性の声だったそうです。

 そして当日の一二時半に、奥さんはその店へ直接やって来て、車を借りていったそうです。さらにそれから二日後に、男性が運転をして、車は直接お店へ返されたそうですが、先生のお写真を店員に見せたところ、サングラスをしていたのではっきりと断定はできないが、先生の風貌によく似ていた、とのことでした。

 いち早く宝塚へ行きたかった奥さんは、先生のご指示に従って、先生が伊丹空港へ着陸される前に、あらかじめ予約しておいたレンタカーを借りて、空港出口に近い場所にある駐車場まで車を移動して、先生の到着を待ちます。

 おそらく先生は、空港の改札口を出られた瞬間に、奥さんへ電話をして奥さんの居場所を確認したのでしょう。

 そして、先生は駐車場で奥さんと出会い、車に乗った瞬間に、車内にいた奥さんの首を絞めて殺したんです!」

「ちょっと待ってください。そいつはいくらなんでも無謀でしょう。駐車場にはほかにもたくさんの人がいるはずです。車内とはいえ、襲われているときに家内が大きな悲鳴を上げれば、たちまち通行人たちから見つかってしまいますよ」

「でも、声さえ出なければ、意外と気付かれないかもしれませんよ。ほら、最近の車って、外から中の様子が見えなくなるように、窓にフィルムが貼られていますでしょう」

「そうであっても、声を出させないなんて、気絶でもさせなければ、それは無理ですよ」

「そうです。だから先生は、奥さんを一瞬で気絶させてから、声が出せなくなった奥さんの首を絞めて、殺害したのですよ。たしか先生は、スタンガンをご購入されておりましたな。それで奥さんを気絶させたのです」

「待ってください。僕がスタンガンを手にできていたはずがないじゃないですか。なぜなら、旅行から帰ってきたばかりだった僕が、スタンガンなんか所持していたら、そもそも航空機に搭乗できてはいませんよ。空港ゲートに設置された手荷物検査機で、どんなに小さなハサミだって、金属用品のたぐいはすべて見つかってしまうのですからね」

「ふふふっ、違いますよ、先生……」

 獲物を捕らえる黒ヒョウのように、老警部の目がきらりと光った。

「先生は、伊丹空港に設置されているコインロッカーの中にあらかじめスタンガンをこっそり入れておいたのです。空港でしたら一週間くらいは保管してくれるコインロッカーがありますよね。新潟へ行かれる前に、先生は犯行を想定して、伊丹空港までやって来て、改札出口と駐車場の途中にあるコインロッカーに、こっそりスタンガンを忍ばせておいたのですよ……」


 老警部の発する声が一段と高くなった。

「さあ、もう一度、黄金のアリバイ崩しとなるべく時間の確認をしてみようじゃないですか。

 先生が伊丹空港で飛行機から降りた時刻は一三時〇五分。そのあと、手荷物といえば機内へ持ち込んだリュックのみであった先生は、そのまま待つことなく出口を出られて、すぐさま奥さんへ電話を掛けます。奥さんが待機している駐車場の場所を確認して、もっともその場所もあらかじめ先生がおおまかな指示を与えられていたことと思われますが、先生はコインロッカーへ立ち寄って、しのばせてあったスタンガンを取り出し、リュックに入れます。そして、急いで奥さんのいるレンタカーまで駆け抜けました。

 奥さんと出会った時刻は一三時一五分頃。先生はみずから運転すると申し出て、奥さんを助手席へ移動させると、おもむろにリュックから取り出したスタンガンを突きつけて、奥さんを気絶させ、そのまま絞め殺してしまいました。

 この一連の行動にはさほどの時間を要さなかったことでしょう。結局先生は、一三時二〇分頃には、奥さんを殺害して、遺体を助手席へ乗せたまま、伊丹空港から出発することができたのです。

 それから先生は高速道路をすっ飛ばしました。そして、一四時五〇分頃に奥さんのご実家へ到着され、奥さんの遺体を車から引っ張り出し、家屋の奥の間まで運び込み、それから玄関口に灯油をまいて、灯油はあらかじめお庭に置かれてある倉庫の中に用意していたのだと思います、家へ火を付けました。その作業に一五分かかったとしても、時刻は一五時〇五分。消防隊の証言とも矛盾しません。

 そして、一五時二〇分に、通りすがりの第三者を装って、消防署へ火災の通報をしてから、家を立ち去られたのです。あとは一七時三一分に名古屋駅へ到着する新幹線のぞみ93号にあたかも乗車をしていたかのような頃合いを見計らって、現場へひょっこりと顔を出せばよかったのです」

「なにをいっているんだ。そんな空想のトリックなんて、茶番だ! すべてが机上の空論に過ぎない。

 そうだよ、証拠がないじゃないか……」

 追い詰められた狐のごとく、俺はところかまわずわめき散らした。

「先生……。

 レンタカーとはなかなか面白いアイディアでしたなあ。我々はてっきり先生の自家用車ばかりを追いかけていましたから、正直、手掛かりが見つからなかった時には、ほとほと焦りましたよ。

 でもね、先生。レンタカー屋から先生が奥さん名義で借りたレンタカーの車種と番号さえ分かってしまえば、その車に関する高速道路利用の履歴を調べることは、さほど造作のないことだったのですよ」

 老警部のしたり顔にいら立った俺は、最後の抵抗を試みた。

「あからさまに履歴を残してしまうETCゲートを、わざわざ犯人がくぐったとでもいうのですか。馬鹿馬鹿しい……」

「いえいえ、頭のいい先生が、たとえレンタカーとはいえ、ETCゲートをくぐられたなんて、まさかそこまでのご失態を我々は期待してはおりません。たしかに先生はきちんと一般ゲートを使用されていましたね。

 でもですね、先生。名神高速道路には数多くのライブカメラが設置されておりましてな。先生がお借りされていたはずの車が、事件当日の一四時前後に高速道路を走行している画像が、しっかりと捕らえられていましたよ。それと、一宮西ICの料金所の通常ゲートを一四時四六分に通過された履歴も、ゲートに設置されている監視カメラを通して確認ができています。そこには、先生と思われる男性が運転をしていて、助手席で動かなくなっている奥さんらしき姿がうつっている映像もね」

 そういって、老警部はくすくす笑い出した。

「いや、失礼しました。なにぶん、先生にもいろんな言い分がおありと思いますが、一四時四六分には、東海道新幹線のぞみ93号に乗車をされていて静岡駅辺りを通過しておられるはずの先生が、実際には、その時刻に一宮西ICにいらした事実を、我々が納得いくようにご説明いただく必要がありますなあ」

 そう告げると、老警部はおもむろに内ポケットから携帯電話を取り出して、通信先になにやら指示を出し始めた。それを見た俺は、万事を観念した。


「ということで、先生。まことに残念なことですが、こちらが逮捕状です。間もなく外で待機している部下たちがこの部屋へ踏み込んでまいります。

 いやあ、実に有意義で楽しい議論でした。先生の頭の良さにはつくづく感服させられましたよ。

 それでは、勅使河原佑真先生……、長くなりましたが、最愛の奥さんを殺害された容疑で、先生を逮捕いたします!」

 今回はアリバイトリックに挑戦してみました。でも、一番困ったのが、高速道路の移動に要する時間の見積もりです。正直、運転技量の個人差もあるし、もっと早く移動することができますよ、という方も見えるかもしれない一方で。実際に走行してみたら思わぬ事態が生じて、本編で記された移動時間は実現不可能だと、意見されてしまっても、私には反論ができません。なにしろ、私が実行しているわけではありませんからね。

 というわけで、何かと苦労しました本作ですが、いかがでしたでしょうか? ご意見ご感想をお待ちしております。


   iris Gabe


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