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黄金のアリバイ  作者: iris Gabe
解決編
7/9

7.

 いくら夜とはいえ、さすがに外で立ち話をすれば、アパートの住民たちに盗み聞きされるやもしれぬ。俺はしぶしぶ、老警部を家の中へ招き入れることにした。座布団を相手へ放り投げるように置くと、暑いのにあえて飲み物を出すこともせず、老警部とミニテーブルをはさんで向かい合った俺は、どっかとその場で胡坐あぐらをかいた。

「さあ、要点を述べてください。あなたがこんな遅くに、僕のプライバシーの迷惑もかんがみず、ここへ訪問をされたその大事な用件とやらをね……」

 俺の精いっぱいの罵倒に対しても、老警部に悪びれる様子は見られなかった。

「はい、我々警察は事件解決へ向けて全力を尽くしてはおりますが、あれからたいした情報もなく、捜査も少々行き詰まり気味でしてね。ここはおひとつ、先生のお知恵を拝借できないものかと、恥も外聞もなく、こうやって馳せ参じたしだいです」

「僕から話すべきことはすべて話しました。今さら、なにも付け加えることなどありませんね」

 俺はわざとぶっきらぼうに振舞った。

「まあまあ、奥さんの無念を晴らしたいという先生のお気持ちはよおく分かります。

 いずれにせよ真相を究明するためには、アリバイの根幹ともいうべき、ややこしくからみついた時間に関して、もう一度きちんとおさらいをする必要がありそうですな。

 ということで、先生が新潟県から愛知県までやってこようとすると、有力な移動手段は三種ありまして、つまりそれは、新幹線と高速道路と航空機です」

 老警部は淡々と議事を進めていった。

「まず、先生が朱鷺メッセを出られた時刻ですが、ここはひとつ、考えうる最速の時刻となる、一一時ちょうどであった、と仮定しましょう。これからアリバイが崩せるかどうかの議論を行う上で、あえてこの仮定を設定することに、ご異論はございませんね。

 さて、先生が今回の事件の真犯人だとすれば、まず第一に、一宮市にある奥さんのご実家を、午後三時〇五分の前後で、放火をせねばなりません。理由は、三時三五分に現場へ駆けつけた消防隊員からの、まあ直感といってしまえば直感に過ぎませんが、火の燃え広がり具合から判断するに、発火からすでに三〇分は経過していたであろう、という証言があったからです。

 加えて、検死の結果も考慮しますと、奥さんの殺害は放火の以前に行われておらねばならず、それらの作業に要する時間は、ざっと見積もって、殺害に一〇分、放火に五分の、合わせて十五分といったところでしょうかな。すなわち、先生が事件現場である奥さんの実家へ到着なさった時刻は、午後二時五〇分――よりも以前であったことが結論付けられます。

 ただし、多少なりとも偶然性アクシデンタルないたずらがあったかもしれない、という可能性も憂慮せねばなりませんかな……。例えば、先生がお家へ入った途端に奥さんとばったり出くわし、あっという間に殺害を片付けることができた、とかね。とはいっても、遺体を奥の間へ運ぶ作業もありますし、五分くらいはなんだかんだでかかってしまいそうですがね。

 ほかにも、消防隊員の見積もりが少々厳し過ぎるものであって、実際の発火はもう少し遅くてもよかったかもしれません。いくらベテラン隊員とはいえ、竜のごとく天にも昇らんとする火柱を目の当たりにすれば、判断に少なからず冷静さを欠くことだって大いにありえますからなあ。そうはいえど、この場合の誤差だって、消防隊到着より二五分前の、午後三時一〇分あたりが、妥協しうる限界値といったところでしょうか。

 いずれにせよ、どんなにゆるく見積ったところで、午後三時ちょうど――、ですかな。それ以上に譲歩しうる時間的余地は全く残されていない、と断言してしまってもよいでしょう。

 とどのつまり、先生の『黄金のアリバイ』を崩そうとすれば、先生が午後三時までに事件現場へ到着できたことを、合理的に説明せねばならんわけですなあ……。

 いやはや、こいつはまいりました。はははっ」

 老警部が高らかに笑った。


「さあ、まずは新幹線から順番に考えてみましょうか。

 タクシーを利用すれば、先生は一一時一〇分には新潟駅へたどり着けます。すると、一一時二〇分発の『とき318号』に乗車できまして、名古屋駅へは最短で一五時三一分に到着できます。しかしながら、この時点ですでに午後三時を大きくオーバーしていますから、残念ですが、この手段ルートはあり得ません。

 次に高速道路を考えてみましょう。自家用車か二輪車で、先生が朱鷺メッセから移動されたとして、果たして奥さんのご実家には何時に到着できたでしょうか。

 朱鷺メッセから新潟中央ICまでが車で十五分。そのまま高速道路へ進入して、新潟県から愛知県の一宮西ICまでを一気に走行し、さらに一宮西ICから奥さんのご実家までは五分を要したとしましょう。

 もしも先生が午後三時に事件現場へ到着できたとすれば、新潟中央ICから一宮西ICまでの高速道路の道のりを、わずか三時間四〇分で移動したこととなりますね。

 一方で、新潟中央ICから一宮西ICまでの距離は470kmありまして、所要標準時間が五時間一四分と検索されますが、当然ながら犯人だって必死です。車を無理やりすっ飛ばすことで、標準的な時間よりはずっと早く移動ができそうですが、果たして、どれだけの時間を短縮することが可能でしょうか。

 この五時間一四分という所要時間は、おそらく平均時速90kmでの計算値でしょうね。では、それを時速120kmとしてみましょう。実際にこれだけの長距離運転となりますと、たとえ二輪車といえど、平均時速120kmというスピードが、出し切ることができる限界値かと思われます。そして、平均時速120kmで最後まで突っ走ったとすると、470kmの所要時間は、三時間と五四分となります――。

 すなわち、先生が奥さんのご実家へ到着なさる時刻は、いくら早くても午後三時十四分以降となりまして、実に惜しいといえば惜しいのですが、やはり間に合いません」

 現実的に考えて、平均時速120kmのハイスピードをキープして、四時間もの長時間、常に集中し続けながら走行することが、そもそもできるのかどうかが問題であって、さらに、途中には恵那山えなさんトンネルなどの難所もあり、とどめには、小牧ジャンクションや一宮ICで慢性的な小渋滞が確実に発生するときている。こいつを回避することは土台無理な話であって、つまりは、老警部がはじき出した午後三時一四分という限界値だって、所詮は荒唐無稽ナンセンスで、なおかつ、机上の空論に過ぎんのだ……。

「そして、最後の可能性となる航空機ですが、新潟空港へは先生は一一時二〇分に到着できますから、一一時三〇分以降に離陸する航空便でしたら、搭乗が可能です。

 そこで浮かび上がるのが、新潟空港を一三時一〇分に出発して、中部国際空港へ一四時一五分に到着するANA1812便ですが、これを使った場合、果たして午後三時までに犯行現場への移動ができるでしょうか。さっそく、検討してみましょう。

 まず、中部国際空港へ到着後に電車で移動する手段ですが、中部国際空港駅を一四時四七分に発っても、二子駅へ到着するのは一五時四九分ですから、これでは間に合いません。

 必然的に、空港からの移動手段は、車に絞られます。あらかじめ中部国際空港の駐車場に車を置いておいて、そこから都市高速道路をすっ飛ばすわけですな。

 一四時一五分に着陸する飛行機から降りて、中部国際空港の大きな建物を出るのには、少なくとも一〇分は要しましょうから、先生は一四時二五分に中部国際空港の駐車場から車で出発することができます。最寄りのセントレア東ICまではわずか数分、そこから一宮西ICまでに要する時間が問題となりますが、セントレア東ICから一宮西ICまでに要する標準的な移動時間は五四分だそうで、まあ必死に走ったところで、四〇分くらいが限度ですかな。もっとも、移動手段が乗用車だとすると、一宮IC付近で生じる慢性的な渋滞に確実に巻き込まれてしまいますから、四〇分の移動はとうてい無理そうですが、二輪車を利用すればそれくらいなら可能ではないでしょうか。

 そして、一宮西ICから奥さんの実家までを五分かかるとして、犯行現場までの最短の到着時刻は、計算上、午後三時一〇分となります。

 要約すれば、ANA1812便に搭乗し、中部国際空港から二輪車ですっ飛ばした場合に限り、犯行現場へ到着できる最短時刻が午後三時一〇分となります――。一方で、乗用車を使用した場合には、せいぜい午後三時一五分が限界でしょうな。

 やはり、残念きわまりありませんが、午後三時〇五分に現場を放火し、さらにその一〇分前に奥さんの殺害を済ませていたことの合理的な説明はできません」

 もどかしそうに、老刑事は断言した。

「新幹線、自動車、航空機……、ありとあらゆる移動手段を考慮しても、僕に今回の犯行はできなかった。すなわち、僕の無実が証明されたということになりますね」

「ええ、まさに黄金のアリバイとやらが、常に我々の目の前にどっかと立ちふさがっている、といったところですかな」

「ならばこれ以上の長話も無駄でしょう。議論はすべて出尽くしましたからね……」

 俺は、テーブルに両手をついてさっと立ち上がり、その場を立ち去らんとする意思を表示した。

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