滾る妄想の×マス
「レイジー先生……今年もやってまいりましたね」
「ええ。そうね」
占術師兼薄い本のカリスマ、レイジー・トパーズとその1番の理解者ルナ・トピアスは互いに見合い真剣に悩んでいた。
彼女達が真剣に悩むのなぞ、1つしかない。ボーイズがラブする事である。
この日、2人は×マスに開催される集会に出す新刊の内容を話し合っていた。
×マスとは――クリスマスの事である。
あちらの世界の人間がハワイの日本人観光客並に転生してくるこの世界、長い歴史をあちらの世界に汚染され……なおかつ変にアレンジされていて、結果クリスマスもどきの×マスは帝国の定番へんてこイベントとして定着してしまった。
人間とはかくも我儘なものであり、どこか異世界にロマンを求めながらも元の世界の楽しい思い出や便利なものは欲しい。
だが、それはそれでこちらの世界人にとっては新たな発想であり発展への一歩なのでありがたいのだ。
ありがたいのだ、が、全ての人間がクリスマスを喜ぶ訳では無い。
どちらの世界にだってボッチは存在する。恋人達の定番イベントだと熱弁されればされるほど×ボッチの者達は血の涙を余分に流す事となった。
しかしながら、ボッチにも関わらず恋人達の定番イベントでも楽しめる救世主が存在した。
そう……それは薄い本。
本来ならば他人の恋人事情や盛り上がりイベントなど全く興味が無いどころか爆発させたい……そんな状況でさえも、薄い本という妄想の塊に対しては話が別である。
薄い本の中の人間が盛り上がれば盛り上がる程、我々も盛り上がる……
そう、真の救世主は勇者でも聖女でもない、×ボッチを救ってくれるのは薄い本だったのだ。
そんな、聖書として信仰されかけている薄い本であるが、ならば尚更×マスには集会! と誰かが言い始めた。
元よりあちらの世界で神として崇められている者の誕生日であり、聖書が読まれるので当たらずとも遠からずと言って、起源に関わる人にぶん殴られそうな集会の開催となった。
無論、×マス集会に集まるのは主に×ボッチばかりなのだが、商売の臭いを嗅ぎつけた商人達も仕入れに来たり集会客向けの出店を開いたり、遠方からはるばる集会目当てで来る客の為の宿屋も繁盛し……
とにかく集会が開催されると経済が賑わうのだ。
これには禁止している側の皇帝も頭を抱えた。
だが、皇帝は最近気付いた事があった。
恋人が出来たと噂が広まったお陰か、自身を登場させる本が異様に少ないのだ。
中には根強く生き残る生粋のルーカスファンもいるが、明らかに消滅の一途を辿っている。
そこから出した結論は「禁止しても全然聞かないから、嫌だったら恋人を作ったほうが早い」というものだった。
自分はめちゃくちゃ可愛い恋人を作ったからって……と、騎士団を初めとした喪男達の怒りを買ったが、皇帝とて禁止はしているのだ……
泣く泣く×ボッチを迎えるイケメン騎士団の多くは恋人も居ないしあらぬ妄想のネタにもされるし散々であった。
そんなこんなで、×マス集会を控えているレイジーとルナは忙しいのだ。主に心が。
「それで、誰にしましょう……新刊」
「そこが1番の問題なのよね」
とにかく、今年も情報量が多すぎた。
皇帝ルーカスに恋人が出来たというのは薄い本業界を震撼させた。ルーカス×ジェドで生涯を閉じようとしていたエルフの書き手はそのまま息を引き取りそうになっていた。
中にはNTRという魔境に手を伸ばそうとする者もいたが「ルーカス陛下は絶対にそんな事しない!」「最強の陛下が負けるなんて!」「解釈違いだ!」と声が上がり魔境が栄える事は無かった。
尚、お相手の女王があまりにも美しすぎる上にちょっとだいぶ残念美人という話題や、2人が苦労して結ばれても結ばれても未だ苦労していると言う話を聞いた全ての者達はそっとペンを閉まったのだ。
薄い本が原因でもうひと苦難を作ってしまってもいけない……やっと掴んだ幸せは成就して貰わねばいけないのだ。
だが、捨てる神あれば拾う神ありという有難い言葉が他国にある通り、新たな希望は沢山存在していた。
今、何と言っても1番人気はシルバー×ジェドである。
クランバル夫妻公認の仲、と噂が流れた時は「公式が病気」「公式がBL」「公式ありがとう」と皆クランバル公爵家の方を聖地として拝んだ。公式が最大手であり、その2人の恋愛模様(捏造)は勢いが留まる事を知らなかった。
「――と、言うわけでここは固く公式が最大手のシルジェドで行こうと思うのだけど」
「ちなみに、内容はどんなものなのでしょう……?」
「そうね……やはり×マスなので……」
★★★
「あれ? シルバーは?」
その日、クランバル公爵家では帝国で流行っているという×マスを祝うべくパーティが催されていた。
×マスが何なのかは分からないが、とりあえず赤と緑に飾りつけ、ケーキや鳥肉、何故か赤身魚の料理も並んだ。
町中お祭りムードだが、恋人同士で過ごす者も居れば家族同士で過ごす者たちもいる。クランバル公爵家の者達は今年も彼女が出来なかった次期当主の哀しみを紛らわす為に一層盛り上げた。
「誰が哀しみじゃ」
「シルバーさんなら1人になりたいからってテラスに居たと思うけど……」
妹のジュエリーが示す先、かなり肌寒い風が吹く2階のテラスの縁にシルバーは座っていた。
「どうした? こんな所で」
「うーん、いや、雪でも降らないかなぁと思ってねぇ」
シルバーはボーっと外を眺めていた。前に訪れたスノーマンは春を過ぎても雪で真っ白だったが、帝国には殆ど雪が降らない。いつぞやに精霊が暴走した時位で、余程の事が無い限り温暖ですごし易い大陸として精霊側が調整を保っているのだ。
「ここは暖かいからな。意外だな、寒いのは嫌いだと思っていたんだけどな」
「……そうだね、寒いのはあまり得意じゃないねぇ」
「なら、中に戻れよ。ここは寒いだろ……」
「うーん……」
中々戻ろうとしないシルバーの様子にジェドは首を傾げる。
「……もしかして、あまり賑やかなのは嫌いなのか?」
「ふふ……賑やかなのは好きさ。1人は寂しいからねぇ」
「だったら……」
「ただ、どうしてだろうね、沢山の人の中に君と居るのは、1人で居る時と同じような孤独感を感じるんだよね。私は我儘かな?」
シルバーの、曖昧な疑問にうーんと無い知恵を絞ってジェドは考えた。
「つまり、アレか……? 独り占めしたいって事か……?」
「まぁ、そういう事だねぇ」
「はぁ……」
ため息を吐きながらジェドはシルバーの隣に腰掛けた。テラスの縁から足を投げ出すと、寒空に浮かんでいるような気持ちになる。
「アホかお前。沢山の人の中に居たって、2人だって、あんまり変わらないだろ」
「?」
「もうとっくに独り占めしてるんだから……じゃなきゃわざわざ探しに来ないし」
シルバーが疑問に思いジェドの顔を覗き込むと、明後日の方を向いていたが少し見えている耳や頬の端は照れを隠しきれず赤くなっていた。
「……君、私に独り占めされていたのかい?」
「……今更だろ」
シルバーの方を全く見ずに言うジェドの様子が可笑しくてふっと笑みが零れる。
「そっか、もし独り占め出来ないようならば今夜は魔法で混濁させて無理やり監禁した挙句に淫紋でも刻んで物にしようかと思っていたのだけれどね」
「いや、不穏すぎるだろ!!!」
あまりの良い様に突っ込み振り向いたジェドの唇に自身の唇をそっと重ねた。
「……確かに雪、何となく降って欲しかったかも」
ゆっくり引き離した顔が火照っているのを冷ます為かもっとムードが欲しかったか、ジェドがボソリと呟いた言葉にシルバーはニコリと微笑んだ。
「雪はもういいさ、寒いし。それに、どうせもう暖かい所へ行きたいだろう?」
「暖かい所って……」
皆の賑わうパーティ会場の事なのか、はたまた暖かい自室のベッドなのか……とりあえず聞かずに、機嫌よく歩くシルバーの後に付いて行く事にした。
★★★
「なーんつって!!! なんつってー!!!!」
「うおおお!!!! 見てきたかのようなリアル感、流石レイジー先生ですね!!!! たまりませんわ!!!!」
「あ、念の為、これは著者の妄想であり実在の人物とは一切関係ありませんって入れておかないとね」
「大事です。脚注大事ですね」
妄想で鼻血が滴りそうになる原稿用紙にさらさらとお決まりの一文を追加していくレイジーであった。
「あ、でも最近はイケメンと噂のシュパースの遊び人ナスカ様とジェド様の従兄弟であるブレイド様も人気急上昇のジャンルみたいですよ」
「ナスカ様というと……女遊びも激しいというあの方ね。女遊びが激しいチャラ男×硬派騎士……いいわねぇ……」
「硬派ノンケ騎士が恋と快楽に目覚めて『こんな恥辱を受ける位ならば死んだほうがマシだ、殺せ!』って泣かされるのたまんないですね」
「あら、その先は駄目よルナ」
レイジーの指がルナの唇の前で止まった。
占術師のレイジーはミステリアスな格好をしている。指先も美しく、爪も綺麗な宝石が散りばめられて凄くお洒落だった。
顔の下半分が隠れ、目だけが覗くレイジーの容姿は怪しい雰囲気を纏っていて女同士でありながらルナはドキドキとした。
「あまりに過激なものは流石にお仕置きされちゃうから。過激手前の物足りない位で留めておくのよ? それに、その物足りなくてもっと欲しい気持ちが皆の情欲を煽り立てるんだから」
「はい……流石レイジーせんせぇ……」
大切な者と過ごす×マス。
好きな事に真剣に向き合い語り合える仲良き存在、それもまた大切な人だった。
×マスの集会を楽しみにしている者達の為にも、レイジーは今日もペンを走らせ、薄い本を厚くしていくのだった。




