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その男は望みを抱いて神に会う(後編)

 


『あー……うん、事情は全然分からないが、用件は分かった』


 獣王アンバーとクランバル公爵夫妻は竜の山の奥……神が唯一降り立てる地にて、その唯一神である光の存在にアンバーの望みを説明していた。

 説明はシンプルで、悪役令嬢とはどういうものか、何故悪役令嬢になりたいのか……と、それだけだったのだが……


『聞いた上で言おう……帰れ!』


「何でだ!!?」


「ちょっと、神様だからってその態度は酷過ぎません?」


 厄介者を払うように手をシッシと振る神の態度にチェルシーとジャスターが立ち上がり文句を言う。


「獣王が願いを申して丁寧に説明しているからとボコるのを止めて大人しくしていれば……そちらがそういう態度ならば我々も心置きなくボコるぞ」


『神様を心置きなくボコるなよ!!! お前らの方が酷いんだよ!!! まぁ、私の説明も乱暴だったな……いいか、この世にはちゃんと理がある。私がこの地にしか降り立てないのと同じように出来ることと出来ない事があるんだよ』


「出来る事と出来ない事……? しかし、貴殿は我々の力を奪ったり私の性別を変えたりしたではありませんか?」


『ああ。お前らの能力値を全て引き換えにしてでも出来るのはジャスミン、お前を男に変えるのが精一杯だった。しかもお前ら、力直ぐに取り戻しているし……』


 クランバル公爵家当主、ジャスター・クランバルは以前はジャスミン・クランバルという女剣士だった。神の怒りを買い、力を奪われて男性へと存在を変えられてしまったのだが……


『ジャスミンと違ってそちらの獣王とやらは男としての存在感が強すぎる。現にその女性用のフリフリを着用しても違和感以上の何かを感じるだろう……?』


「確かに……」


「言われてみれば、普通のちょっとガタイのいい男性が女装したのとは明らかにレベルの違う何かを感じるな……」


『それがこの世界の理の1つだ。居るだろう? 凄く整った女と見まごうような美しい顔の男性でも何故か女装が壊滅的に似合わない男子とか、男装が下手な女子とか。それは世の理が、その存在が強く性別を世界に固定しているからだ。その理が強いと幾ら本人が望んでも理の向こうに行くことは出来ない』


「な……なんと?!」


「確かにうちの息子もイケメンの割りに壊滅的に女装が似合わないのよねぇ……」


「ならば……俺は悪役令嬢にはなれないという事なのか……」


 アンバーはガクリと項垂れた。地面に崩れ落ち手をついて落ち込む二の腕と脇腹の筋肉は隙も無く鍛え上げられ、キレていた。とてもじゃないが女性になれる余地などどこにも無い……神とクランバル夫妻は困ったように顔を見合わせた。


『というかそもそも、其方の言っている悪役令嬢とやらは生い立ちや運命の話だろう? 今からそういう存在に転生させる事は可能かもしれないが、そうなった場合にアンバーとしての存在は終わるぞ。この世界にもう1度戻って来られるかどうかすら分からない……お前はそれでいいのか獣王よ』


 神に言われてアンバーはハッと思い出す。

 獣王セリオンは家臣に任せて来たものの、長らく不在としていた。家臣達はアンバーの良き理解者ではあるが、それら全てを捨てて自分の幸せの為のみに自由に生死や世界を越えるなど……昔のアンバーならばともかく、今の彼には出来なかったのだ。

 アンバーはそっとメンズブラを外した。


「済まない……俺は、自分の為に1番大切なものを捨てる所だった……こんな俺が愛を得るなど、早すぎたのだ……」


『そういうものを着けている時点で大事なものは行方不明だがな』


 肩を落とすアンバーにチェルシーは優しくそっと触れた。


「気を落とさないで下さい獣王、貴方が考えた方法は貴方の未来を決める道の1つにしか過ぎません。だって、私たちもそうだったから」


 チェルシーが微笑みながらジャスターを振り返ると、ジャスターはうんうんと頷いた。


「そうだ、我々も最強の男を捜して旅に出たけど結局居なかった。神ですら我々の剣に無様に膝をついたからな」


『うるせえ』


「だが、思いもよらぬ方向で我々の悩みは解決したのだ。まさかチェルシーと結婚するとは思わなかったからな……貴方の望みも、もしかしたら思いもよらぬ所に転がっているかもしれない。だから今は貴方に出来る、貴方の道を頑張ってください」


「ジャスター殿……」


 ジャスターの言葉にアンバーは長らく悩んでいたものが何処かへ消えたような気がした。そう、自分にだっていつか特別な人間が出来るはずだと……もしかしたら本当に、本気で好きになれる存在が……自分の為だけに笑ってくれる者がいるかもしれない、そう思うことでその未来を楽しみに気持ちが上向いた。


 立ち上がるアンバーを見てクランバル夫妻はニコニコと笑い合い、いそいそと剣を取り出した。


「よし、獣王の悩みも落着したという事で、これで心置きなく神をボコれるな」


「ええ」


『だから心置きなくボコるんじゃないんだよーーーー!!!!! 帰れーーー!!!!!』


 神が叫んだ瞬間3人は光に包まれ、遥か彼方へと吹き飛んだ。



 ★★★



「……ん? ここは……」


 アンバーが目を開けると、そこは見慣れた城……獣人の国セリオンの王城だった。


「ああ、これはアンバー王! 帰還をお待ちしておりました!!!」


 突然現れたアンバーの姿に、獣人達は目に涙を溜めながらワッと集まった。

不在の王を嘆き別の存在を立てるでもなく、ただただその帰還を待ち続けていたのだ……獣人達はアンバーが王になる前の歴史を知っていた。もうセリオンはアンバー以外を王にする気など無いのだ。絶対的な力とその優しい心……不器用でありながら国を善くしていこうと無い知恵を振り絞り他国に助けを求める姿勢はセリオンの全ての者たちから愛されていた。

 それを改めて感じ取ったアンバーは、女性に生まれ変わることをスッパリ諦めようと思った。


 番なぞ、そのうち自然と現れる……無理に探すのではなく自然に、1番傍に居て欲しい存在が現れるのを待とうと思った。

 それはもしかしたら本で見た悪役令嬢のような悲恋や熱い恋などでは無いかもしれないが、恋や愛はそれ自体を望むものでは無く自然に湧いてくるものなのだろうと悟り、目を細めた。


「おいコラ、お前なぁアンバー……」


 アンバーの鼻腔を良い匂いが擽り、聞き覚えのある声がして振り返ると……そこにはエプロン姿のザッハが立っていた。


「いつまでも勝手に出歩くなよバカ!! 家臣達が心配して俺にまで泣きついて来てんだよ……ったく」


 いつまでも帰らぬ、何処にいるか分からない王を心配して家来たちは、三つ子の騎士の1人ザッハに懇願して来てもらっていた。城で獣王の好きなご飯を作って待っていれば、そのうち匂いにつられて帰って来るかもしれないと思ったのだ。


「もう密林に居た頃とは違うんだから勝手な行動はするなよ。まぁ、何かモテないとかそういう方面で悩んでる気持ちは分かるけどさぁ……」


 ザッハは苦笑いをし、おたまの柄でアンバーの頭を小突いた。


「で、あんま見た目が変わってない所を見ると上手く行かなかったんだろうけど、お前はお前でいいじゃん。飯でも食って元気出せよ」


 はははと保護者のように笑うザッハに、アンバーはそっと手に持っていたフリフリの胸当てをエプロンの上から回しかけた。


「……は? 何……??」


「うんうん、お前は違和感が無いタイプだな」


「……いや、何の話……????」


 フリフリのメンズブラをエプロンの上から着せられたザッハを見てアンバーは頷いた。話の見えないザッハを取り残し、アンバーは機嫌よく笑いながら準備されたご飯の方へと歩きだした。

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