とある女王、シュパースに行く。そして……(中編)★
「……1人で何をしているんだあの女は……」
恋人達や家族連れで賑わう一大観光地シュパース。
その遊園地で聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアは目を輝かせていた。
オペラが認識阻害の眼鏡を掛けているせいで油断すると見失いそうになる。
心の声を頼りに目を凝らし、アークはしっかりとその女王を見張った。
先ず持ってアークにはオペラの目的がよく分からない……いや、聞こえているから分かってはいるのだが。
要するにいつかルーカスと恋人になった時の為の予習という事だ。お熱い事で、早く爆発して欲しいと思ったのだが、そもそも予習なんて要るのだろうか? 恋人なら勝手にラブラブすれば良いし、愛の形なんて物は人によって違うだろう。
アークの父親も愛には疎く、母親の行動に翻弄されていたが、ともかく恋人とはそういう物だろうと思っていた。
だが、どうにも目の前の女王はプライドが高いのか何なのか、予期せぬ事態に動揺して慌てふためくのを良しとしないらしい。
アークの耳にずっと聞こえて来るオペラの回想からは、それはもう色々な事態で慌てふためいたエピソードが伺えた。いつもは他人の考えを読む事に何の感情も湧かないが、少し気の毒かと思う程にはオペラの色恋は上手く行ってはいないのだ。
しかし、それはオペラがそういう事に疎いとか慣れてないとか、そればかりが問題では無い。問題は相手もそういう事に疎く、出来る男の癖に何故かそっち方面だけは上手く行かないという点である。
全てが完璧な皇帝も腹が立つが、色恋が上手く行かず、その相手が健気にもこんな所に1人で下見に来ているなんて……
何だかもうアークは気の毒を通り越して悲しくなった。
皇帝は旧知の友人であり恩人。その恋の相手が何か頑張っているのだからせめて手伝ってやろう……という、変な親心のような物がアークに生まれてしまった。
――後々に、ここでそんな事を考えなければ良かったとアークは後悔するのだが。
しばらくオペラを見ていたアークは、見張っていて良かったと早々に思った。
それというのもこの女王……全く人混みに慣れていない。
こんな観光地に来るのは勿論初めてなのだろうが、人を避けきれず揉みくちゃにされている。
人混み側も、慣れていない客は避けて通るはずなのだが、認識阻害が仇となって誰もが女王に気付かずにガンガンとぶつかって行った。
――マズイ、女王がお怒りだ。魔法を使って無理やり道を開けようとしている。
アークは何か無いものかと周りの店を探した。
土産屋にあった顔だけ出ている着ぐるみのような帽子を手に取る。シュパースの遊園地のマスコットキャラクター『はっちゃけパリピぬこ』の着ぐるみ帽子である。
こんな浮かれポンチのような帽子を1人で来ている男が被るのに抵抗があったが、この際何でもいいとその帽子を被りオペラの少し前を歩いた。
(……あら? 急に歩きやすくなったわ……)
アークが先導してぶつかりながら人混みをかき分けていく。目的地は分かるのでこのまま上手く目的地方面の人混みが落ち着いている方へと誘導出来るだろう。
(それにしても……目の前の男の帽子は何かしら。浮かれすぎじゃない? あんな帰ったら使い道無さそうな帽子……しかも、見たところ1人で来ているみたいだし。皆が皆恋人同士という訳では無いとは言え、1人で浮かれている男ってどうなのかしら……)
――色々放っておいて欲しいし、お前せいでこんな物を被っているんだよ!
アークは心の声をグッと堪えた。今はこの厄介な観光人を人混みの薄れた方へ連れて行くのが先だ。
広い場所へ行くと楽に歩けそうになったのでアークはさり気なく先導を逸れて物陰に隠れた。
オペラは最初の目的地である建物のアトラクションへと進む。
「……」
オペラは『お化け屋敷』と書かれた建物の前に居た。
アークには全く理解が出来ないが、この様々な怪奇現象が起きるハラハラハウスが何故か人気らしい。
どうしてここを選んだのか、とオペラを見たが、その視線は建物から抱き合って出てくる恋人達に向いていた。
女性の方はプルプルと怖がり、男性の方が頭を撫でて落ち着かせている。
オペラはこれだ! という顔をしていたが、全然コレでは無いとアークは思った。
――そもそも、お前ら2人お化けが出たらとりあえず倒すようなヤツらだよな?
(なるほど……ああして怖がるという事も時として必要なのね。強くあるばかりが必ずしも良いとは限らない……勉強になるわ)
そう考えたオペラはそのままお化け屋敷へと入って行ってしまった。アークも急いでその後ろを追いかける。
お化け屋敷に入ったオペラは怪奇現象そっちのけで恋人達を観察していた。お化け側も熱演をしているのだから無視しないであげて欲しいとアークは思った。
恋人同士の女が怖がる様子をじっくり観察しながら少し真似をしていたが、無表情で怖がりを練習する様子はもう何だか見ていられない。アークはそっと目を逸らした。
「あれ? アーク様……? そんな浮かれポンチな格好で何をしているのですか??」
呼びかけに振り返ると、お化けの1人がアークを見て驚いた表情をしていた。
よく見るとお化けは魔族の男だった。
魔族の中には人間に紛れて旅をしたいという者も少なくない。
それは危険な事でもあり、未だ魔族に好意的で無い者も居るのでその辺りは自己責任なのと、問題は絶対に起こさない事を約束させて許可をしていた。
まさかシュパースに同胞が居るとは思わなかったアークは驚いた。
「お前こそ、シュパースに居たのか」
「ええ。各地を旅していましたが、ここは良いですよ! シュパースの持ち主、遊び人ナスカ輩センは遊び人中の遊び人で話も分かるし魔族だろうと種族関係無く遊び心が大好きな奴は受け入れてくれるし……俺、憧れて遊び人に転職してそのままここで働かせて貰ってます!」
「何勝手に転職してるんだお前は……ま、楽しくやっているなら何よりだ。頑張れ」
「ハイ! あ、次のお客さん入りマーッス!」
元々ノリの軽いような男だったが、魔族だろうと種族問わず受け入れる遊び人ナスカにアークは少し安心し、好感が持てた。ルーカスと意気投合する位だから悪いヤツな訳は無いと思ってはいた。
それを知れただけでも来て良かったと思ったアークだったが、同胞と話をしている内にオペラを見失ってしまった。どうやら外に出たらしく、アークも急いで外に出てオペラの声を探す。
(……何なのこの男……さっきからしつこいわ)
声が聞こえた先をバッと見ると、オペラの姿はぼんやりと見えた。その横には派手派手な男がオペラにしつこく絡んでいる。
「お姉さん、1人ー? よく見るとめっちゃ可愛いねー? 俺と一緒に回らない?? 案内するからさー?」
「……」
オペラはナンパされていた。それもとんでもなく派手な男に。明らかにチャラチャラした男は見るからにヤバそうだった。
「……貴方、ここにお詳しいの?」
「ん? そうそう、めっちゃ詳しい! 詳しい! 島の隅々まで知り尽くしてるから任して! 何なら泊まる所とかも案内するよ???」
アークは蒼白とした。ヤバイ男である。実際心の中は下心満載なので本当にヤバイ。
何故オペラがちゃんと見えているのかは分からないが、とにかく早くその男からオペラを引き離さないと、よく分かっていないこの女王は手籠にされかねない。
そうなったら色々と終わる。あの皇帝が怒り狂った先でどうなるかは分からないが下手したらこの世が終わるかも知れない。
アークは猛スピードでオペラの腕を取って走り出した。
「え?! 何???」
オペラがこちらを振り返る前に近くにあった観覧車にオペラを押し込めて送り出した。
「え? え?? ちょっ?? 誰なの??」
顔は見られて無いらしくセーフだろうと上り行く観覧車を見送る。
アークは急に全力疾走をしたのと焦った疲れでぜーぜーと息を吐いた。運動不足は全く改善されてはいなかった。
「大丈夫? ハイ、これ飲んで落ち着いて。激しい運動した時は急に止まると心臓ヤバイっしょ?」
後ろから差し出された飲み物に驚いて振り返ると、そこには先程の派手派手な男が居た。
「……お前……」
そもそも認識阻害されているオペラをナンパする時点でおかしいのだ。アークでさえオペラの姿はぼんやりとしか見えておらず、顔も判別出来ない。なのにこの男にはオペラが綺麗なお姉さんだとちゃんと認識出来ていた。一体、誰なのか……
「ニーサン、俺の事必要なんじゃない??」
「は……?」
(いやー、ルーカスからチラッと聞いていたけど魔王が直接来るとは思わなかったわー。ビビるしマジで)
その言葉から合点がいく。
心が読める訳では無いのにその者の本質を探る事が得意な、シュパースの持ち主……
遊び人、ナスカは想像以上に派手派手なチャラ男だった。
★★★
観覧車に押し込められたオペラは何が何だか分からなかった。突然派手な男に絡まれたかと思ったら、今度は急に腕を引かれてこんな所に押し込められる。
空が飛べるオペラには観覧車はあまり感動的ではなかった。
島々全体が見渡せるのはいいが、余りにもゆっくり過ぎて苛々とした。
周りたい場所はまだまだあるので早く終わって欲しい。
……が、ふと観覧車の他の台を見ると恋人同士がキスをしていた。
ガンッ! と殴られたような衝撃が走った。
景色の良い密室、ゆっくりと進む邪魔の入らない空間……
そう、恋人同士にはここはうってつけの場所。
飛べる自分は苛々と早く終わる事を願っていたが、恋人達にはそうではない。このゆっくり進む時間でさえ進んで欲しくないと止めたくなるような……いや、時間に限りがあるからこそ余計甘くなる様な……
かーっ! 1本取られましたわ! とばかりにオペラは額を押さえた。
やはりまだまだ自分はラブラブ初級者なのだ。
……いや、まだラブラブにさえなっていないのだが。
ガックシと肩を落としながらオペラはその時に備えるために引き続き勉強した。
観覧車から見えるシュパースの外の海にはいつの間にか夕陽が沈み、遊園地は夜の灯りが灯り始めた。




