魔法使いを夢見る少年(後編)★
火に囲まれてピンク色の水が地面を満たして行く。内側からも侵食されているようで、鼻から噴き出た鼻血かと思ったらそれはピンクの水だった。
目がグルンと回る……視界もピンク色に変わる。身体中に魔力が侵食して回ったのだろうかと思った瞬間、意識がドボンと水の中に落ちる感覚がした。
水の中で浮いている少年は魔力の水の声を聞いた。
『怖くない、ただ身を任せれば良い』
優しそうな言葉だったが、あの魔法使いと同じものを感じた。そう言って身体を乗っとるつもりなのだと少年は思った。
『抵抗すれば苦しんで死ぬだけ、安らかに眠れば痛くない』
そんな言葉には絶対に騙されない。自分は自分の物なのだ。誰かに良いようにされてたまるかと思った。
少年は魔法陣を描いた。足元から出る鎖が自分を縛り付けた。氷の矢が自身を傷付けた。血のようにピンクの液体が噴き出る。
水に抵抗し何日経ったか分からない頃、また間欠泉から魔力の蒸気が噴き出してきた。
今度こそ魔石となって死ぬかと思ったが、不思議な事に吹き出す魔力は全て少年の中に入って来た。身体中の魔力の水が蒸気を吸っていたのだ。
水の力が増し、意識を手放しそうになったがやはり少年は抵抗した。
そうして数日経った頃、あの魔法使いがそろそろ魔石人間が出来たかと穴を覗きに来た。
「こ……これは……」
魔法使いが見たのは穴にあった魔石になりかけの死体の山が全て消え、底に横たわる少年の姿だった。
少年の髪は紫がかったピンク色に発光し、魔力を帯びていた。
「……魔石人間でもなく、本当に魔力を持つことが出来ただと……? そんな事例は聞いた事がない……これは新しい発見だ」
魔法使いは少年を穴から魔法で引き上げた。間近でよく見ると、少年の身体は大気中の魔力を吸い上げているようだった。髪の毛の発光は魔力の液となり身体中に滴っている。
「?!」
触ると自分の魔力も吸い取られる感覚に陥った。慌てて収納魔法からありったけの魔力封印の魔術具を取り出し少年に取り付けた。
弱いものは魔術具が割れてしまう程強力だった。
「これは凄い! この子供を研究すれば私も――」
魔法使いが喜び、少年を利用しようと笑った時――少年の瞳が見開き魔法使いを見た。
「?!」
「そんなになりたいならお前もなればいい」
魔法使いの目の前に魔法陣が現れ、弾き飛ばされるとそのまま穴に落ちて行った。
尻餅をついた魔法使いは直ぐに穴から出ようとしたが地面から鎖が出て身体を縛りつけ身動きが取れなかった。何度も解除しようとしたが、その魔法陣はピンク色のモヤに掻き消された。
地面から魔力の水が這って魔法使いに迫っていた。身体を伝い穴という穴から侵食すると魔法使いは苦しみ始めた。
身体中を侵食した水がまた穴から流れ出ると残った魔法使いの身体は水分を失い乾き、カチカチの魔石となってそのまま倒れ込んだ。
「……」
少年は魔法使いが息絶えた事を見届けると歩き出した。
何日かかけて山を降りると街並みと塔が見えた。
あの男みたいな魔法使いが沢山居るのならば、消さなければまた同じ様な被害者が後を絶たないと思い、魔力が集まる魔塔へと身体を引き摺りながら歩き出した。
魔塔に突然現れた魔力の塊の様な少年に魔法使い達は警戒した。見た事の無いそれは魔族とも違う。
「……君は一体……どうしてそんな身体に?」
奇異の目、羨望、好奇心、研究心……そんな様々な目を向ける魔法使いが多く居る中、奥から現れた老人は悲しそうに聞いて来た。
「……お前らの仲間が……」
「……こちらへおいで。話を聞かせてくれ、ここに君に手を出そうなんて愚か者は居ない」
少年は魔術具で封印しても抑えきれない魔力が溢れて居た。好奇心よりも、その子に手を出すと危険だという事を誰しもが分かっていた。
老人は自室に少年を連れて行くと温かいスープやお菓子を用意した。
ずっと何も食べていない少年は、久々に食べる食べ物が中々喉を通らず、ボロボロと泣いた。涙はピンク色だった。
「何がそんなに辛かったのか、全て話してくれ。信用出来なければ私の事を殺したって構わないさ。君をそんなに悲しませたのが魔法使いだった事が私は悲しいよ」
老人は少年の姿に本当に胸を痛めている様だった。
もう1度だけ魔法使いを信じてみようと思い、少年は自身に起こった事、他にも何人も犠牲になった者がいる事を老人に話した。
老人は頭を押さえて苦悶した。
「確かに魔法使いは欲深い者達ばかりだ。だが、その欲望をより良い研究に役立てようとこの魔塔が研究所として存在しているのに……まさかそんな人道に反する者が居たとは……済まない、私の力不足だ」
老人は少年を優しく撫でた。
「……私も老いた。魔塔の主人として長いこと魔法使いを見張って来たがもう力が及ばなくなって来ている……」
「……」
「帝国に時期に若き皇帝が生まれる。絶対的な力を持ち、治世を世界中に広げる事が出来る者だ。まだ君のように年若い子供だが、その能力は既にある。時期に世界は変わっていくだろう……」
「……」
「魔塔もそろそろ変わる時だ。……君を利用する様に聞こえるかもしれないが、魔塔に君の力を貸して貰いたい。君の中に宿ってしまった力は世界を滅ぼす事も出来るが、私はそれを未来の為に使って欲しいと思っているんだ。魔法には可能性が沢山ある。大魔法が使えない人でも魔術具を使い便利で豊かな世の中にする事が出来る。魔法は個人の野心を満たす物ではなく、無限に有る可能性を追求する為にあり、誰しもが羨み夢見る職業でなくてはならないと思っている。誰しもが魔法を学べる学校も作る予定だ」
少年は老人の言葉に、あの日魔法に見た万能さを思い出した。
「皆がお腹いっぱいになれるのか?」
「その未来はきっと皇帝が作ってくれるだろう。だから我々魔法使いはその手伝いをしなくてはならない」
「手伝いとは何だ?」
「まずは犯罪を犯すような魔法使いを無くす所からかなぁ。それから、魔塔ではこういう研究を沢山しているのだよ」
老人が取り出した魔術具の箱。蓋を開けると光の粒がふよふよと浮いて来た。老人が部屋の明かりを消すと部屋中に光の粒が広がり綺麗だった。
少年はその幻想的な景色に見惚れた。お腹が満たされたからだろうか……今まで何かを綺麗で凄いと思った事は無かった。
「これは何だ……?」
「ただ綺麗なだけだろう? ただ綺麗なだけの魔術具さ。こういう物だって必要になるのさ」
「どうやって作るんだ……?」
「ふふ、後で教えてあげよう。……人は好奇心と野心で出来ている。魔法使いは特に可能性が無限な分、何処か悪い方向へ行きがちだ。勿論、何が良くて何が悪いなんてものは人それぞれの物差しでしか無い。ただ、いき過ぎた悪意は世界を滅ぼしかねないので、そうならない為に沢山考えなくちゃいけない。それはとても難しい事だが……君に頼んでも良いだろうか?」
少年は少し考えた。
「……分からない。けど興味はある」
老人はニコニコと頷いた。
「今はそれでいい。魔法使いが無駄だと判断したらその手で消しても構わないが、そうならないように君には頑張って欲しい」
「まずは何をしたらいいんだ?」
「まずは……お風呂に入ろうか」
それから魔塔の主人である老人は少年を風呂に入れ、言葉を教え、魔法を教え、色んな話をした。少年は好奇心旺盛になり、楽しそうに色んなことを覚えた。
少年が成人する頃、老人は亡くなった。聞いた話ではもう何百年も生きていたらしい。
老人が無くなるのを見送る時、少年は自身にあの魔法使いと同じような野心が、好奇心が芽生えて来た事に気付いた。
だが、もうその頃にはその野心は十分に発散出来る機構が魔塔には出来ていた。魔法使い同士で切磋琢磨し、研究心は世の中の為に使う事にした。
魔法に於ける好奇心は自身に留めておくように律した魔法使い達は、嗜虐的な者は減ったがマゾが増えた。取り分け少年自身も誰かを犠牲にするより自身で魔法を試すうちにそういう方向に進んでしまった。
老人が見たら泣くかもしれないが、平和ならばそれで良いんじゃないかと思い少年は老人と同じような微笑みでニコニコと笑った。
老人が亡くなった日、どの位魔法が使えるようになったのかとありったけの魔法を自身にぶっ放して地面に埋れた。地面から見上げる魔塔は高かったが、今やあの頂上は少年の物だった。
何も持たず、魔力も無かった少年はいつの間にか沢山の魔法を使う事が出来る様になり……魔塔で1番の主人となっていた。
少年は老人が亡くなった時にその名前を貰う……
亡くなった老人の名前はシルバー・サーペント。




