魔法使いを夢見る少年(前編)
※本編213話、シルバーが少しだけ語った過去編になります。
竜が棲むというラヴィーンの山々を超えた更に向こう側……
地が痩せ細る乾いた大地ウィルダーネス大陸に1人の少年が居た。
長くボサボサとした前髪は1度も切った事のない薄汚れた紫で、顔もよく見えないほど隠れている。
少年は何も持って居なかった。家も無く、家族も無く、食べるものも無く……貧しいこの地には奪い合う程の食料も無かった。
日がなぼんやりと過ごすだけの子供が初めて興味を持ったのは、偶然その地を訪れた魔法使いの存在であった。
世界を何も知らない少年に魔法という物を見せてあげた。小さな魔法陣を作り水を与えてあげた。収納魔法から取り出したパンを与え、大地の魔法から木を切り出し、それに魔法で火を付けた。
少年は初めて見るその不思議な感覚に衝撃を受けた。そして初めて何かを欲するという感情を覚えた。魔法があれば、その地でも空腹が満たされ暖かく過ごす事が出来る。
一体どうしたらその魔法が使えるのか、魔法使いに聞いた。
「魔法は魔力と才能のある者しか使う事は出来ないよ。君みたいに何も持たない子供には使う事は出来ないんだ」
少年は初めての希望が生まれて直ぐに打ち砕かれた。何故自分は何も持たずこんな所に生まれたのか……何故才能や魔力を持つ人間がいるのに、空腹で死にそうじゃない人間も居るのに、自分はそうじゃ無いのか。
魔力を持つ方法は無いのか? と再度魔法使いに問うた。
「……そんなに魔法が使いたいのかい? 魔法使いは欲望を持つ者ばかりだからね。君みたいな子は魔法使いに向いているかもしれないね」
魔法使いは少年の手を引いてその地から連れ出した。
さて、この時代だが戦争や奴隷等も多くまだ世界に秩序無い者達が多く居た頃で……やはり魔法使いにも秩序なんて物は無かった。
貧しい地の子供達に魔法の万能さを見せて欲望を刺激し、魔法が使いたくなって縋る子供達の手を引いて連れ出す。
人攫いでは無い、身寄りの無い子供達は自分から望んでついてきたのだ。
少年は魔術具の袋に詰められ、景色も分からぬまま何処かへ連れて行かれた。
袋から出て日差しを見たのはアンデヴェロプト大陸にある山々で、空が不思議な色をしていて魅了された。少年の欲する魔力が空に浮かぶのだ。
ここに来れば魔法が使えるようになるのかと希望に満ちた目で魔法使いを見たが、次の瞬間、穴に突き落とされ深い底へと落ちた。
穴底に落ちた時に全身を打ち付け、痛みで直ぐには起き上がれない少年。その遥か頭上から魔法使いの声がした。
「見てご覧、魔力が溶岩のように溢れているだろう? 君の欲している物がそこから沢山湧いて出るのさ」
そこはアンデヴェロプト大陸を形成する巨大な魔力の間欠泉だった。大地に眠る魔力がそこから湧き出て空の色を変え、山の生態系にさえ影響する程だった。
少年がハッと見回すと、辺りは動物や人の死体が幾つも横たわり山となっていた。
不思議な事に白骨化までして風化している死体はその骨が結晶化しているようだった。幾度となく死体を見てきた少年も、そんな物は初めて見た。
「不思議だろう? それは死体から作られる魔石さ。魔石を得るには幾つかの方法があってね、魔石を持つ魔族や魔物を狩るか魔石で出来た虫を獲るか、山から採掘するか……。山から採掘するのは簡単だが価値のある魔石はそう簡単には出て来ないし大変だ。採掘師から良質な物を仕入れるのにかなり値段が張る。魔石虫は採取が難しく、魔石を持つ魔族なんて狩れば魔王に吹き飛ばされるだろう。……だが、ある時発見したのだよ。この魔石溜まりに落ちた風化した者が魔石化している事を」
よく見るとまだ息のある者も居たが、その身体は魔石に蝕まれているようだった。
「その子供はどうしたのだと思う? 食べたのさ。空腹に負けて魔力の結晶化しかけた死肉を。凄い発見だと思わないか?? 魔石を持つ魔族を狩らなくとも魔石人間が誕生したのだよ」
魔法使いは狂っているのだと思った。こんな苦しんで身体が変質化して死にかけの者を見てワクワクしていた。
「さぁ、君は生き残る為に魔力を持ち魔法使いになるか? それともその子供と同じように魔石人間になるか、はたまた人間の尊厳を捨て切れず死んで魔石の白骨となるか……どれかな? 楽しみだな」
魔法使いは高笑いしながら消えて行った。
残された少年は元より飢えて死を待つような者だった為、死ぬことへの恐怖は無かったが魔石となってあの魔法使いに利用されるのだけは嫌だった。
絶対に魔法を使えるようになって此処を抜け出して生き延びてやると思い、記憶のあるうちに魔法使いが使っていた魔法陣を書き残そうと、地面に石で魔法陣を描いた。
魔法使いが魔法陣を描くと火や水が出たが、何度書いても魔法が使える気配は無く……自分にはやはり魔力が無いのだと思い知った。
ふと、魔石に蝕まれた子供が見えた。同じ歳の位の子供……もしや自分も同じように結晶化した肉を食べて魔石化すれば魔法が使えるのでは……? と、子供に手を伸ばしたが…それだけは出来なかった。日に日に弱って行く魔石化した子供だったが、少年は声をかけながら自分も正気を保っていた。
既に死んでいる動物で、まだ結晶化してない物は食べる事が出来そうだったが虫の沸いてそうな生肉は食べるに躊躇した。以前荒野で腐敗しかけた鼠を食べて死にかけるほどお腹が痛くなったのを思い出したから。
魔石化した子供も弱って行った。もうお互い何日も水すら飲んでいない。
だが、別れの日は突然来た。
穴全体が揺れるのに気付いて少年は飛び起きた。地面から何かが出てくるような感覚だった。
穴底全体が紫がかったピンク色に光ると熱い何かが吹き出てきた。浮遊する程の衝撃……間欠泉から定期的に吹き出る魔力だった。
魔石化している白骨はその影響を大きく受け、骨の魔石化が進んだ。骨全体が宝石のようだった。
はっとして子供を見た。皮膚の結晶が大きく侵食していた。
死んではダメだと手を伸ばした。が、その子供の結晶化は止まらず身体が魔石となって行った。その最期の時、目から溢れる涙に触れると「結晶化した肉を を食べちゃ駄目、君は生き延びて……」という言葉が頭に流れて来た。子供は完全に魔石となり、魔力の噴出が治ると他の白骨と共にごとりと地面に落ちた。涙が手に残る……不思議な色だった。紫がかったピンク色の光……。その滴は不思議と消える事は無く、近くにあった受け皿に利用出来そうな物に垂らした。数滴の涙の水は皿の上で光っていた。
少年は1人になってしまった。話し相手も居なくなり気が弱ってしまいそうだった。
「何だ、未だ何にもなっていないんだね。このまま白骨化して魔石となるかね?」
間欠泉が噴出した翌日、またあの魔法使いが穴を覗きに来た。
「ああ、そっちの子供は先の噴出で完全に魔石人間となったようだね。そちらは回収しよう」
魔法使いが魔法陣を描くと魔石化した子供や完全に魔石となっている白骨にも同じ魔法陣が現れて浮き上がり頭上に引っ張られて行った。
連れて行ってはダメだと子供の手を掴んだが、魔法使いの魔法陣が目の前に現れてバチンと火花が飛び散り雷が全身を走った。
物凄く痛かったが、負けずに引っ張ると今度は氷の矢が現れて腕を刺し、足元に鎖が現れ体重が重くなるような感覚で地面に伏せさせられた。
「なかなか根性のある子だけど、無駄な事だ。魔法も使えない、腕力も無い者は生きてる価値が無いからこうして魔石となる位しか利用価値が無いんだよ」
違う、そんな事は無い、と思いたかった。あの子供は数日後の自分である。あんなただの物になってしまいたく無い。
だが、今の自分にはなす術も無くこうして攻撃を受けてボロボロになり見送るだけしか出来なかった。
せめてあの魔法陣を忘れてはいけないと、地面に伏せながら幾つかの魔法陣を描いた。やはり魔法は使えなかった。……が、その魔法陣に吸い寄せられるように皿に溢れていた数滴の1つがフラフラと伸びて来た。地面を這って水滴の量を少しずつ伸ばして行く滴はそのまま地面に掘った魔法陣の溝に入り溝を侵食して行った。
魔法陣全体に繋がると1つの魔法陣となり、そこに氷柱が出来た。氷の矢だ。
少年は喉が渇いていたのでその氷柱を舐めようとしたが……ふと、コレは舐めて大丈夫なのかと戸惑った。大丈夫、最初に魔法使いが出した水も飲んでも何とも無かったのだと氷に舌を這わす。最初は乾きすぎた舌が氷にくっつき痛かったが、次第に溶けた水が何日も何も取っていない喉を潤した。
少年は荒野で日がな生き延びていた時よりも、ここで初めて死ぬかもしれない……そして生きられるかもしれないという絶望感と希望を味わった。
水を得た事で少し正気に戻った少年は、どうすればここを抜け出せるのか考えた。
チラリと数滴残る不思議な滴を見た。
コレを飲めばどうなるかは分からない……魔法が使える代わりに魔石になってしまうかもしれないし、侵食に負けて苦しむかも知れない。
――だから何なのだ。
どうせ死ぬならば生きられる可能性がある方に賭けるしか無い。
不思議とその水は自分を助けてくれるような気がした。錯覚かも知れないが少年にはもうその数滴の水を飲む以外に術は無いような気がして皿に手を伸ばした。
意を決してぐっと皿を傾けて滴を口に含む。
「?!!」
滴は意思を持っていた。口に含んだ瞬間、口の中の粘膜に溶け出し身体中の血管や細胞を侵食して行った。
全身を気持ち悪く駆け巡る感覚にゾワゾワとし、立って居られなくなった。
のたうち回り全身を回る魔力を制そうと身体中を叩いた。そのうち苦しくて吐き出す唾液がピンク色に染まっている事に気がつくと恐ろしくなった。結晶化どころか魔力の液体化してしまう予感がした。
早く魔力を放出しないとどんどん侵食されるような気がして何度も描いた火の魔法陣を描いた。
すると擦り切れた指の先から魔法陣に向かって血が吸い取られ流れて行くような感覚に陥る。これが魔力を使う事かと知った瞬間、辺りが真っ赤に燃え盛り火の海と化した。
「??!」
明らかにあの魔法使いの使った炎と違う。魔法を間違えたのだろうかと思った時、火からピンク色の蒸気が噴出し、周りに在るまだ完全に魔石化していない白骨や魔石クズを飲み込んで液体化させた。紫がかったピンク色の液体はズルズルと自分の方へ近づいて来た。
違う、この魔法陣は自分が作った物では無く、この液体が意思を持って書き換えているのだ、と悟った。
そして、魔力の液体は自分の身体を乗っ取ろうとしているのだと……
内からも地面からも魔力の液体は少年の身体を狙っていた。意思があるのかも分からないソレはただ少年を飲み込もうとしていた……




