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ザッハと密林に居たムキムキの男

 ※本編219話、アンバーが不満を抱えていた訳に繋がるザッハとアンバーの過去編です。

  


 皇室騎士団、第1部隊の三つ子の騎士ガトー、ザッハ、トルテ。

 その末っ子? のトルテが魔塔でバイトをしていた頃……次男のザッハはというと、プレリ大陸にいた。


「やっぱ、修行といえば山籠りだよなぁ。でも……山はダメみたいだしなぁ」


 ザッハはこのプレリの地で修行をしようと1人旅立っていた。本当は山の方に行こうかとも思ったが、プレリ大陸の山はラヴィーンの領地であり、許可無く人間が立ち入る事はほぼ不可能らしい。どの道、竜がわんさか居るらしい山に入れる程ザッハはまだ強く無いと思っていた。


「山がダメなら密林はどうですか?」


 途中で知り合った商人のおじさんと世間話をした時に、修行の地を探していると言ったらそんな提案をされた。


「プレリの密林って未開の?」


「ええ。あそこならラヴィーンと違って入っても文句は誰も言いませんし。まぁ、何があっても自己責任ではありますけどね」


 おじさんの口ぶりから、密林は結構危険な事が伺えた。そもそも、このご時世に誰の物でもない森があるなんておかしい。きっと何かあるに違いない。

 修行もそうだが、ザッハは一体未開の密林に何があるのかと気になって仕方が無かった。


「そこって何か他に情報は無いんスか?」


「うーん、とにかく誰も入りたがらないらしい。何でなのかは中々情報が入って来なくてねぇ。ほら、私も人間だろう? セリオンは人間を憎む人も数多く居てな……噂じゃ獣人には戦争を起こしたい不穏な派閥まで居るらしくてな。こちらも何とか話の出来る者達と細々と商売をしているんだがねぇ。そんな訳で、密林の話も、そういう所が有るとしか聞き出せなかったんだ。もし君が行くようなら逆にどんな様子だったか教えてもらいたい位さ」


「なるほど……山だけじゃなくて森まで、セリオンも大変なんだなぁ。でも密林はちょっと、面白そう」


 どうせ当てもないなら、とザッハはその地に行ってみる事にした。

 野営用品は実家から持って来ている。魚位釣って生活出来るだろうし、ダメなら止めて街に行けばいいだけの話。物は試しだと、おじさんから聞いた密林に向けて歩きはじめた。


 だだっ広草原をしばらく歩くと、段々と森の景色に変わって行った。プレリの草原は爽やかな風が吹いていたのに、そこに近付くにつれジメジメと湿度が上がって行くのを感じた。思わず上着を脱ぐが、まだまだ暑くなるので更にズボンの裾も捲った。気温は上がってはいないはずなのに汗が滴り落ちる。


「まぁ……こんな環境じゃ、あまり足を踏み入れたくないのも……何となく分かるよな」


 地面もぬかるみ、足場がかなり悪い。靴が泥だらけになりながら足を捕られないように気をつけて奥に進むと、次第に霧が濃くなり方角も分からなくなって来た。

 方角を指す魔術具を取り出して確認するもあちらこちらを指して全く使い物にならない。流石にマズイと足をそこで止め、慎重に帰り道を確保した。

 まだ少ししか足を踏み入れて無いので景色はまぁまぁ分かる。入るのはここまでにしよう、と川沿いに荷物を下ろして野営の準備を始めた。


 最近は野営用品も便利になって来た物だとザッハつくづく思い感謝した。テントを張り、ろ過の魔術具に川水を汲もうと川に近付いた時――上流から筋肉ムキムキの男がどんぶらこどんぶらこと流れてきた。


「……え?」


(水死体か? それとも溺れているのだろうか?)


 これが助けが必要そうな女性や子供、お年寄りだったらすぐに動いたのだが、何せ余りにも筋骨隆々なムキムキの男が流れているので助けが必要なのか判断が付きにくい。変に助けに行ってヤバイ奴だったら困るし……と、どうしたものか考えていると、流れている奴はザブンと仰向けになり呟いた。


「……今日の夕飯何にしよ」


「………???」


 ムキムキの男はそのまま川下に流れて行った。


「……何だ今の? ……夕方に街中で買い物をしている主婦のおばちゃんか?」


 何にしても生きているようだし、助けが必要そうでも無かったので気にしないようにした。

 密林には誰も入りたがらないと聞いたが、他にも人がいるようでザッハは少し安心した。


 ドオオオン!!!

 バサバサバサバサ


 しばらくすると遠くで破壊音と何かが逃げるような音が聞こえた。何かが逃げるような音は段々とこちらに近づいているようだった。


「……何だ?」


 音が大きくなり姿を現したのは巨大な蜘蛛だった。かなりのスピードで周りの木を薙ぎ倒しながら走っている。


「は?! な、ちょっ!」


 蜘蛛はコチラを目指して攻撃をしかけるというよりは、何かから逃げている様子だった。

 野営場所を通り抜けようとしていたので慌てて伏せると、その後ろから物凄いスピードで男が追いかけて行った。

 それはよく見ると先程川を流れていたムキムキの大男である。

 そのまま蜘蛛に向かって大斧を振りかぶると頭上から真っ2つに切断した。蜘蛛の中身が出て気持ちが悪くなりザッハは青くなる。


「ふむ。よし」


 うんうんと頷くと男は蜘蛛の足を取り始めた。


「え……もしかして、夕飯……それ?」


「ん? 何だ? お前」


 振り返った男は獣人だった。獣人は昔、人間に酷い扱いを受けていたとかであまり人間は良く思われていないと聞いた。なので目の前の男も敵意剥き出しにしてくるかと思ったのだが、意外にもそんな様子は無かった。


「この森に人とは珍しいな。たまに死にたい奴が来る位しか会わないから……お前もそういうタイプのヤツか?」


「いや……俺はちょっと修行に……え? ここってそういう所なのか?」


「知らないで入って来たのか? 獣人の間では入ったが最後道に迷って出られなくなる自殺志願者の名所として有名らしいんだが……」


「……そうなんだ……確かに自己責任とは言っていたけど……」


 商人のおじさんもあまりよく知らないとは言え、とんでもない所を紹介してくれたものだとザッハはため息を吐いた。


「じゃあ、アンタもそういう人ッスか? 俺はあまりよく分からずに入ったんだけど」


「いや、俺はここに昔から住んでいる」


「……ここに?」


「ああ。この密林全体が俺の家みたいなものだ」


 目の前の獣人はどう見ても野生の動物ではなく人に近い種族だったが、密林で生まれるなんてあるのだろうか? とザッハは疑問に思った。が、話を聞くと彼は物心がついた時に捨てられたのか1人で密林に居たそうだ。


「幼い頃って……よく生きてたな」


「まぁ、案外何とかなるものだ。そもそも俺達獣人は野生と相性はいいからな」


「そういうものなのか……しかし、ずっと密林で生活していたにしては結構普通に話が出来るんだな」


「ん? ああ。それはたまにお前のように迷い込んだりしているヤツや自殺志願者が教えてくれるからな。お陰で逆に自殺志願者を説得して帰らせるまでには話術も上達したぞ。書くのは出来んがな。あっはっはっは!」


 男は豪快に笑った。


(……変なヤツ)


 ぐーー……


「あ……」


 ザッハのお腹がふいに鳴る。そういえば食事もまだ取っていなかったのだと思い出す。

 そんなザッハを見て男はニコニコと笑った。


「腹が減っているのか? 一緒に食うか?」


「蜘蛛を……?」


「焼くと美味いぞ?」


 ザッハは半分に割れた巨大な蜘蛛を見た。だが、何度見ても蜘蛛は蜘蛛だ。とてもじゃないが直視は出来なかった。


「……もう少し食べる気になるヤツを獲りたいんだが」


「わがままな奴め。好き嫌いしていると生きていけないぞ?」


 ザッハは何と言われようと虫だけは無理だった。捕まえたり戦ったりはいいが、食べるのだけは絶対にNGである。昔、イナゴの煮付けた物を食わされてトラウマになっていたので三兄弟皆、昆虫食は無理なのだ。


「じゃあ魚とかならどうだ?」


「まぁ……魚なら……」


「じゃあ早速起こすぞ」


「起こす……? 何を?」


「主を」


 男はそう言って地面に足をめり込む位踏み付けると、そこから振動が川に伝わって波紋が波打った。

 すると川の向こうから何かが近付いて来る気配がしてザッハは警戒した。

 近付いて来る巨大な気配はザバーーーンと川から頭を出した。それは巨大な鮒だった。


「……何これ?」


「主だ」


「何で主を呼び出したんだ?」


「いやだから食うんだろ魚」


「主食う必要ある?」


 そうこう話をしている間に主が飛び出して来て2人の方に襲い掛かって来た。



 ――数時間後……パチパチと火にかけられた巨大な鮒……


 男は強かった。まず1番に男は主に丸飲みされた。ビビッて言葉の出なかったザッハだが、次の瞬間主を割って平気な顔で出てきた男……まさにホラーである。ザッハは既に食欲は無くなっていた。腹は鳴るが食欲は無い。火にかけられた魚は不味そうな臭いがした。


「よし、そろそろ焼けたんじゃないのかな?」


 男が焼けた主の一部を差し出した。ザッハは差し出した主の一部を無言で食べた。


「……まっ……ず……」


「ん? そうか? もぐもぐ……こんなもんじゃないか?」


「いや、いつもこんな不味いもん食ってるのか??」


「お前の感覚が分からんが大体こんなもんだぞ」


 ザッハは目眩がした。ショコラティエ伯爵領はとにかく食べ物が豊富で、食に対するこだわりはある方だった。

 自分が如何に恵まれた生活をしていたのかと落ち込んだが、そう生まれ育ってしまったからには美味しい物が食べたいのだ。


「いや……そんな訳が無い。この密林にだって美味しく食べられる物があるはず!!」


 ザッハは決意した。


「決めた、俺はこの密林で美味しい物を探す!! 探せば人並みに食べられる物が絶対にあるはず!!」


 主をもぐもぐと食べながら男はザッハの決意を見届けた。

 男は美味しい物を食べた事が無かったのでよく分からなかった。


「よく分からんが頑張れ」


「……」


 主を何の感情も無く食べる男を見て、必ずコイツを何とかせねば……とザッハは固く誓った。


「……ところでお前、名前は何て言うんだ? 俺はザッハ。ザッハ・ショコラティエだ」


 男は密林の隙間から見える沈む夕陽を指差した。


「俺は名前が無かったんだがな……ここに迷い込んだ人の1人が、夕陽が琥珀色に沈む時だけがこの密林が綺麗に見えると言って俺の名前にしてくれた。俺の名前はアンバーだ」


 ニコリと笑う男は、最初に見た時より幼く見えた。もしかしたら思っているよりもまだ若いのかもしれない。自分と同じくらいか、まだ成人前だろうか? とザッハは少し安心した。



 それは、ザッハが帝国に行く前……そしてアンバーが獣人の国の王になる少し前の話であった

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