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「あ、あたしぃぃ、塩大福を買って家に帰ろうと、なんで、こんな」

えぐえぐと泣いているのが聖女である。


塩大福。

懐かしい響きである。

令嬢たちの顔に憧れに近い表情が浮かんだ。

この世界に来たとき、聖女は何も持っていなかった。大福も落としてきてしまったのだろう。

惜しかった。もし持っていたら、もう一度味わえたのに。


カサリンだけは何の感慨もなかった。甘い物が不得手なのだ。

「あなたは召喚の儀でこの世界に呼ばれたのよ」

「ショウカンノギ?」

聖女は顔を上げ、カサリンに聞き返した。

「召喚ってわかる?」

「えっと、なんか呼ぶっていう意味の?」

「そう。私たちはとても困っていて、助けてくれる人を呼んだの。そうしたらあなたが来た」

「え、私?」

「あなたに私たちを助けられる力があるから。その力は聖女だけが持っている。あなたは聖女として私たちの呼びかけに応えた」

「私が応えた?」

「あなたの中の聖女が」

ゲームの台詞である。神官長令息の台詞なのでカサリンが代行した。


奈理子というその聖女はわかった様子も納得した様子もなかったが、話したことで落ち着いたらしく泣きやみ、教えた聖なる呪文を唱えてもみせた。

力は発動した。奈理子の手から白い光があふれでる。


「大丈夫そうね。でも今日は遅いし、あなたも疲れているでしょう? 境目を閉じるのは明日にしましょう」

シゼリアが言うと奈理子はほっとした顔を見せた。

「あの、それが終わったら私、帰れますか」

「ごめんなさい、すぐには無理なの。帰還のための魔力を貯めるのに一年くらいかかる」


ゲームではその一年の間に華やかな恋愛模様が繰り広げられ、結婚を選んだ場合ヒロインはこの世界に骨をうずめることになるのだが、それを奈理子に言う必要はないだろう。

疲れきっている奈理子を侍女に任せ、令嬢たちは部屋を出た。


「あの子、このゲームやったことないんじゃない?」

マルンナは疑問形で言ったが、彼女を含め令嬢たちは奈理子にゲームの知識がないと確信していた。

だからといって油断は禁物だ。自主的に攻略対象にせまっていくということはないかもしれないが、ゲーム補正を甘く見てはならない。



翌日。

あっさり、境目は閉じた。

奈理子が聖なる呪文を詠唱、聖なる力が発動、ぱぁん、はい、境目閉じました~、っていうくらいな感じである。

これで奈理子はお役御免。暇な一年が待っている。


遠巻きに見ていた攻略対象たちは声をかけたそうにしていたが、奈理子がおびえるので実行には移さない。

彼らが聖女を気にしているのはあきらかだが、まだ、好意というほどではない。それは各種イベントや分岐点を乗り越えて発生するものだ。

それでも、ヒロインにひきつけられる。

奈理子がそこそこの美少女ということもあり、いまさらながら警戒心が沸いた。

なんとしても、この一年をやりすごさなくてはならない。

令嬢たちは決意を新たにした。



「そもそも、いつ男性恐怖症が治るかわからないしね」

この中ではマルンナが一番気楽な立場のはずだった。

騎士団長令息は際立って男らしく、男性恐怖症の奈理子からは一番遠い存在だ。


しかし、奈理子は押されると嫌とは言えないようなところも見受けられる。

召喚されて最初のショックが過ぎると、言われるがままに呪文を覚え、聖なる力を発動させ、境目を閉じた。帰るまでに一年もかかるというのに、文句を言うでもない。

オラオラ系の騎士団長令息にせまられたら、あっさり流されそうだ。


奈理子から聞き出したところ、親の離婚で幼いころから女系家族の母親の実家で暮らし、名門の女子高に幼稚舎から通ったため、公私ともに男性との接触が極端に少なかったことが男性恐怖症の原因らしい。

つまり、慣れればあっさり恋に落ちることもあり得るのだ。


それを避けるにはどうしたらいいか。

「サンディ」

フレイラがつぶやくと、リディカがびくっと身を震わせた。

「……悪くないかもしれないわ」少し考えてシゼリアがつぶやいた。「一度、サンディを呼んでお茶会をしましょう」



「奈理子様、こちらは、ザックロード公爵家のサンディ様。サンディ様、こちらは聖女の奈理子様です」


シゼリアが紹介すると、サンディは微笑んで挨拶をし、奈理子も恥ずかしそうに挨拶を返した。

美しいサンディは今日も最新流行のドレスだ。すっきりとしたデザインで、首元に巻いたふわりとしたシフォンのリボンをアクセントにしている。

一方、奈理子のドレスはこれも流行ではあるものの、似合ってはいない。聖女のために用意されていたものをそのまま着ているのだろう。


サンディがさっと奈理子の全身に目を走らせたのに、令嬢たちは気づいていた。

いけるはずだ。サンディなら、奈理子の服装をどうにかしたいと思うはず。

それにサンディは興味のない相手には徹底的に冷たい。笑顔で挨拶をしたということは奈理子がサンディのお眼鏡にかなったということだ。


リディカのときと同じだ。

きっと近いうちにサンディは奈理子を誘って、ドレスメーカーに行く。奈理子は体力の限界まで試着やら補正やらにつきあわされることだろう。サンディの服への執着は奈理子の時間のほとんどを食いつぶして、当分、攻略対象の令息たちに近づく暇もなくなるはずだ。


そんな令嬢たちの読みどおり、当たり障りのない会話をひとしきり続けたあと、サンディは奈理子を誘った。

「奈理子様は週末、ご予定はありますか? お誘いしたいのですが」

「あ……」

「お忙しい?」

「え、いえ」

「私とでは嫌?」

「そんな、サンディ様とお話しするのは楽しいです! あの、皆様もご一緒に」

令嬢たちはぶんぶんと首を振る。

「私、週末は予定が」

「私も」

「私もですわ」

「残念ですけど私も」

どうぞお二人でお出かけになって! あとでお出かけの楽しいお話を聞かせてくださいませ!

そう言って、お茶会はお開きとなった。



「でも、聖女に悪い気がする……。だって、聖女はサンディのあれを知らないんだし」

リディカは以前、サンディと仲がよかった。でも、サンディの気持ちに気がついてしまった。

それ以来、リディカはサンディと二人きりでは会わないようにしていた。もう何年もまともに話したことはない。しかし、今日久しぶりに会ったサンディはもうリディカに思うところはないようだった。

リディカも今は婚約者がいる身というのもあるかもしれないが、それより奈理子の存在が大きいと思う。サンディの目はずっと奈理子のほうを向いていた。


「大丈夫、すぐに気づくわ。別にサンディも隠してないもの」フレイラがリディカをなぐさめるように言った。「あの二人気が合うみたいだし」

友人として?

なんなら、ほのかな恋愛対象でもいい。


奈理子もリディカと同じ童顔美少女で、サンディの好みだということはわかっている。奈理子が帰る一年後までサンディが奈理子をかまい続けてくれればそれでいいのだ。


どちらにせよ、聖女とモブだ。何も起きるはずもない。

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