チーズケーキを食べ続ける少女の話 ~ひとつ398円の幸せ~
恋をしたことはありますか?
それは実を結びましたか?
曇りひとつない幸せを掴めましたか?
それは、本当に恋でしたか?
私は今コンビニにいる。
夜更かしの友として、チーズケーキを買いに来たのだ。
とはいえ、たまにはほかのも食べてみようかと思う。
飽きた、というわけではないけれど、そう。
コロッケとか肉まんなんてどうだろう。
・・・・・・やっぱパス。
そういう男子高校生的なヤツは、パス。
ちらり、と自分のおなかに目をやる。
うん、大丈夫。きっと大丈夫。
ダイエットはこの程度ならいらないはずだ。
私は現役女子高生なのだ。
生きてるだけで結構なカロリーを消費する人種が、こんな程度の夜食で太るわけがない。
そう信じている。
どうせなら脂肪は胸に行ってくれ、胸に。
そしたら貧相な私の魅力も少しは上がってくれるかもしれないんだから。
◆◇◆◇◆
「ねえ、透くんの好物って何?」
「強いて言うなら、チーズケーキかな」
◆◇◆◇◆
今日も今日とてチーズケーキを買いにコンビニへ。
よく飽きないものだ。
好きじゃないもののために毎日外出するとか、よほど私は一途な性格らしい。
今日はコーラも買うとしよう。
紅茶のほうが優雅でエレガントなのだろうけれど、私の舌には俗物的なものがちょうどいい。
そう、何事にも妥協が大切だ。
完璧を求めたらきりがない。
妄想だけでおなかはいっぱいなのです。
◆◇◆◇◆
「ねえねえ、今度一緒にカラオケとかどう、透?」
「おっいいね。いつ行く?」
◆◇◆◇◆
私は今、腹が立っているんだと思う。
まるでおなかの中で蛇が暴れているようだ。
・・・・・・いやそれただの腹痛では?
そう、多分腹痛。
無性にチーズケーキが食べたくなってきた。
買い置きしていた分が冷蔵庫にあるはずだ。
賞味期限は今日のはずだから、ちゃんと食べておかないと。
捨てるのはもったいない。
もったいないから、食べる。
◆◇◆◇◆
「知ってる? 透って好きな奴いるんだって」
「ああそれ、両思いだって話だぜ。リア充マジ許すまじ」
◆◇◆◇◆
私はもはやこのコンビニの常連客となっており、この時間帯で勤めている店員さんも入店する私を見ると、「ああ、チーズケーキの子か」と思っているような顔をする。
だから今日は驚いた。
レジには見知らぬ黒人男性がいたのだ。
「イ、らっしゃまーせ?」
彼はたどたどしい日本語でそう言った。
これは困った。
私はコミュニケーションというものが苦手なのだ。
しかも外人となると、そのハードルはぐんと上がる。
最悪の場合ジェスチャーのみで乗り切るしかないようだ。
大変つらい。
相手が流暢な日本語を使ってくれる、というのはとてもうれしいことなんだと学べたのは、いいことかも?
◆◇◆◇◆
「彼女持ち、頭はいい、それに加えてサッカー部のキャプテン。何だよあいつラノベの主人公か何かか?」
「天は彼に二物を与えたって書き出しから始まりそう」
◆◇◆◇◆
習慣というものも怖いもので、気づけば私の足はコンビニへと向かっていた。
震える唇を前歯でかみしめて、自動ドアをくぐる。
なぜだろう。ドアが開く速度にもどかしさを感じる。
踏み出す一歩はいつもより大股で、行き場のない感情が運動エネルギーになっているのが感じられる。
・・・・・・今日もチーズケーキを食べよう。
一度もおいしいと思えなかった、惰性だけで買い続けていた三百九十八円のスイーツを。
そして落ち着こう。
いつだって、そうしてきたのだし。
スイーツコーナーに移動し、いつもの場所に手を伸ばそうとして。
「・・・・・・・・・・・・?」
ない。
ないのだ。
今までチーズケーキがあった場所には、チョコレートケーキが置かれていた。
正確に言えば、チョコレートケーキがおかれていた場所が、チーズケーキがあった場所にまで拡張されていた。
チョコレートケーキを買う気にはならなかった。
だって、苦いんだもの。
チョコレートのくせに苦いだなんて、どうかしてる。
何も買わずに、早足でコンビニの外へ出た。
少し立ち止まって、空を見上げる。
星は見えない。
食べ物を口の中に詰め込む。
飲み込んだらその次を次を次を次を。
詰め込んだら飲み込んで。詰め込んだら飲み込んで。
そして、吐き出して楽になる。
かれこれ二時間はこの調子。
ずっと何かを口の中に詰めていないと、形にもならない悲鳴がかたちになってしまいそうで、怖くて。
だから、慟哭も後悔も諦念も、ぜーんぶ呑み込むのだ。
そしたらおんなじだ。
いつもと変わらない、いつもの私だ。
我慢ばっかり繰り返してきた、馬鹿な私だ。
◆◇◆◇◆
「負けちゃったなあ・・・・・・つらいなあ」
「お疲れさま、最後までかっこよかったよ。だからもう今日は休んでてね?」
◆◇◆◇◆
ひとつで六百五十円くらいするチーズケーキを買ってみた。
コンビニで売ってるような安っぽいモノじゃなくて、ケーキ屋さんのケーキだ。
なんだか小難しい名前をしていた銘柄の紅茶だって用意してしまった。
いつものそれとは違う、おやつの時間。
暖かな日差しがさす部屋の中で過ごす、和やかで趣のあるひと時。
それなのに。それなのに。
何も特別に感じられないのだ。
何もかもが味気ないのだ。
砂利を舐めているような不快感がぬぐえないのだ。
心臓に針が刺さったかのような幻痛に襲われるのだ。
時計の針が進む音が、ひどく空虚だった。
金で買える幸せがあるなんて、とても幸福なことだと思いませんか?