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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タナベ・バトラーズ

【タナベ・バトラーズ】山中の出会い

作者: 四季

2020.9.18 に書いたものです。

 あたしには両親と二人の妹がいる。

 第三者から見ればあたしは恵まれているのかもしれないけれど、あたしはこの家族と人生が嫌。


 パラリパ教を信仰する家に生まれたことは置いておくとしても、長女だから良い子であることを求められるのは本当に不愉快。


 そんな思いを抱えて、家出中。


 今夜は星が多い。山中でも多少光が差し込んでくる。それでも十代後半の女子が歩くには物騒な道だけれど。でも、今のあたしは、行く場所の物騒さなんてどうでもいい。背中から二本触手が生えた父親と関わり続けるくらいなら、山中で孤独に夜を明かす方がまだましだ。


 とはいえ、夜道は少々不安。

 一応術書を持ってきたけれど、もし何かに襲われたらと思うと怖さもある。


 それでもあたしは進む。今から引き返して家に帰る、なんていうのは、屈辱過ぎるから。怖くても進む。足を進めることを止めない。


 ◆


 突如、右手側の草むらがガサガサと音を立てた。風は吹いていない。だからなおさら気味が悪い。それでも対策を取ることはできないから、あたしは足を進め続ける。


 だが平穏は破られた。

 先ほど揺れた草むらから、大型の猪のような生き物が現れたのである。


「……っ!?」


 それも、一匹ではなく、数匹いる。


 これはまずい。

 脳内に焦りが広がり、全身の毛穴から汗が噴き出す。


「い……やっ……」


 数匹いるうちの一匹に襲いかかられそうになっていた時、何者かが草むらから飛び出してきた。猪のような生き物の仲間かもと思い、一瞬落ち着きを失いそうになる。が、急に飛び出てきた者は、あたしではなく猪のような生き物の方へと進んでいっていた。


 あたしはもはや何もできず、その場にへたり込む。


 現れたのはどうやら青年のようだった。闇に溶けるような色の髪をしたその青年は、猪のような生き物一体に赤黒い紙切れのようなものを貼り付ける。


「爆!」


 青年が声を放つと、紙切れが爆発。

 猪のような生き物はその爆発に巻き込まれて消滅した。


「大丈夫かい?」


 青年は振り返り、腰を抜かしているあたしへと顔を向ける。左目を色つきの包帯のようなもので隠しているところはミステリアスだが、そこまで悪い人には見えない。


「だ、誰……? どうしてこんなところに……?」

「それはこっちのセリフ。お嬢さんが一人で山道を歩いているなんて激レアだよ」

「放っておいて! べつにアンタには関係なーーって、危ない! 後ろっ!!」


 青年は確かに猪のような生き物を倒した。が、まだ全個体を倒せたわけではない。そして今、青年の背後にまで数匹が迫っていた。口もとの大きな牙で青年に噛み付こうとしている。


「逃げてっ!」


 あたしは思わず叫んだ。

 本当は守ってほしいくせに。


 でも、あたしが叫んだ時には、既に手遅れだった。一匹の牙が青年の右腕に噛み付いていたのだ。腕からミシミシという軋むような音が聞こえてくる。噛み付かれているのはあたしの腕ではないけれど、それでも怖かった。


 もしこのまま青年が食べられたら?

 もし彼が殺されたら、次はあたしが狙われる?


 一秒がたまらなく長い。信じられないくらい、時間が過ぎていかなかった。それに、逃げようと思っても、足が動かないから逃げられない。それもまた、恐怖感を高める。


 だが青年は眉一つ動かさない。


「爆!」


 発した瞬間、腕が入っているであろう辺りから爆発が起こった。青年の腕をくわえていた猪のような生き物は、一瞬にして吹き飛ぶ。あっという間に消滅した。


 直後、青年は軽やかに身を返す。

 そして赤黒い紙切れを数枚貼り付け、敵を一掃した。


 暗闇に静けさが戻る。獣の姿は消え去り、微かな風が時折肌を撫でるだけ。耳を澄ませば草の擦れ合う音も聞こえるけれど、生物の存在を思わせるような音ではない。


「ちょ……ちょっと、アンタ……大丈夫?」


 あたしは恐る恐る声をかけてみた。

 すると青年は素早く振り返る。


「これでもう問題なし! だよ」


 青年の右腕には赤いものが滲んでいるようだった。青系の色の長めの手袋をはめているから、さほど目立たないけれど。もしかしたら、と思いもしたけれど、怪我していないというわけではなかったみたいだ。


「いや、そうじゃなくて」


 あたしが心配しすぎなだけなのだろうか。


「え? 違うのかい?」

「腕! 怪我してるでしょ!」

「あぁこれ? 大丈夫。何でもないよ」

「何でもなくない!」


 青年は元気そうだ。噛み付かれたことも何とも思っていないみたい。だが、あれだけ噛み付かれたのだから、痛くも何ともないということはさすがにないだろう。


 ようやく立ち上がれるようになってきたので、気をつけつつ腰を上げ、彼の右腕を掴む。


「え。これは一体……?」

「じっとして! 傷を治すから!」

「そ、そう……」

「何よそれ。変な目で見ないで。これはただの気まぐれだから!」


 ◆


「器用だね、君は」

「褒めても喜ばないから!」


 あたしには『癒の薄印』がある。濃印を持つ人よりかは弱い力だけれど、それでも、ある程度は回復させる力がある。傷口に手のひらを当てて印の力を発動すれば、傷を癒やすことができるのだ。


 もっとも、弱そうで好きでないから、あまり使いたくないのだけれど。


「ふふ。君の気が強そうなところ、嫌いじゃないよ」

「口説くとか止めて! 恥ずかしくないの」

「恥ずかしい? まさか。好みは好みだからね、僕は堂々と言うよ」


 あたしの印の力では、彼の腕の傷を完治させることはできなかった。ただ、深い傷がある程度埋まるくらいには治すことができた。


「僕は気が強そうな女性が好きなんだ」

「は? 何それ。何の話?」

「君みたいな痛めつけてくれそうな女性を見ると、堪らなくなるんだ」


 その後、あたしは青年と話をした。


 彼の名はミーシャ・フラスコスというらしい。そして、この国の国防軍に所属している呪術師だそうだ。本人の話によれば、紙切れを使う術が得意だとか。


「フェンリルシア、君はどうして一人で?」

「嫌だったの。家にいるのが」


 夜の闇の中、青年ーーミーシャと語り合う。

 なぜだろう。今はとても生き生きした気分になっている。家にいた時には感じなかった気持ちを、今は強く感じている。自分の足で未来へ歩み出したいような気持ちが溢れてくる。


「ふっ。なるほどね。そんな感じがするよ」

「笑わないで!」

「怒らないでよ、褒めているんだからさ。そうだ、君、呪術師部隊に入らない?」

「えっ……」


 異性に誘われたのは生まれて初めて。

 恥ずかしいことかもしれないけれど、正直、浮かれてしまいそう。


「条件が一つあるんだけど、ね?」

「まぁ、助けてもらったから仕方ないし、聞くだけなら良いけど」

「僕を痛めつけてよ!」

「……は?」


 想像の範囲から遥かに飛び出た条件を提示され、あたしの心の高鳴りは一気に消え去った。


「君は得意そうだよね、そういうの」

「待って! 何それ!? 何なのよ、そのイメージは!?」


 こうして知り合いになったあたしとミーシャは、後に師弟の関係になるのだが、それはまた少し先の話。



◆終◆

挿絵(By みてみん)

↑フェンリルシア


挿絵(By みてみん)

↑ミーシャ

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― 新着の感想 ―
[良い点]  フェンリルシアは、強気だけれどちょっと乙女なところもあるような様子ですね。背中から触手が二本のお父様はどちらの彼女からも受け入れられなかった様子…。  そんな彼女の乙女な部分を刺激しそ…
[良い点] とても読みやくて面白かったです! たしとミーシャの掛け合いは癒されますね(*´ω`*) [一言] 暮伊豆さんのレビューから参りました。 読ませていただきありがとうございました!
[良い点] パラリパ教 めっちゃパリピな信教を想像してしまいました! それにしてもドMなんですね! 相性の良さそうなお二人で! [一言] 2020.9.18と聞いて少しドキっとしました。 ただの昨日…
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