第2回 寺久保エレナ いま日本人で一番上手いと思うアルトサックス奏者
新しい音楽や、音楽家との出会いは、幸運な偶然の場合がけっこうありますよね。
ジャズミュージシャンで、アルトサックス奏者の寺久保エレナさんの演奏との出会いも、ある日ふと、「日本人で黒人顔負けの深みのあるジャズに取り組んでいる人はいないかな」と思い立って、YouTubeで検索してみたのがきっかけでした。
最初に見た動画は、たしか、寺久保さんが留学していたアメリカの名門、バークリー音楽大学の演奏会の模様だったんですが、短いソロスペースの中で、ビバップを基礎にした古典的で感覚的なフレージングを心掛けて演奏している様子に好感を持ちました。
その後、時々彼女の活動がアップされていないか、YouTubeをチェックするようになったんですが、年を追うごとに格段に腕を上げているのが分かる成長ぶりで、大学卒業後、他者のバンドに加わったり、自己名義のバンドを組んで行なっているライブ活動を見る限り、今では、テクニック、センス、エモーションの点で、おそらく日本人最高のアルト・サックス奏者と言っても過言ではない域に達して来ていると感じるようになりました。
2016年3月、水戸のジャズ喫茶コルテスでの、カルテットによる演奏の動画。
https://www.youtube.com/watch?v=Vcw-W2iVLIA
2020年3月、ニューヨークのBeanRunners Cafeでのカルテット演奏。
https://www.youtube.com/watch?v=vgiTGJ873bs
こういった、ストレートなジャズを演奏する時、寺久保さんの、古典的なジャズに精通した持ち味は最大限に発揮されます。
特に、フレージングやサウンドに、アルト奏者のチャーリー・パーカーと、テナー奏者のジョン・コルトレーンからの影響がはっきりと表れています。
この、「誰から影響を受けているのかがはっきりと分かる」特徴は、言い換えれば、オリジナリティを求められるジャズ界にあって、彼女の数少ない弱点にもなっているんですが、演奏さえ素晴らしければ、たとえ先人の影響下にあっても、十分に聴き手を興奮させることはできますから、まずはどこまでも自分の好きな演奏、自分を燃え立たせる演奏に突き進んで行ってほしいな、と思います。
ただ、残念なことに、日本での寺久保さんの知名度は、まだごく限られたものに留まっています。
アルバムも、大学在籍時の2010年を皮切りに、数枚出してはいるんですが、耳馴染みの良いイージーリスニングに近いプロデュースが成される事が多く(寺久保さん自身が、フュージョン好きという事もあってのサウンドメイクなのでしょう)、濃厚な本格的ジャズのスリルに乏しい点が、彼女のジャズマンとしての成功を、かえって小規模なものにしてしまっているように、個人的には感じています。
上記のライブに見られるような、白熱するアドリブのスリルを、アルバムで再現する事ができれば(もちろん、そのためには、最善のバンドメンバーをそろえる事も必要ですが)、歴史に残る名盤が生み出せるのではないかと期待しています。
何より、太く温もりのある音が出せる事から愛用者の多いテナーサックスではなく、ちょっと癖のある軽めの音が特徴のアルトサックスを主楽器にして、これだけ聴き手を圧倒する濃厚な演奏ができるのですから、日本のジャズ界のみならず、世界のジャズ界にとっても、彼女が今後ますます、貴重な存在になって行く事を、願って応援せずにはいられません。