第17回 ハイレゾの現状と、レコードからのデジタル化音源との音質の差について
今回は、巷でますます定着して来た、高音質音源のオンライン配信、いわゆる「ハイレゾ」について、日ごろ感じている事を、語ってみようと思います。
ちなみに、ハイレゾ配信が始まるまでの、音楽販売の歴史については、音楽コラム『ロックの歴史』の中の第10回~第12回のコラムを参考にして下さい。
https://ncode.syosetu.com/n5901ee/
ハイレゾについて、まず、基本的な知識を書きますね。
CDは、16ビット44.1kHzというデータ量で音が記録されています。それがCDの限界の性能です。
一方ハイレゾは、24ビット96kHzとか、24ビット192kHzなどのデータ量で記録された音です。
単純に、数字が増えるほど、音の情報が多くなって、より豊かな音質で聴けますから、ハイレゾはCDよりも音が良い、という理屈になるわけです。
実際、丁寧に仕上げられたハイレゾ音源は、CD音源に感じられた乾いた耳に痛いような音の劣化が解消されて、非常にパワフルで厚みがありしかも心地よい音に変化しているのが分かります。
ところが、これは但し書きの通り、「丁寧に仕上げられたハイレゾ音源」に限った話です。
いい加減に仕上げられたハイレゾ音源や、もともと音質が悪い音源を用いてハイレゾ化した音源は、CD以下の音質になる事も珍しくありません。
ハイレゾ配信がネット上の音楽配信サイトで開始され、普及し始めたのは、だいだい2000年代の初め頃です。
当初は、本家のレーベルだけでなく、復刻専門のレーベルが活発にハイレゾ音源を配信していたようで、そういう当時の復刻系のハイレゾ音源を聴くと、音質はむしろCDよりもぼやけた感じで、それほど良くない事が分かります。
これはおそらく、質の悪い音源や機材を使って復刻した事から来る弊害です。
でも、CDとハイレゾの根本的な音質差は、よほど出来の良いものと出来の悪いものを比べない限り、際立った違いを聴き分けるのが難しい程度の差ですし、何よりもCDよりハイレゾ音源の方がかなり高価ですから、購入者の中には、ハイレゾという看板や吹っ掛けられた価格に騙されて、CD音質よりも劣化している事にも気が付かずに、高音質だと信じ込んでハイレゾをありがたがっている人も、少なくないようです。
情報や肩書を重視するあまり、本当の性能が判別できなくなったり、間違った価値判断を下してしまったりする。
こういうのを、「心理的バイアス」と呼びます。
さすがに、最近は本家のレーベルから、良質なハイレゾ音源が配信される例も増えて来ているので、「良いハイレゾ」に当たれば、CDよりもぐっとクリアで力感のある、感動的な音で音楽を楽しめますが、「はずれのハイレゾ」もまだまだたくさん流通している、という事は、常に心に留めておく必要があります。
要は、音の良し悪しは、数字上の優劣とか、レーベルや音楽ライターの宣伝文句で決まるのではなく、やはり聴き手であるあなた自身の耳で判断するしかない、という事です。
また、レコードからデジタル機器で抽出した音源に関しても、前述の『ロックの歴史』のコラムの中で、CDの音質を凌駕した非常に高音質なものがあると話しましたが、では、最新の質の良いハイレゾ音源と、状態の良いレコードから最善の抽出をされたデジタル音源は、どちらが音が良いのでしょう?
どちらも、24ビット192kHzで作られた音源を用意して聴き比べると、音の明瞭さではハイレゾが勝りますが、音の自然さや、響きの心地良さの点で、レコードからの音源の方が勝る、という場合も多々ある事が確認できます。
以前から問題視していた事ですが、ハイレゾには、超低音域のバスドラムの音が固く芯がある音になっている、という、欠点が見られるパターンが多いです。
ドラムというのは、空洞になった筒に、動物の革やプラスチックの膜を張った作りになっているので、芯がある固い音が出ること自体、おかしいのです。
このおかしさが、レコードから上手に抽出された音源にはありません。
だから、ハイレゾよりもレコードからの抽出音源の方が、ドラムスをナチュラルなサウンドで楽しめるわけです。
他にも、中音域が強調されやすいとか、音があまりにもシャープで明瞭過ぎて柔らかみや温もりが足りないという問題が、ハイレゾには感じられる事が多いです。
そういう部分を改善できるようになれば、ハイレゾはレコード音源の優位性を完全に克服して、真に最高の音楽媒体として認知されるようになるのではないかと思います。
また、私が事あるごとに、レコードからデジタル化した音源の音質を褒め讃えるので、そういう音源は相当「リアル」な音なんだろうな、と思ってしまう方もいるかもしれませんが、そうではありません。
レコードの音だって、記録し切れていない音の帯域というものがありますし、現実の音とは異なる、若干丸みを帯びた音になってもいるのです。
でも、それは、音楽鑑賞をする上で、取り立てて支障のない箇所でもあり、かえって聴きやすさや音の美しさにもつながってくれるので、聴いていても違和感なく良い音として楽しめる、という利点にもなっています。
音楽鑑賞をする上での、「良い音」というのは、「現実のようにクリアでリアルかどうか」よりも、「音の成分の心地良いところを余すところなく聴かせられるか」が大事であり、必要不可欠でない部分が強調されていたり、必要な部分がおかしな音になっていたりすれば、他の部分がたとえパーフェクトな音質であろうと、聴き心地を大きく損なってしまう事になる、という、質的なバランスの良し悪しに基づく評価の部分が大きいのです。
2010年あたりから、そういうアナログの良さを踏まえた音作りのハイレゾ音源も増えて来ているので、タイトルの充実と、さらなる技術的な進化に、大いに期待したいところです。
それと、もう一つ、近年になって日本のレーベルが、『高音質』をうたい文句にした新素材を用いたCDを高額で販売していますが、あれは倫理的に問題のある商品です。
ネット上に、本当に「新素材のCD」が高音質かを検証してみた方のブログやホームページがいくつかあって、その結果を見てみると、通常のCDで少なかった読み取りエラーが、新素材のCDでは多発している事がグラフで示されています。
データの欠損は音の粗さとなって現れるので、私の耳にも、輸入盤の通常CDに比べて、キンキンした耳障りな音になっている事が分かるんですが、高額商品だけに、「この音の質感が『良い音』なんだろう」というバイアスがかかり、自己暗示をかけて満足してしまっている購入者も多いようです。
レーベル側にも、宣伝文句を鵜呑みにして、良し悪しを聴き分けられない人に、高値で売り抜けてやろうというずるさがあるように思います。
「当人が良い音だと感じ、満足であれば、周りがとやかく言う事もないのではないか」、という考え方もありますが、そういう行為がまかり通るようになると、味を占めてますます業界に不誠実がはびこってしまいますから、、CDが売れない時代の苦境はあるにせよ、メーカーには音楽を愛して購入してくれるファンに対して、最低限の感謝と誠実さは持ち合わせてほしいと、一音楽ファンとして、強く要望する次第です。




