篠崎萩
読んで戴けたら倖せです。
緋曖は次のモルモットを物色しながら繁華街のメインストリートを歩いていた。
一人の若い女が緋曖の目に止まった。
大学生だろうか、ワンレンでセーラータイプの柔らかなピンクのブラウスに黒いフレアスカートの女が、澄ました顔でしゃなりしゃなりと歩いていた。
緋曖は薄笑いを浮かべた。
『この手のすかした女を掻き乱すのも楽しそうだ』
緋曖はきっかけを作るのに原始的な方法をとった。
澄ました女にワザとぶつかって財布を落とした。
緋曖は振り返って言った。
「ごめんなさい
よそ見をしていたものなので…………」
女も振り返って緋曖を見た。
見た途端、女は緋曖の美しさに釘付けになった。
女はハッとして言った。
「ああ、ご、ごめんなさい………………」
緋曖は優しい笑みを浮かべ、そのまま通り過ぎて行った。
歩く緋曖の後ろから声がした。
「財布落としましたよ」
振り返った緋曖は唖然とした。
そこに立って財布を差し出していたのは、タンクトップにジーパン、大きなリュックを背負った男だった。
緋曖は咄嗟に目だけで女を探した。
女はぽーっとまだ、緋曖に見惚れている。
緋曖は心の中で舌打ちした。
『チッ、しくったか……………』
取り敢えず緋曖は愛想笑いを浮かべ、財布を受け取った。
「ご親切に有り難う
助かったよ」
男は、良い行いをした人間特有の爽やかな笑みを浮かべている。
「じゃ、オレは失礼します」
男は一礼して去って行った。
一礼した拍子に男のリュックから財布が落ちた。
緋曖はそれに気付き男の背中を見た。
男は全く気付く風も無く歩き出した。
『今度はアンタが財布落としてるって! 』
緋曖は仕方無く優しい人間の振りをして財布を拾い、男を呼び止めなければならなかった。
「キミ、ちょっと待って! 」
男が振り返ると、緋曖は作り笑いを満面に浮かべて言った。
「財布、落としたよ」
男は、財布を差し出す緋曖の顔を見て、その美しさに暫し見惚れてから手を握って言った。
「有り難うございます!
アナタの様な美しい方に拾って貰えるなんて光栄です! 」
男は緋曖を見詰めながら考えを巡らせた。
『わざわざ財布を拾って渡してくれるなんて、こんな優しい人なら助けてくれるかも知れない……………』
緋曖は愛想笑いを忘れる事無く言った。
「有り難う
でもそれって男に言う台詞じゃ無いよね」
男は突然話し始めた。
「オレ、S市から来たんですけど………………」
『おい、爽やかに人の話無視するか』
そう思いながら、緋曖は愛想笑いを忘れず男の話に耳を傾けた。
男はそんな事を知る筈も無く話し続ける。
「この辺の地理無くて困ってたんです
ここからN市はどう行けばいいですか? 」
『はあ?
N市ってS市からの途中に在ったろうが
こいつ究極の莫迦?
つか、地図くらい買え! 』
と、思いながら緋曖は涼やかな笑顔を忘れず言った。
「さあ………………
ボクもこの辺の地理に弱いから」
緋曖は思った。
『こう云うすっとぼけた奴には、さっさとおサラバするに限る………って………………』
男は突然体勢を崩し、その場に倒れた。
『ええーーっ!
何で倒れる?!
冗談じゃ無い! 』
緋曖は余計な事に巻き込まれない様、その場から離れようと思ったが、周囲が騒がしくなり、人が近付いて来る気配を感じて仕方無く男に声を掛けた。
「大丈夫ですか? 」
『こんなに大勢集まって来たらトンズラもできやしない』
人だかりの中、緋曖が屈んで男の肩に手を置くと、男は虚ろな目を緋曖に向けて言った。
「ご迷惑掛けてすみません
ここ二、三日、ロクに食べて無くて………………」
『やっぱり!
オレの目に狂いは無かった
この人は心から優しい人なんだ』
と、男は緋曖の表向きの顔にすっかり騙されていた。
男は篠崎萩と名乗った、
緋曖はラーメンにがっつく萩を見ながらふと思った。
『篠崎?
何処かで聞いたような……………』
よろよろの萩を、支えながらとにかく食事をさせようと、横道にあるラーメン屋に入った。
今、萩は四杯目のラーメンを盛大な音を立てて掻き込んでいる。
『さーて、これからどうやってこの人の家に転がり込もうか? 』
萩はラーメンをすすりながら、そんな事を考えていた。
「…………で、お金が底をついたのは解ったけど、N市には何が目的で?」
言いながら緋曖は呆れていた。
『莫迦正直な奴
金無いならボクの財布拾った時に、普通パクるよね』
萩は食べるのに必死で、緋曖の声が聞こえない様である。
ひたすら、盛大な音を立てラーメンにがっついて、緋曖の問いをスルーした。
そんな問いは緋曖にとってはどうでもいい事で、形式的に訊いただけだったから、緋曖は黙って萩が食べ終わるのを待った。
萩が汁を飲み干し、顔を上げたので緋曖が話し掛けようとした瞬間、萩は店の奥に向かって声をあげた。
「おかわりー! 」
『まだ、食うか! 』
緋曖はテーブルに伏した。
萩は五杯目のラーメンを食べ尽くした。
「ご馳走さまでした」
手を合わせて頭を下げると、萩は妊婦の様に膨れ上がった腹を満足そうに撫でた。
「はあー
食った食った」
緋曖は指を組み言った。
「それでN市へ行く目的は? 」
しかし、萩はそのまま天井に顔をむけて寝息を立てていた。
「寝るのかよ! 」
気を取り直して、緋曖は萩を起こそうとした。
しかし、萩は鼻をつまんでも起きない。
緋曖は周りを見回した。
客は緋曖と萩だけで、誰も見ていない事を確認すると緋曖は萩が座っている椅子の脚を思い切り足で押した。
ずれた椅子に萩の身体はバランスを崩し、床にひっくり返った。
だが、萩は床にひっくり返ったまま、まだ眠っている。
緋曖は諦めて眉間に深い皺を寄せ、ズボンのポケットからスマホを取り出しタクシーを呼んだ。
仕方なく緋曖は萩を家に連れ帰った。
『ったく、なんでこうなる? 』
ソファーに横たわってスースー寝息を立てている萩を緋曖は見詰めた。
緋曖の頭に面白い発想が浮かんだ。
『男を狂わせるのも、面白いかも知れない………………』
緋曖が微笑んでその場を離れようと背中を向けると、萩は起き上がり言った。
「スミマセン………………」
緋曖は振り返った。
「アナタの様な美しい方の家にご厄介になれるなんて、本当にアナタは優しい人だ」
萩は満面の笑顔を緋曖に向けた。
『誰もそんな事言ってないし………………』
緋曖は言った。
「何が目的ですか? 」
しかしながら萩は手を合わせぶつぶつ言っている。
「ありがたや
ありがたや…………………」
『拝まれてるし…………………』
萩は目を潤ませ言った。
「世の中には、アナタの様な美しくて優しい方が居るんですね………………」
緋曖は軽く溜め息をつくと言った。
「シャワー浴びるといいですよ」
『勘ぐり過ぎか………………』
萩は緋曖に向けて手を合わせた。
「オー、マイブッダ! 」
萩はまた緋曖を拝んだ。
『このレディーキラーの手腕
何処まで通用するかな…………………? 』
緋曖は優しく萩に微笑んだ。
読んで戴き有り難うございます。
夕べ必死にこの作品を打ち込んでいたら、もう眠くて気付くと寝ていたりして、仕方なく今頃になってしまいました。
以前眠いの我慢して打っていたら、眠っちゃってバツボタンに触れてて打ち込んたのが真っ白になった事あって泣きました。笑
遅くなりましたが投稿できて良かったです。