表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた緋色  作者: 楓海
11/11

ピアス

 読んで戴けたら嬉しいです。

 (しゅう)が目を覚ますと朝になっていた。


 ベッドに横たわる緋曖(ひあい)は萩の肩に頬を寄せて眠っていた。


 萩がその口唇に口付けると緋曖は応えながらむにゃむにゃと寝言を言った。


 萩は笑って、起き上がり伸びをした。


 服を着ると歯を磨き、顔を洗って部屋に掃除機を掛け始めた。


 ソファーの傍のテーブルに、袋に入った体温計と水枕と風邪薬が放置したままになっていた。


 萩はソファーに腰掛けると袋を開いて、それらをしまおうとあちこちの引き出しを覗いて回った。


 ノッポの雑用棚の引き出しを覗いて、萩は目を見開いた。


 女性もののアクセサリーが雑多に入っている。


 それは緋曖が狂わせた女たちの持ち物を戦利品として持ち帰った物だった。


 その中に見憶えのあるピアスを見付けたのだ。


 それは、ひまわりの装飾が施された一点物のピアスだった。


 萩は思い当たった。


『変わった名前…………

 凄いイケメン………………

 気が狂った被害者…………………』


 背後から物音がして萩は思わず飛び上がった。


「おはよう、萩」


 振り返ると服に着替えた緋曖が呑気に伸びをしていた。


「緋曖、これがここに在るのは、どう云う事なんだ? 」


「え? 」


 よく見える様に、萩は手のひらに載せて緋曖の前に差し出した。


 緋曖はそれを見て絶句した。


「このピアスが何故、緋曖の家の引き出しに入ってる?

 これはオレが美緒の一七歳の誕生日プレゼントに特注で頼んで造って貰った物だ

 この世に二つと無い」


 緋曖は無表情でピアスを見詰めた。


「変わった名前、暮乃緋曖(くれないひあい)

 凄いイケメン

 気が狂った被害者、確か緋曖のお母さんも精神科に入院していたよね」


 もう、言い逃れできる隙など一ミリも無かった。


 緋曖はその場に座り込んで、床に手を付いた。


「答えろよ、緋曖! 」


 萩は緋曖の前に(ひざまず)き、緋曖の目の前にピアスを突き付けた。


「答えてくれよ、緋曖!

 何かの間違いだと言ってくれ!

 緋曖っ!! 」


 緋曖は項垂れ言った。


「間違い無い………よ…………………

 萩の妹をめちゃくちゃにしたのはボクだ」


 その言葉に萩は地べたに座り込んだ。


「嘘………だろ…………………? 」


 萩は暫く放心状態でいた。


 やがて、突かれた様に萩は緋曖の二の腕を掴んで揺すり叫んだ。


「どうして!?

 どうして、美緒を……………

 どうしてっ!! 」


『終わったんだ…………

 ボクは萩を失った……………………』


 緋曖の身体は失望に脱力していた。


 萩は緋曖の身体を抱き締め、緋曖の胸に顔をうずめ、叫ぶ様に泣いた。


「どうして……………!? 」


 緋曖は呟く様に言った。


「ボクを………殺す……………………? 」


 萩は緋曖を見た。


 緋曖は生気を失った目で(くう)をぼんやり眺めていた。


「ボクを殺す? 」


 緋曖は萩を見た。


 次の瞬間、萩は叫びながら緋曖を押し倒し、首を絞めた。


 緋曖は無抵抗だった。


 次々と溢れる萩の涙は、緋曖の頬に落ちて流れた。


 萩は顔を歪ませ、必死に手に力を籠めようとした。


 緋曖の首は少しずつ締まって行き、無表情だった緋曖の顔は痛みに歪んで行った。


『このまま萩に殺されるなら、それでもいい………………』


 緋曖は目を閉じた。


 萩は必死に力を籠める。


 緋曖は息もできず、苦しくて気が遠くなりそうになる。


 意識が途切れ途切れになって堕ちて行く。


 そこに浮き彫りにされた思念は、


 呼吸がしたい……………。


 そして、緋曖の生存本能が湧き上がり、脳を支配した。


『いやだ……………!

 死にたく無い!

 こんな処で死んでたまるか! 』


 その瞬間、緋曖のスイッチが入った。


 緋曖は萩を止める術を知っていた。


「あ………いし……………て……る……………」


 その言葉に萩の手に籠められた力は一気に抜けた。


 緋曖は萩から逃れ、激しく咳き込んだ。


 萩は「畜生!」と叫び、思い切り床を叩いた。


 呼吸が楽になると緋曖は咳き込みながら笑い出した。


 萩は驚いて緋曖を見た。


 緋曖は挑戦的な目で萩を見て笑いながら言った。


「キミにボクは殺せない

 何故なら…………」


 緋曖は萩の耳元で(ささや)いた。


「ボクを愛しているから…………」


 萩は床に手を付いたまま床を見詰めていた。


 緋曖は立ち上がり萩を見下ろした。


 そして萩の周りを歩きながら言った。


「キミは酷い兄だなあ

 妹をめちゃくちゃにした男と愛し合うなんて

 しかもその男を抱いちゃうなんて酷い裏切りだ」


「緋曖……………」


 萩は緋曖を見上げた。


「美緒がそれを知ったら、どう思うだろうね

 多分、酷く落胆するよ


 そして、キミを凄く軽蔑するだろうね

 結局、キミはボクを殺せなかったんだ

 理由はボクを愛してしまったから


 キミは酷い兄だなあ

 妹の(かたき)を殺すと息巻いておきながら、最後まで力を入れる事ができなかった」


 緋曖は萩の前に(かが)んで萩の顔を覗き込んだ。


 萩の目からは涙が溢れていた。


「仕方ないよね

 妹の敵を愛しちゃったんだから

 本当に酷い裏切りだ」


 苦しげな表情を浮かべ萩は言った。


「緋曖、止めろ…………」


 緋曖は続けた。


「キミは心も、身体さえも裏切った

 二度と戻る事の無い重病人にした男と愛し合ったんだ


 キミの妹は、どう思うだろう

 きっと、この裏切りを許さない

 謝る事さえ許さないさ」


 萩は耳を(ふさ)いで、感情的になって叫んだ。


「緋曖、止めろっ!!

 お前にそれを言う資格は無い! 」


「ボクに資格が無いなら、キミにも兄と名乗る資格は無いよ


 キミがした事は兄として重罪だよ

 だって最愛の妹を壊した男を殺す事もできなかったんだ 


 美緒は可哀想な妹だ

 妹をクズ野郎から守る事もできなかったのに、その兄は、ことも在ろうかそのクズ野郎と楽しく愛し合ってた 

 なんて酷い皮肉だろうね」


 緋曖の一言一言が萩の胸を(えぐ)った。


 萩は自分の頭を腕で覆い、必死に叫ぶ。


「止めろ、緋曖

 止めろ、止めろっ!! 」


 緋曖は攻め続ける。


「キミは妹を裏切ったんだ!


 少しは冷静に自分を見詰めろよ!

 キミがボクと楽しんでた時、キミの妹は何を思っていただろうね!

 信じていた兄にまさか裏切られていたとは思いもしなかっただろう!

 可哀想に美緒はたった一人の肉親にさえ裏切られたんだ!


 キミは自分がした事を思い知るべきだよ!

 狂って何も解らなくなったのをいい事に、事も在ろうか妹を狂わせた男と愛し合ってたんだ」


 萩の目に妹美緒が映る。


 虚ろな目をこちらに向けて、涙を流していた。


 その目が突然、突き刺す様に萩を睨み付けた。


 緋曖の声が美緒の声と重なる。


「裏切り者っ!! 」


 萩は仰け反り渾身の力を籠めて叫んだ。


「うあああああーーーーーっ!! 」


 萩の中で何かが弾けた。


 萩の目は在らぬ方向を向いて、(よだれ)を垂らし狂っていた。


 緋曖は声を上げて笑った。


 涙を流しながら……………。


 指で頬に触れると指先が濡れた。


 緋曖は笑うのを止めて、狂った萩を見詰めた。


 心臓が締め付けられる様に痛む。


「ボクはまた………………………

 ボクはまた愛する者を壊したんだ……………………」


 緋曖はその場にへたり込んだ。


 床に手をつき、頭を垂れた。


『愛する者を狂わせた……………………………』






 誰かが近付いて項垂れる緋曖の身体に毛布を掛けた。


 緋曖が見上げると、そこには萩が立っていた。


 狂っている様には見えない。


 萩は緋曖の前に屈んだ。


 緋曖は言った。


「狂った振りが随分上手いじゃないか

 危うく(だま)される処だった」


 萩は無表情で言った。


「妹もアンタのお袋さんも、ああやって狂わされたんだな」


 立ち上がって萩は続けた。


「アンタの一人目の犠牲者は自分のお袋さんだった

 アンタをぶつ様になったのは、狂ってからじゃ無い

 狂う前からだ」


 緋曖の身体がビクンと反応した。


「ボクの事はどうでもいいだろ! 」


 萩はニヤリと笑って言った。


「まあ、聞けよ

 トラウマで抉るのは、自分でやって来た事じゃないか…………」


 緋曖は目を閉じ、額に手を当てた。


「止めてくれ…………

 萩………………」


 萩は続けた。


「アンタのお袋さんは、事あるごとにアンタにあたり散らした

 今で言う虐待だな 


 夫に振り向かれなくなった女は哀れだよね

 持って行き場を失くした感情はいつもアンタに向けられた

 同じ男と云うだけで、同じ血が流れてると云うだけでアンタは訳も解らず(ののし)られぶたれ続けた


 母への愛情も尽きるよね

 報復に出たアンタは母親を攻め立てた

 父親の浮気をネタにさ


 母親が醜く、いかにつまらない女だったかを上げ連ねた

 愛されなくなった女には最高のとどめだよ


 しかも自分の息子から責められる気持ちはどんなだったろうね

 きっと、夫に愛想を尽かされるより効いたんじゃないかな」


 緋曖は叫んだ。


「もう、いいだろ!

 やめろっ! 」


「アンタは責め続けた

 どんな気持ちだった?

 自分を生んだ母親を狂うほど責め続けるのは


 息子にまで愛想を尽かされた母親は耐えられなかった

 息子にさえも愛されないと悟ったんだ


 アンタの母親は狂った

 狂っただけじゃ無い

 勿論、入院もしてない」


 緋曖は狂った様に叫んだ。


「やめろーぉっ!

 止めてくれーっ! 」


 萩は声高に言った。


「アンタの母親は狂って自殺したんだ」


 緋曖は腹の底から叫ぶ。


「はあああああーーっ!!」


 萩は続けた。


「アンタの母親はアンタの言葉に狂って、道路に飛び出し往来していた車に()かれて死んだ!


 アンタが母親を殺したんだ! 」


 緋曖は全身の力を振り絞って叫んでいた。


「やめろおおおおおーーーーっ!! 」


 緋曖の何かがプツンと音を立てて弾け、その場に気を失って倒れた。


 萩は倒れた緋曖を無表情で眺め、細かな粒子となって消えた。


 そこには狂った萩が床に座り込んでエコラリア(狂人の戯言)を繰り返していた。


 毛布に包まれ緋曖は気を失ったまま、閉じた目からは涙が絶え間無く流れていた。





 緋曖は狂っていた。


 緋曖を狂うまで追い詰めたのは何だったのか?


 断罪と云う報いだったのか。



 それは人間を超越した者の仕業だったのか。


 それとも、緋曖の良心の呵責だったのか。


 それとも……………………………………………。




         fin




 「壊れた緋色」に最後までお付き合い戴き有り難うございました。

 (*- -)(*_ _)ペコリ

 連載が始まってからずっと一度も欠ける事無く作品を読んで感想を送って応援して下さった水渕成分様、有り難うございました。

 そして、ご苦労様でした。m(_ _)m

 心からの感謝を贈りたいです。

 

 昨日、私の最近の作品を漁って下さった方や「死神の精子」を一気読みして下さった方がいまして、嬉しかったです。

 この作品を投稿する少し前に、アップした短編の「最後の嘘」が、ユニーク200越えました。

 私の場合、短編はユニーク100越える事が無くて、これは異常事態です。笑

 何がこんなに読者さんを引き付けるのか、よく解らないです。

 いじめを取り扱っているからなのかなあ、とも思うのです。

 きっと、いじめと云う現象に悩んだり関心をもったりしている方が、凄く多いのでしょうね。

 私も考える処は沢山あります。

 二人の娘が二人とも小学生の時にいじめを受けていたので。

 いじめは心を壊し、死に至らしめる事もある殺人行為だと私はこの最後の嘘で言いたかったので、あの希望の無いラストにしました。


 暗い作品に、暗い後書きですみません。

 精神病んだら困るので、救いをお教えします。

 今、お世話になっている水渕成分様のコメディが連載されています。

 とても面白く笑える作品です。

 タイトルは…………すみません、凄く長くて憶えられなかったです。泣

 私のマイページから探して戴けるとみつかりますので、お手間取らせてしまいますがそちらから宜しくお願いします。m(_ _)m

 是非、そちらを覗かれて、精神のバランスを上手くとって戴ければと思います。

 申し訳ないなあ。

 水渕成分様に尻拭いまでして戴くようで。

 すさんでいる私の作品と違って、水渕成分様の作品は希望と力強さに溢れていますよ❗

 明日から、お休みしていた「ラプンツェルの接吻(修正版)」の続きを投稿したいと思います。

 宜しかったら、こっちもお付き合い戴ければと思います。

 また、新作でお逢いできる事を楽しみにしています。

 それでは、コロナにお気をつけて

 see you~♪

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませていただきました。 やっぱり楓海様の作品好きでーす。 美しいです。 わたし、緋瞹好きですね。 心に闇を持っている。最初は騙すつもりが、本気で好きになってしまった。最後は、人それぞれの…
[良い点] 完結お疲れ様でした。 心理描写の優れたサスペンスでした。 以前の感想で「キツネとタヌキ」と言ったことが図らずも当たっていたということでしょうか。 [一言] >希望と力強さに溢れていますよ …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ