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家出JKを拾って、逮捕された後の物語

作者: くろい

「はあ……」

 刑務所から出所したばかりの、俺は大きなため息を吐いた。

 これから先の人生をどう過ごせば良いのかと。


「刑務所に入って3年。長かったようで、短かったような不思議な気分だ」

 刑務所に入っていた理由。

 それは、未成年を部屋に連れ込んで泊まらせたからだ。

 深夜のコンビニ前。

 制服を着た女の子が一人寂しく座っていた。

『行く当てがないなら、来るか?』

 そんなことを言って、部屋に泊まらせた。

 俺も一時期、放浪していて、家に帰りたくない気持ちが良く分かっていた。

 だからこそ、別に何の見返りを求めず、一週間部屋に泊めてやった。

 しかし、JKの親に見つかり、JKの親が雇う凄腕弁護士にコテンパンにやられ、見事、懲役3年を食らったという訳だ。

 勤めていた会社はもちろん首になったし、両親、親戚からは縁を切られ、ニュースで実名報道され、世間からは冷たい目で見られた。


「生きてる価値あるか?」

 自分の存在意義が見つからない。

 こうして、やっとの思いで刑務所から出て来れたというのにだ。

 空虚感が俺を支配している。

 せめて、刑務所から出てきた俺を出迎えてくれる人が居て欲しかった。

 そうすれば、俺は生きている価値を実感できたはずだ。


「っと、そろそろ行くか……」

 いい加減、刑務所から出たばかりの所でうなだれるのはよそう。

 新しい人生に向けて、一歩を踏み出そうとした時だった。


 俺の目の前には家出JKがいた。

 憎い。

 こいつを軽い気持ちで泊めたばかりに俺は捕まった。

 運悪く、仮釈放すら認められず、丸々3年という時間を刑務所で過ごした。

 血が沸騰しそうだ。

 怒りと憎しみ。

 それらが抑えきれない。

 人生をめちゃくちゃにされた相手。刑務所に服役しても、その思いは消えなかった。

 だからこそ、また捕まっても良いから、こいつを滅茶苦茶にしてやろう。

 感情に呑まれ、釈放されたばかりなのに、また罪をやらかす寸前。

 部屋に泊めた家出JKはコンクリートの地面に頭を擦りつけて、土下座した。


「すみませんでした。私のせいで、3年も刑務所に入れてしまい、本当に申し訳ございませんでした。私の人生、すべてを使ってお兄さんを幸せにします! だから、許してください」

 地面にこれでもかと額を当てている。

 思いもしていなかった彼女の行動に追いつかない頭。


「すみませんでした」


「ちょ、あれだ。取り敢えず、土下座するのは辞めろ」


「はい……。本当にすみませんでした。その、色々とお話したいので、場所を移しませんか?」

 土下座されたとはいえ、服役する要因であった家出JK。

 正直、顔も見たくない。

 そうだ。良い事を思いついた。

 人気のない場所に連れ込んで、思いっきり凌辱の限りを尽くしてやろう。

 どうせ、俺には失うものなど無いのだから。


「……場所は俺が指定しても良いか?」


「はい、もちろんです」

 という訳なので、俺は人がほとんど通らないような場所へ。

 大きな声を出したとしても、誰にも見つからないような場所。

 そこで、俺は家出JKを押し倒す。

 抵抗されようが、辞めないという強い意志を持ち、目の前にいるこいつを蹂躙してやろう。

 そう思っていたのにだ。


「……なんで、抵抗しないんだよ」


「だって、お兄さんの人生を滅茶苦茶にしたのは私ですから」


「……じゃあ、なんで、法廷に一度も現れず、俺に対してなんの弁護もせず、弁護士に『あの人には性的な事を強要された』だなんて証言したんだよ!」

 していない。

 性的な事を強要などしていなかった。

 親に見つかった後、別れ際に言った俺への『今までありがとうございました』

 それも相まって、弁護士から『あの人には性的な事を強要された』だなんて証言が出てきた時には、絶望した。

 ああ、結局、俺のしてきた事って何だったんだ? って。


「あれは私の母が勝手にやったんです! 本当は私はお兄さんに捕まって欲しくなかった!」

 力いっぱいに叫ぶ家出JK。

 一週間しか一緒に過ごした経験などない。

 でも、それでも、嘘じゃない。

 そう言えるほどの何かが宿っていた。


「……ほんとなのか?」


「本当です! でも、あの時の私は無力で……結局、お兄さんが刑務所に入る事を阻止できなくて……」


「……はは。そうか。こんな、ろくでなしの俺を心配してくれたのか?」

 3年間。

 恨みつらみを燃やしていた。

 家族は誰も面会には来てくれず、寂しくて、自分は生きる価値のない人間だと思っていた。


「違います! お兄さんは、ろくでなしじゃありません! お兄さんのおかげで私は今、生きているんです! だから、私はそんなお兄さんは罪滅ぼしをしなくちゃいけないんです!」

 

「そんなにか?」


「はい。お兄さんに声を掛けられる前、私、自殺しようと思ってたんです」


「……なんでだ?」


「こう見えて、私、凄腕デイトレーダーなんです。ほんの軽い気持ちで始めたけど、いつの間にか億万長者になってました。でも、私の親は……そのお金を私に使わせてくれませんでした。親である、あの二人は私の稼いだお金を湯水のように使ってた癖に。そして、デイトレードをするだけの道具扱いをされてました。反抗するのを恐れ、私が知恵を付けるのを恐れ、周囲から隔離され、なにもかも私がする事を否定されてました。だから、こんな私。生きていても、意味が無い。そう思って、死のうと思ってたんです。そんな時、私を拾ってくれたのが、お兄さんだったんです。それなのに、それなのに……」

 零れ落ちる涙。

 スカートの端をぎゅっと掴む家出JK。


「はは……」

 俺から笑みが零れた。

 ずっと、ずっと、家出JKを拾ったのは間違い。

 拾った自分を憎んでいた。

 けど、拾った事は今目の前にいる家出JKを救っていた事を知った。

 ……ああ、俺のした事って意味があったんだ。

 そう思うと、不思議と笑っていた。


「あの、どうかしましたか?」


「いや、嬉しくてさ。お前を拾った事が間違いだったけど、間違いじゃ無かったんだなって」


「はい。お兄さんのおかげで、私は生きようって思いました。母のせいで刑務所に入れてしまったのは、取り返せない事実です。だからこそ、それを償うために今日はお兄さんを待っていました」


「ああ、くそ。だめだ。涙がとまんねえよ」

 自分の犯した罪。

 それを許してくれている人が居た。

 それだけで、救われた気がして仕方がない。


「私こそ、ごめんなさい。人生、滅茶苦茶にしちゃってごめんなさい」

 年甲斐にも泣く俺を抱きしめてくれた家出JK。

 それから、ずっと泣いたのは言うまでもない……。











 俺が部屋に泊めた時は17歳。

 今は3年経ってるわけで、20歳。

 今の俺と普通に会っていようが、世間体的には許される年だ。

 だからこそ、これから一緒に来て欲しい場所があるんですという言葉に従った俺。

 そんな俺が連れられてきた場所はタワーマンションの一室だった。

 

「ここは?」


「私の住んでるマンションです。自由に使ってください。あと、これも自由に使ってください。暗証番号は2123です」

 渡された札束とステータスの高いクレジットカード。

 いまいち、状況が呑み込めない。


「……こんな金をどこで」


「言いましたよね? 私、凄腕のデイトレーダーなんですよ? このくらい、全然、痛くもありません」


「というか、今更になって聞くが、お前の母さんとかは俺に会ってる事は知ってるのか?」


「さあ? 20歳になった時、縁を切ったので知りません」


「……縁を切ったって」


「だって、私をデイトレードするだけの道具かの様に扱って、私に変な知恵を持たせようとしないために、友達付き合いや何から何まで制限。そして、私は嫌だって言ったのに、お兄さんを刑務所にぶち込んだ。もう、縁を切らない訳がありません。という訳で、お兄さんを地獄に叩き込んだあいつらは、もう私に関わる事がないので、安心してください」

 償う気があるのは分かっていた。

 でも、ここまでの物だとは思っていなかった俺は動揺が隠せない。


「……俺はどうすれば良いんだ?」


「私はこれから、お兄さんを養います。死ぬまで、したい事が出来るように支援します。金銭面ではもちろんですが、さっき人気のない場所でしようとしてきた事でも私は受け入れます。そのくらいしないと、私は……罪の意識で死んじゃいそうです」


「じゃあさ、取り敢えず、俺の生活が安定するまで、面倒を見てくれ」

 頼れる家族もいない。

 出所したばかりで、職も無い。

 何もかもが無い無い尽くしの今。

 元家出JKからの償いを受け取らない手はなかった。


「はい! そんな事、言わずに好きなだけ私に頼ってくださいね?」


「……ん、ああ。それなりに頼らせて貰う」



 今は20歳となり、なんの問題も無くなった元家出JKと俺の新しい生活が始まったのだ。




「ところで、お兄さん。お腹空いてませんか?」


「……ん? ああ、空いてる」


「じゃあ、作りますね。私をお兄さんの部屋に入れてくれた時みたいに」

 そう言えば、部屋に入れてやった後、まず最初にお腹が空いて無いかって聞いたな。

 その時、軽いご飯を作ってやって食べさせてやった。

 で、俺が作った料理を泣きながら頬張っていたのは今でも忘れられない。


「なあ、なんであの時、泣きながら食べたんだ?」


「手料理を食べたのが久しぶり過ぎたんです。ほら、親はゴミですし。出来合いの物、そして私が体調を壊しデイトレードで失敗しないようにと、美味しくない味気ない物ばかりを食べされられてました。あの時、お兄さんに食べさせて貰った料理。美味しくはなかったんですけど、それでも、なんというか美味しかったんですよ」


「……お前、どんな環境で育ってたんだよ」


「地獄みたいなもんですね。だから、そんな地獄から抜け出すきっかけをくれたお兄さんには本当に感謝しかありません。なのに、なのに、刑務所でお勤めさせてしまうなんて……ほんとすみませんでした」


「地獄から抜け出すきっかけ……そんな大層なもんだったか?」


「はい。だって、お兄さんが手料理を食べさせてくれたおかげで、『ああ、この世にはこんなにも美味しいものが溢れてる』だから、死ぬのは勿体ないって思いなおしました! っと、ちゃちゃっとご飯を作っちゃいますね」

 台所に立った元家出JK。

 いいや、憎しみから名前すら考えたくなかったが、その必要はないな。

 元家出JKこと、神崎かんざき 香織かおりは俺のためにフライパンを振るう。

 それを後ろで見ていると、


「お兄さんじろじろと見られるなんて恥ずかしいです」


「悪いな。てか、俺。もう、27だぞ? さすがにお兄さん呼びはよせ。むず痒い」


「じゃあ、大志たいしさんって呼びます。良いですか?」

 

「まあ、良いんじゃないか?」


「それじゃあ、大志さん。これから、私にい~っぱい甘えて良いですからね。だって、私のせいで刑務所に囚われていたんですから」

 甘えるか……。

 まあ、お金持ちの20歳の女性。

 別に甘えても事案ではないし、甘えてみるのも悪くないのかもな……。








 



 朝日が眩しい。

 ……ああ、そうか。

「ソファーで寝ちまったんだっけな……」

 元家出JK神崎 香織が住まう部屋で目を覚ます。

 肩には毛布が掛かっており、香織ちゃん、いや、もう20歳だし、ちゃん付けは良そう。

 香織さんが俺に毛布を掛けてくれたのだろう。


「おはようございます。大志さん」


「毛布掛けて貰って悪いな。てか、ここに泊らせて貰って本当に悪い」


「いえいえ、好きなだけ使ってください。私のせいで、大志さんは逮捕までされてるんですから」


「あ~、じゃあ、そこそこ頼らせて貰う。香織ちゃ、いや、香織さん」


「香織さん……。前みたいに、ちゃん付けじゃ無いんですね」


「そりゃそうだろ。もう香織さんは20歳なんだから。すまん、トイレ行ってくる」

 広い部屋。

 トイレまでが普通に遠いなとか思いながら歩く。

 さてと、香織さんが罪滅ぼしとか言っているが、俺的にはもう満足だ。

 俺の犯した間違い。

 それを、あたかも良い事であったかのように語ってくれるのだから。

 ……頼らせて貰うと言ったが、まあ、あれだ。


「もう少しだけ、頼ってお別れだ」

 香織さんにもこれからの人生がある。 

 俺のおかげで救われたというのに、俺が縛り付けるのはおかしな話だ。

 にしても、このトイレ広くね?

 とか思いながら用を足したのであった。


 で、トイレから出た時だ。

 良い匂いが漂っていた。

 その匂いに釣られて向かった先は大きなアイランドキッチン。


「大志さん。朝ご飯、食べますよね?」


「ああ」

 ほどなくして、出来上がった朝食を二人で食べ進める。


「これから、大志さんはどうするんですか?」


「どうするも何も普通に働いて普通に生きてくだけだ」

 サラリーマンに戻る。 

 世間の目は厳しいが、それしか俺が生きて行く為に取らなくてはいけない。

 ……でも、


「暗い顔してどうしたんですか?」


「いやな。やる気が沸かないんだよ。正直に言うと、なんにもしたくない。やっぱり、香織さんのおかげで少しは気持ち的に楽になったんだけどな……。それでも、なんていうか生きる価値? ってやつが見えないんだよ。まあ、こうして、朝食とか食って生きて行こうとしてるんだがな」


「すみません」


「いいや、気にすんな。香織さんが居なきゃ、もっと俺は病んでた。にしても、普通に働いて生きてくって言ったけど、いまいち実感がわかん」

 自分と言うものをすっかり見失った俺。

 ゆっくりと探して行こうにも、働かなければ生きて行けない。

 いや、香織さんに頼れば生きてけるんだろうけどさ……。


「そう言えば、大志さん。大学に行ってみたかったって、前、私に話してませんでしたか?」

 あ~、家出JKだった香織さんに、これからどうすんの? 大学とか行くつもりは? とか聞いて、答えを聞かずに、なぜだか『受かったのに、入学金が足りなくて大学に行けなくてな』とか色々とうざい自分語りをした記憶がある。


「あの時はうざかったろ?」


「……はい、すこしだけ。でも、聞けて良かったです。大学に行きたかったという言葉がきっかけで、大志さんの憧れる大学に今、通ってるんです」


「お、そりゃおめでたい。で、どうだ?」


「正直に言うと、すっごく楽しいです。親の元に居た時は、友達すら選べませんでしたが、好きに選び放題。勉強するのも結構面白くて……本当に充実してます。だから、大志さんの自分語りは私の人生を豊かにしてくれたので本当に感謝しかありませんよ?」


「ったく、俺も金があったらな……」


「私が出しますよ? 大学の費用くらい」

 もう少しだけ頼って、頼るのは辞めようと考えていた。 

 だというのにだ。

 お金が足りなくて大学に行けなくて、悔しくて悔しくて、今でも強い憧れを抱いている。

 たぶん、これから人生をやり直し、生活を安定させて、大学に行く。

 それは絶対に出来ない。

 喉の奥から手が出そうになる。

 香織さんに頼れば、憧れていた大学と言うものに通えるかもしれない。

 ……いいや、ダメだ。

 香織さんにはもう十分に救われている。

 

「いや……」

 言葉が出ない。

 行かない。

 ただそう言うだけなのに、上手く口が回らない。


「良いんですよ? 甘えても。ほら、私。お金持ちですし」


「でも……」


「もう一度言います。私は人生30回分くらい余裕に謳歌できるくらいのお金持ちですよ?」

 ダメだ。

 香織さんに頼れば、俺を否応なしにこれからも助けて、縛り付けてしまうに決まっている。


「じゃあ、お言葉に甘えても良いか? いや、良いですか?」

 頼ってしまった。


「はい、もちろんです!」

 生きる価値が無いだとか、自分で思っていた。

 したい事が見つからないだとかほざいてた。

 なのに、気が付けばこれからしたい事が見つかっていた。


 ああ、人間ってつくづく変な生き物だよな。




 香織さんに頼って大学に通う事に決めた後、香織さんはこれから大学で講義だという事で、部屋を出て行ってしまう。

 鍵を渡され、好き勝手にやっちゃってくださいと言われている。


「ダメ人間というか、ひもだな。今の俺」

 ……待てよ? 

 香織さんに頼っているが、俺に愛想を尽かしたらどうなる?

 俺の置かれている状況を再確認した。

 物凄く、今の俺は危うい人生をまた歩んで居るんだと。


「現金な話だが、香織さんに嫌われないように気を付けるか」

 大学に通うという夢。

 それが叶う状況を手放したくない。

 ほんと、クズだ。

 香織さんに頼るのは人生を縛り付けるようなもので、深く縛り付け、デイトレードで稼ぐだけの道具扱いしていた親と何ら変わりないのだから。

 今の俺は、香織さんを洗脳し良いように使っているとも取れる。


「……大学までだ。大学を卒業したら、香織さんから卒業しよう」

 それまでは、嫌われないように尻尾を振って生きて行く。

 まずはあれだ。

 洗濯でもしておこう。


 お風呂場に向かい、脱いだ衣類を超高性能洗濯機に放り込む。

 洗剤は自動投入。乾燥機付き。

 放り込めば、それだけで洗濯はおしまいな優れモノだ。


 それから、俺はドンドン家事をこなしていく。

 で、それも終わり、自由に使って良いと渡されたパソコンで色々と最近の出来事を調べた。

 

「俺が刑務所にいる間に随分と変わったもんだ」

 爺さん臭い事を嘆きながら、ネットサーフィンに勤しむ。

 すると、香織さんは思いのほか早く帰宅した。


「ただいまです。大志さん」


「お帰り。香織さん。っと、大学に通うって事で、色々と調べたんだが、センター試験の出願期限が近い。悪いんだが、その……色々と手続きを手伝って貰えないか?」


「お安い御用です。大志さんのため、私はいつだって、なんだって、頑張っちゃいますよ?」

 

「……いや、思いっきり頼ってる俺が言うのもなんだが、程々で良いからな?」


「分かりました。確かに、罪滅ぼしとか言い過ぎても、良い気はしませんね。程々にしておきます。さてと、センター試験の出願期限が近いんでしたね。さっさと、手続きをすべく動き出しましょうか」


「悪いな」

 出願期限は近いが、試験まではそこそこ日付がある。

 生憎、刑務所では暇つぶしでセンター試験の過去問を解きまくっていた。

 もう少し、傾向を知り、対策を練れば良い線を行くはず。

 そんなわけで、出願期限に間に合わせるべく、行動を始めるのであった。




 次の日。

 高校の卒業証書もしくは卒業証明書を持っていなかった俺。

 郵送じゃ間に合わないという事で、母校に受け取りに行くことにした。


「さあ、行きましょう」

 香織さんが運転する高級車で向かう。

 高校の近くに止めて、俺一人で窓口へと向かった。


「あの~、先日。お電話させて頂いたものですが……」

 窓口の人に話しかけ、卒業証明書を受け取る。

 ……で、何事も無く去ったのだが、窓口に香織さんが俺にと貸してくれている携帯を忘れた事に気が付き戻る。

 するとどうだ。

 こんなことが聞こえてきたではないか。


「あいつ。未成年を誘拐して捕まったのに、今更大学に通うために証明書を貰いに来たとか頭沸いてんだろ」


「ですよね~。ほんと、あたまどうかしてますよ」


「あ、あれだ。この事、マスコミにでも売ったら金になるかもな」


「え~なりますかね?」

 頭に血が上って行くのが分かった。

 ぐっとこらえて、窓口に近づく。


「あ」

 間抜けな声。

 まさか、俺が居たなんて思っても居なかったような声を浮かべる事務員。

 それを無視し、置き忘れた携帯を手にその場を去った。



 で、そそくさと香織さんが待つ高級車に戻る。


「どうかしましたか?」

 車に乗り込むや否や、心配された。


「なにがだ?」


「いえ、その、目からとめどなく涙が流れてて……」


「え、いや、あせだ。汗だって」


「……何言われたんですか?」

 ダメだった。

 一度、香織さんに頼るという事を知ってしまった俺はもうだめだった。

 事務員に悪口を言われ、悲しみと憎しみとかいろんな感情が抑えれなくなったことを暴露して、そして、そして、子供のように泣く。

 香織さんの胸で泣きじゃくった。

 みじめで糞見たいな俺。

 でも、そんな俺なのに優しく受け止めてくれる。


 30分は愚痴を吐きながら、泣いていただろう。

 さすがに俺は泣き止んで香織さんに謝る。


「悪い。取り乱した。ほんと、馬鹿だよな。お世辞にも、香織さんは俺に救われたと言ってくれてるけどさ、未成年を部屋に連れ込んで、泊めるだなんて馬鹿げた事した悪い奴は俺なのによ」


「……確かに、大志さんのした事は犯罪かも知れません。そして、私を救ってくれたのを立証するのは難しいです。でも、それでも、私は何度でも言います。大志さん、あなたのおかげで今の私が居ます」

 その言葉を聞いた途端だ。

 枯れたと思っていた涙がまた零れ落ちた。

 また泣いて、泣いて目を真っ赤に腫らしながらも、俺は香織さんに言う。


「ほんと悪いな。年甲斐にも無くまた泣いちまった。自立できるように頑張るけどさ、もう少しだけ、落ち着くまで甘えさせてくれないか?」


「もちろんです!」

 輝かしい笑顔で頷かれた時思った。



 香織さんに甘えるのを辞められるのだろうか? ってな。





 

 




 気が付けば、香織さんに頼り始めて一週間が経った。

 俺は俺で、愛想を尽かされないように色々としている時だ。


「そこまで気にしなくて良いんですよ? という訳で、返せなんて言いません」

 いつの間にか鞄から抜き取ったであろう俺の通帳を手渡してきた香織さん。

 恐る恐る、最新のページを開くとそこには飛んでもない金額が振り込まれていた。


「いや、その、だな……」

 掛ける言葉が見つからない。

 お金を心配する必要も無く、香織さんをこれ以上頼る必要もなくなった。

 だというのに、すっかりと俺は腑抜けていた。


 27歳の癖に甘えん坊。

 無様な姿を包み込んでくれる相手。

 俺が頼れば嫌な顔せず助けてくれる。

 デイトレードの道具かのように扱った親、そんな親から救ったとはいえ、今度は俺がその親みたいになってどうする。

 分かっているのに、分かっているのに。


「いいや。俺も男だ。家政婦として、この家での家事をさせてくれ」

 お金を受け取った対価かのようなわざとらしい言い訳をして離れようとしない。

 すっかりと骨抜きされているのが分かっている。

 おそらく、香織さんもこの事を分かっていて……


「はい。じゃあ、今日振り込んだお金はお給料ですね!」

 ほんと、つくづくダメな男だよな俺って。




 さらにさらに、時間が経った。

 気が付けば、香織さんに甘えっぱなし。

 そんな時、悲劇が起きた。


 週刊誌に『家出少女誘拐男。出所後も元家出少女と密会!? あの時、すでに洗脳を済ませてあったのだろうか』

 こんな見出しで俺と香織さんの現在の生活がリークされてしまう。

 一歩、香織さんが住んで居るタワーマンションの外に出れば、マスコミにもみくちゃに。

 香織さんも自由に身動きが取れなくなった。



 俺はまた道を間違えたんだ。




 もうちょっと、もうちょっとと香織さんに甘えても良い。

 甘さが招いた最悪の事態。






 俺は……身動きが出来ないように縛り、監禁し、暴行する事を決めた。

 そして、また捕まって……香織さんは被害者。

 香織さんからは嫌われて、俺の顔なんて見たくないと思われてまたこういう事態が起こらないようにする。

 すべて悪いのは俺。

 世間をそう誘導してやろうと、行動する。

 


 寝て居る香織さんの手足を縛り、身動きを封じた。

 タオルを噛ませ、視界を封じ、なるべく傷が残らないように暴行を加えた。

 性的な暴行はしない。

 そこまでするのは、香織さんを酷く傷つける。

 傷つけてるどの口がほざくんだと思われるだろうが、性的に傷つける事だけは絶対にしない。


 何日も何日も、香織さんを優しく傷が残らないように、恐怖だけを与えるように暴行。

 そして、週刊誌の編集部に匿名で電話を掛けた。


『神崎 香織さんがこの一週間、部屋から出て来てない。あの男に、何かされてるんじゃないかと』

 その後、警察にも電話をする。


『神崎香織を監禁している。身代金を寄越せ』

 香織さんの契約している携帯電話を使い掛けた結果。


 ものの見事に数十分後に『お前はもう包囲されている』と警察が警戒態勢を取り始めた。

 さて、お別れだ。

 大人しくしている香織さん。

 何も言わせないようにと、噛ませていたタオル。

 視界を奪うためにアイマスク。

 耳に詰めた耳栓。

 それらをすべて外した。


「……」

 お別れの言葉は要らない。

 彼女の目にはきっと極悪人として俺が写っているはずだ。

 最後に顔になんの拘束具の無い香織さんを拝む。



 満足した俺は、そのままタワーマンションの外へ出る。



 これで良い。

 これで香織さんと俺の人生はもう二度と交わらない。

















 身柄を拘束された俺。

 警察署で罪が決まるのを大人しく待っている。

 香織さんとはあれ以来、会っていない。


「さてと、罪が重くなるように頑張るか」

 極悪人になればなるほど、香織さんは被害者になる。

 そう思っていたのに。

 なぜか、俺は釈放された。

 推定無罪。

 誤認逮捕だったと言われて、自由の身になった。

 で、刑務所から出てきた時だった。

 マスコミが俺に駆け寄って、こう質問してきた。


「数年前のあれは誘拐ではなく、保護。確かに、方法は悪かったかもしれませんが、それでもあなたの勇気に感銘しました。取材に応じて貰えませんか?」


「神崎香織さんのご両親が虐待をしている事に気が付き、警察に通報した場合、救われない、そう判断して罪を被ったご感想は?」


「先日の逮捕は、香織さんの名誉のための自作自演行為だったと噂されてますが、真偽のほどはどうなんでしょうか?」


 てんやわんやで分からない。

 マスコミたちを掻き分けて、俺の元にやって来たのは……。


「大志さん。人の居ない場所に行きますよ?」 

 甘えたくて、甘えたくて仕方がない相手。

 神崎 香織さんだった。






 香織さんに連れられて向かった先は、以前、香織さんが住んで居たタワーマンションに引けを取らない警備が凄まじい別のタワーマンション。

 何が何だが分からない。


「一体何が起こったんだ?」


「大志さん。これを見て下さい」

 週刊誌。

 新聞。

 ネットの記事を印刷したもの。

 それらに目を通すと、当時17歳であった神崎香織という少女が親から虐待を受けていると知り、警察に頼った場合、少女は救われないと判断。罪だと分かっていても、行動に移した。

 勇気ある行動が一人の少女を救ったのだ。

 そう言った、内容であった。 

 俺がなるべく、悪者にならないようにと言わんばかりな記事。


「これは香織さんの仕業か?」


「はい。私が根回しを行い、大志さんは捕まったけれども、実は良い人であったと知られるようにするため、世間を誘導しました」


「なんで、こんなことを?」


「大志さんが良い人だと知っているからです」


「身動きを取れなくして、暴行を加えた俺がか?」


「そんなこと言わないでください。傷跡が残らないように、心に傷をつけないように性的な暴行は一切加えずにして、私の事を思って、わざと極悪人になろうとしたのは分かってます。あと、大志さんをお金で困らせてないのに、『身代金』を要求して出て行ったそうじゃないですか。その時に、ああ、やっぱり大志さんは大志さんなんだって改めて思いました」

 バレていた。

 俺の真意がバレていた。

 ああ、くそ、ダメだ。

 また、年甲斐にも無く涙が出て来やがった。


「辛かったですよね? 落ち着くまで泣いちゃって良いんですよ?」

 壊れそうになるほど、泣き叫んだ。




 数日後。

 世論は俺が犯罪者になってまで、少女を救った男と褒めたたえる一方。

 依然として、洗脳して言わせているだの、様々な噂が飛び交っている。

 香織さんはその事に対し、俺よりも怒り狂う。


「もう我慢できません。何か策を練りましょう……」


「いや、俺のためにそこまでしなくても良いんだぞ?」


「だって、好きな人が馬鹿にされてるんですよ?」


「好きな人?」


「あ、言っちゃいました……。まあ、この際だから言っちゃいます。大志さん。私、あなたの事が好きです。結婚してください」

 プロボーズされた。

 救われたという感情が、恋愛感情を錯覚させていると言おうとした時だ。


「あ、ちなみに言いますけど、大志さんが刑務所から出てきた時は、普通に恋とか全然して無かったですよ? 罪の意識から、好きになっただとか、そう言うんじゃありません。普通に大志さんが出所した後、私のためにご飯を作ってくれたり、家事をしてくれたり、話し相手をしてくれたり、色々としてくれる大志さんに惚れたんです!」


「え? あ、ああ。そうなのか?」

 呆気に取られて訳が分からない。

 そんな俺に追い打ちをかける香織さん。


「告白に関しては後で返事をもらうとして。マスコミを黙らせる良い方法……あ、そうだ。本出しましょう。それで、大志さんのした事が良い事だったって世間に分からせてやりましょう」


「お、おう」


「それじゃあ、タイトルは……」



『虐待されていた少女を救うために刑務所に入った24歳サラリーマン』



第一章 家出少女と24歳サラリーマンの共同生活 1日目

 ………。

 …………。

 ………………。

 ――――――――――――――








「これは大作になる予感がします。さあ、私と大志さんが過ごしたあの一週間を思い出しましょうか!」



















 




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