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水葬  作者: 椿木るり
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第4話

あれから半年が経ち、冬の寒さもひと段落してきた。僕は午前中に営業にまわり、お昼休みをとり、午後に事務作業をして帰る。この変わらない日常の中に戻っていた。変わったことがあるとすれば、茉莉が居ないことと仕事以外に外に出ることがほとんどなくなったくらいだ。もちろん茉莉のことを忘れた訳では無い。いまでも楽しかった思い出やあの日の夢をよく見る特に行きたい場所もなく、一人静かに夜を過ごしている。とはいえ僕が、外に出ることが少なくなった代わりに拓巳と百合香がよく僕の家に遊びに来るようになった。


週末になると百合香が食材を買い込んできて色んなおかずや作り置きまで作ってくれ、出来たてのご飯を食べながら3人で朝まで酒を飲む。いままでも仲のいい友達ではあったがここまで頻繁に会うことはなかった。2人とも僕の心配をしてくれてるんだろうと毎週優しさが染みていた。

大皿にのった唐揚げ、温玉つきのシーザーサラダ、しょっぱい卵焼き、居酒屋並みの美味しさの料理がテーブルにたくさん用意され、百合香に感謝しながら今日も3人で酒を飲んでいた。


「悠、もっと食えよ。この唐揚げうめえぞ。」

拓巳がハイボールを飲みながらにこにこと僕の皿に唐揚げをのせてくる。百合香の唐揚げはとても美味しいけどそろそろお腹がいっぱいだ。拓巳は高校を卒業してから鳶の仕事をしている。毎日体を動かしているからなのか先月30歳になったというのに10代のような食欲をしている。拓巳と僕は両親の仲が良く、家も近所で子供の頃からよく一緒にいた。学校も小中高それぞれ2校くらいずつしかない街なので全部一緒だった。3歳離れていて中学、高校ではあまり関わりがなかったがお互いの家にはよく遊びに行っていた。拓巳が野球部で活躍していた頃に女子の間でこっそりファンクラブがあったのはここ最近酔った百合香が教えてくれて知ったばかりだ。


「悠くんはもうお腹いっぱいなんじゃない?燃費の悪い誰かさんとは違って。」

百合香が僕の皿にどんどん唐揚げをのせる拓巳を止めてくれた。

「燃費が悪いって誰のことだよ。」

コロコロ笑いながら僕の皿にのせかけた唐揚げを食べている。色黒、高身長、ガタイもよく一見したら不良のくせに人懐っこく笑う幼なじみはたしかに昔からモテていた。

先輩後輩関係なく女子の注目の的だった拓巳が好きになったのは高校時代に野球部のマネージャーをしていた百合香だった。彼氏を作るためにとりあえずマネージャーになってみました、という感じではなく本当に野球が好きで入部した百合香に一緒にいるうちにどんどん惹かれていったんだそうだ。彼女を紹介したいと言われて拓巳の家に言ったら同級生がいるんだからあの時は本当に驚いた。それから拓巳と百合香は今も仲のいい恋人で、昔は茉莉も入れた4人でよく集まっていた。


食事をあらかた食べ終え、本格的に飲みにシフトした頃、皿を台所に持って行ってくれた百合香が席に戻りながら部屋の隅をちら、と見たのに気がついた。茉莉の仏壇はときどき埃をふくくらいで半年前からずっとおなじ状態のままだ。もちろん、遺書も。


「そういえばさ、あの茉莉さんのブレスレット。うちの職場はアクセサリー禁止だから外で会う時しかつけてるの見た事なかったんだけど、悠くんがプレゼントしたものなんだよね?」

百合香にとって茉莉は職場の先輩にあたるが僕と付き合っているのを知ったあたりから2人だけで買い物やカフェにいったり仲の良い女友達にもなっていた。2人でパンケーキ食べてきたよ、なんて生クリームと果物が山ほど乗せられたホットケーキの写真が茉莉から送られてきたこともあったくらいだ。

百合香はときどき僕に茉莉の話をさせようとする。ブレスレットのことだっておそらく茉莉から直接聞いているだろうに、僕に気持ちの整理をつけさせるためにわざと知らないフリして聞いてきたんだろう。


「うん、茉莉の29歳の誕生日に僕がプレゼントしたんだよ。」

それだけで終わらせるつもりだったが酒の勢いもあってその日のことを滔々と語りだしてしまった。


茉莉の29歳の誕生日、どこか行きたい場所はないかと聞いて見たけどいつもの通りでいいと言われ2人でよく来る水族館に遊びに来ていた。共通して大好きな場所で僕ら2人が出会った水族館だ。街のハズレの方にある小さな水族館、そこのクラゲの水槽の前にあるベンチがお気に入りスポットだ。ここに来る度に自販機で買ったコーヒーを飲みながらゆらゆら漂うクラゲをぼーっと眺めている。傍からみたら楽しいのか、と不思議に思う光景かもしれないがクラゲが好きな僕らにとっては最高に癒しの時間だった。


でも今日は茉莉の誕生日だ。プレゼントはここに座った時に渡すと決めていた。カバンから水色の包装に深いブルーのリボンがかけられた小箱を取り出す。


「茉莉、誕生日おめでとう。」

茉莉はちょっと驚いてすぐに口を「い」の字にして笑顔を浮かべる。僕は茉莉のこの幼げな笑い方が大好きだった。

シルバーの小さなクラゲのチャームがついた華奢なブレスレット。プレゼントを何にするか悩みに悩んでやっと広い百貨店の隅っこにある雑貨屋でこれを見つけた。高価なブランドものではないが白く細い茉莉の手首に似合うだろうと思い即決だった。

ブレスレットをつけてあげると、腕を上げて水族館の照明にかざして見せた。茉莉の手は黒い影になり小さなクラゲがキラキラと光っていた。


「ありがとう、悠。せっかくだから写真撮ろうよ。」

あまり写真を撮るのが好きじゃない茉莉が自分からいいだすなんて珍しい。僕はもちろん、と答えて満面の笑みでツーショットを撮った。この時、この写真を遺影に使うなんて欠片も思っていなかった。


 


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