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溺愛の伝え方  作者: 小夜時雨
灰色結婚生活
7/25

6.酒の席で

「新婚だというのに浮かない顔ですね、アルフレド公爵様?」



17時も30分を過ぎた頃、やっと残業を終えたアルフレドに話しかけてきたのは、彼の右腕とも呼べる部下のユリウスだった。

烏の濡れ羽色の髪を後ろで一つにまとめ、青い右目の泣きぼくろが女性に人気な美青年である。



「私はいつもこんな顔をしているだろうユリウス。」


「またまた、アルは意外と表情に出やすいことを自覚したほうがいい。」



仕事ではもう4年の付き合いになり、上司と部下という間柄ではあるが親友といっても差し支えのない関係であった。


強がっているのか否定の言葉を口にするが、数日前から不機嫌オーラが漂っているアルフレドは、実にわかりやすい。



「忙しくて夜のお相手をしてもらえないとか?」


「……職場だぞ控えろ。」


「おっとこれは失礼、冗談のつもりでしたが当たるとは思ってなくてね。」



夜のお相手どころか手を繋いだことさえ一度もない。

この後誘われた酒の席でそう吐露したアルフレドに、ユリウスは信じられないと口を半開きにして震えた。


結婚する前からこういう付き合いに顔を出さず、真っ直ぐに帰るところをみるに婚約者にぞっこんなことは伺われていた。

容姿端麗、頭脳明晰、天が二物を与えるどころかどころか全てを優遇されて生まれてきたこのアルフレドともあろう男が。



「未経験どころかこの10年婚約者の毛先にも触れたことがない…!?」


「失礼だな、頭を撫でたことはある!……寝てる時に。」


「このチェリーボーイが!!」



どこをどう拗らせればこんなことになるのだ。

衝撃の事実を受け入れられず"そんなバカな…"と繰り返し呟くユリウスに、情けなくなったのかアルフレドはテーブルに突っ伏し弱々しい声でつぶやいた。



「彼女を前にすると、言いたいことが素直に言えないんだよ…。」



思春期も真っ只中な少年のようなつぶやきに、これは重症だとユリウスは肩を叩いた。

まさかあのアルフレドの弱点がこんなところにあったとは。


この落ち込みようを見るにアルフレドは本当に婚約者にぞっこんなのであろう。

問題はその婚約者の方だ。


恋愛結婚が半数を占めてきたとはいえ、まだまだ政略結婚が求められる時代。

アルフレドの婚約者、ラフィズリー家といえば有名な貴族だか、当主が亡くなってからじわじわと傾いていると聞く。



「その、婚約者の…リリエッタ嬢ですっけ?

数々の女を顔だけで虜にしてきた君のことだ、きっとその彼女も君のことを…。」


「好かれてるわけがない。」


「何をやらかしたらその顔をもってして嫌われるんだ…。」



食い気味に、さらに投げやりにアルフレドはユリウスの言葉を遮った。

自分で言うのもなんだが、アルフレドにはリリエッタに好かれている自信が全くないのである。


ため息をつき、ユリウスは続けた。



「噂には聞くが彼女、深窓のご令嬢で病弱なんだろう?」


「…病弱?」



酒でふわふわする頭をゆっくりと起こし、アルフレドは眉根を寄せた。


結婚式は身内だけで最小限に行われたとはいえ、領主の妻ともなれば多少噂が流れるのは当然のことだ。

しかし病弱とは初めて聞いた、アルフレドはユリウスにそのまま聞き返す。


たしかに華奢な体つきに色白いリリエッタではあるが、人並みに健康であるはずなのだが。



「何故病弱なんだ?」


「え?いや社交界デビューもまだで、令嬢の茶会や夜会に出られないと聞いたから。

みんな病弱なんだろうと言っていたけど、君まさか…。」



そのまさかである。



「うちの可愛いリリィをそんな場所に晒せるわけがないだろ!!」


「なんて器量のない男なんだ君は…。」



独占欲も束縛も嫉妬心もまるっと全部メーターを振り切っている。

その上彼女から好かれていないなど、呆れてものも言えない。


日頃の鬱憤を全て吐き出すかのように酒を煽りたまに惚気、日はすっかり落ちてしまった頃。

アルフレドは千鳥足のまま迎えの馬車に乗り込み、やっとのこと自宅に帰還した。


事前に飲みに言ってくると屋敷のものに一報を入れてある、せいぜい出迎えるのはアルフレド付きの使用人と夜更かし人間のミリアムぐらいであろう。


しかしアルフレドの予想を裏切り出迎えたのは、使用人も引き連れずナイトウェア一枚にストールを羽織っただけの姿のリリエッタであった。



「おかえりなさいませ旦那様、ミリアム様はご就寝なされてしまったので出迎えが私一人で申し訳ありません。」



髪は乱れ、目は少し赤い。

もしかしたらすでに寝ていたのかもしれない。


すでにリリエッタの就寝時刻を1時間も超過しているのだ、眠い目をこすりながらでも出迎えてくれた妻を思わず抱きしめたい衝動にかられる。


しかし酒が入っていようとアルフレドの照れ隠しというストッパーは強い。



「酷い格好だな。」



薄いネグリジェは彼女の白い肌をチラチラと見せつけ正直目のやり場に困る。

そんな意味を込めた言葉なのだが、ただの罵倒である。



「はい、申し訳ございません。

実は至急、旦那様にご相談したいことがございまして。」


「手短に言え。」



もっと言いようがあったんじゃないか、酒の勢いに任せて少しぐらい触れてもいいのではないか。

自分の不甲斐なさにイライラし、何かをしゃべっているリリエッタの言葉は半分聞き流される。



「…というわけでお茶会開こうと思うのですが…。」


「は!?」



あらゆる人目に触れる催し物から遠ざけてきたリリエッタが茶会を開く!?


そんな文の端しか聞き取れず、アルコールで完全に制御下に置けない憎まれ口が思ってもいないのに飛び出してしまう。

後のことであるがこの言葉の後、アルフレドはしばらくの間禁酒を決めた。



「誰の金で開くと思ってるんだ!大体貴様は…。

……っ。」



言ってはいけないことだった。

口を滑らした後では後の祭り、アルフレドはしまったと歯ぎしりした。


公爵夫人がほかの貴族と交流を持つためにお金を使うことは、当たり前のことである。

失礼のないように着飾り、茶会や夜会を開く、それが仕事といっても過言ではない。


ましてや金銭的に潤いのあるセティス家の夫人たるものが出稼ぎになど行けるわけもない。

このご時世貴族が女に、最愛の妻に働きに行かせるなど男が廃るというものなのに。



「…そうでございますよね。」



沈黙を破ったのはリリエッタで、またしてもアルフレドの望む返事は得られない。

ここは文句の一つでも言って怒るべきところなのに、謝ることさえさせてはもらえないのだ。



「失礼致しました旦那様、おやすみなさいませ。」



今夜も素直になれなかった。

深々と頭を下げ踵を返し自室に向かうリリエッタを、アルフレドは見つめたまま動けないでいたのであった。

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