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溺愛の伝え方  作者: 小夜時雨
スタートライン
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5.ささやかな目標

図書室、衣装室、化粧部屋、温室、ざっと案内するだけでもリリエッタが踏み入れていない部屋がこれだけあった。

入る必要はあまりないが、使用人室に娯楽室を兼ねた喫煙室、洗濯室などなど細かく案内し終えると、時刻は軽く1時間を経過していた。

いずれは少し離れた別邸に2人で泊まりに行きたい旨をそれとなしに割と遠回りに伝えると、リリエッタはそれをちゃんと理解しそれは喜んで頷いた。



「温室には是非通いたいですね!

これから少しずつ寒くなって参りますし、ああ、ミリアムを初めてお誘いしたお茶会もここで開催すればよかった!」


「茶などこれからいくらでも飲めばいい、好きに使ってくれ、リ……リリエッタ。」



御察しの通りアルフレドの今日の目標は"リリエッタを愛称で呼ぶこと"である。

先日ミリアムに、そんな相談でもなんでもないもの自身で腹決めて呼ぶ以外なんの解決法もない、いや他にやるべきことあるだろ、とバッサリ切り捨てられてしまったが、諦めきれずにいる。


そして本日のチャレンジ五回目も、失敗に終わってしまった。



「はい、ありがとうございます。

ふふ、旦那様、今日はたくさん私の名前をお呼びになってくださいますね。」


「別にそんなことはない貴様の思いあがりだ。」



明らかに不自然であるが、別段リリエッタは不審な様子を気にするわけでもなく純粋に名前を呼ばれることを喜んでくれる。


というかよく聞いてみるとリリエッタ、ミリアムのことは呼び捨てである。



「お、お前随分あいつと仲良くなったな…?」



今まで気にしていなかったが、こうして気づいてしまうと羨ましく思えてしまう。

10年間一緒にいたが自分の名前は一度も呼ばれたことがない、いや旦那様も捨てがたいのだが、それにしたってミリアムが羨ましい。


向こうが呼んでくれれば、こちらも…など都合のいい考えが浮かぶが、それこそありえない話だ。



「ミリアム、とでしょうか?

そうですね、仲良くさせていただいてます、旦那様からもそう見えますか?」


「まあ…その呼び方を聞けばな。」



嬉しそうにほころぶリリエッタに遠回しも遠回しに羨ましがるも、通じるわけがない。


…しかし、意外にもリリエッタはふと考えるような仕草をし、不意にアルフレドに言った。



「アルフレド様……。


こうお呼びすれば、旦那様とも仲が良く見えるでしょうか…?」



……今なんて?


唐突に呼ばれたものだから、嬉しいより先に驚きが前に出る。

ポカンとリリエッタを見つめたまま何も言わないアルフレドに、リリエッタは慌てたように取り繕った。



「し、失礼しました…!

やはり旦那様をお名前でお呼びするなど、あ、厚かましにも程がありますよね…!?」


「い、いや、別にいい。

夫婦なんだ、厚かましいも何もないだろう。」



一瞬思考を放棄して固まってしまったが、何とか否定することができた。



「そうですか……?

よかった、一度もお呼びしたことがないな、と悩んでいたんです。」



名前で呼んでも構わない、そう本人から直接許可をもらったリリエッタは、ホッとしたように胸をなでおろした。ご存知の通りリリエッタ、アルフレドほど悩んだ年月は長くないが、名前で呼びたいとミリアムに同じことを相談したばかりである。

念願叶って嬉しそうな笑みをこぼした。


一方アルフレド、いまだに耳に残るリリエッタから初めて呼ばれた名前が、舞い上がった彼の頭の中で何度も何度も繰り返し再生された。

この日を一生忘れないだろう。


いや喜んでいる場合ではない。

せっかくあちらが呼んでくれたのだから、こちらも是非呼び方を変えたい。愛称で呼びたい。


というかリリエッタも悩んでくれていたことが嬉しい。この勢いならいける。



「お前、弟妹がいたな?」


「ええ、妹が11、弟が14になりますわ。とても慕っていてくれて、すごく可愛いんです。

それがどうかいたしましたか?」


「リ…リリィ、と、呼ばれていた、ような気がしたんだが……。」


「ええ、その通りです、リリィ姉様と呼ばれています。よく覚えておいででしたね。」



初めて聞いたその瞬間から心の中でずっと呼んでいたなんておくびにも出さず、アルフレドはあくまで自然を装いながら言う。


若干挙動不審であるが、意を決して口を開いた。



「俺も……その、呼びたい訳ではないが、お前がその、俺のことを呼ぶのなら……。」


「??……はい。」



しどろもどろである。

何を言いたいかいまいち分からないが、リリエッタは目線が泳ぎ黙ってしまったアルフレドの言葉を促すように返事をした。


格好悪いなぁ、アルフレドはハッキリ言えない自分に心の中で悪態をついた。

もっと、自然に話せたらいいのに。



「………親しくなりたいんだ、リリィと呼んでも、差し支えないだろうか。」



自然に言えただろうか。

間違いなく顔が真っ赤に染まっているだろうが、そこはご愛嬌だ。これから慣れてくれることを期待するしかない。


泳いでいた目線を恐る恐るリリエッタに向ければ、そこには頬を染め恥じらう、初めて見る表情のリリエッタがいた。


初めて見る照れ顔は、やはりアルフレドの頭脳を停止させるにあまりある破壊力であった。



「こんなに可愛い生き物がいていいはずがない。」


「え?かわ…なんですか?」


「問題ない。」



あまりの天使ぶりに、思わず言葉が勝手に口を滑って出てしまう。

幸いしっかり聞き取れていなかったようだ、アルフレドはリリエッタ初"照れ顔"を心のアルバムにしっかりと刻んだ。



「弟以外の男性からそのように呼ばれた経験がないもので、ふふ、少し照れてしまいますね……。


私も、これから少しずつお名前をお呼びいたしますね。」


「……構わん。」



こうして無事、お互いのささやかな目標を達成し、心の中でガッツポーズを決める両者であった。

申し訳ございません、アルフレドザマァ展開はありませんので期待されている方はご注意くださいませ。

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