4.二度目のデート
「旦那様、その、デートしませんか!?」
「あぁ、……は!?」
翌朝、ミリアムを門前まで送り届けたそのすぐ後のことである。
いつもの怯えたように下から声をかけるリリエッタが、割と大きめの声でそういったものだから。
もちろんデートには快く、心の中で感謝感激のパレードが開かれているほどには喜んで応じた。
「まあ、奥様からお誘いになられたんですの?」
すぐに自室へ戻り、デートの準備をとエマに髪をセットしてもらう最中、彼女は驚いたような、しかし嬉しそうにそう声をあげた。
最近の奥様の変わりようといったら。
気合いを入れてドレスや靴を選ぶエマに、リリエッタは苦笑しながらそれを止めた。
「申し訳ありませんエマ、本日は"お家デート"なのです。」
「まあ、それはまたお見合いのようですわね。
それではそのようにご用意いたしますわ。」
そう本日はお家デートである。
最近若い女性に流行りであるお家デートとは、エマの言うようにほぼお見合いに近い。
まだまだアルフレドのことをよく知らないリリエッタがミリアムの話を聞いて、実行するに至ったようだ。
「もうすぐ、旦那様のお誕生日でしょう?
私は旦那様がどんなものを好んでいるのか何も知りません。
ですから、まさにお見合いのように、お互いの色々なことを語り合えればと思っていますの。」
「ああ、なるほど納得いたしましたわ奥様。
だからお小遣いをねだられたのですね?」
「ええ、それも旦那様が働いたお金であることには変わりはないんですが……何といいましょうか、自己満足の域を出ないのですけれどね。」
あまり物欲のないリリエッタがお小遣いを欲した理由がこれであった。
出る財布元は一緒なので実質的にはあまり意味のないことだが、リリエッタの精神的に少し違ってくるのだ。
更に外でお茶をする予定があると聞いたエマは薄手の生地で空色のロングドレスを選んだ。
万が一肌寒くなればこのストールを、この季節の日中なら薄手の長袖であれば、暑くもなく寒くもなく十分快適に過ごせるはずだ。
それにしても本人以上の気合の入りようである。
「さあさあ、ベアトリス様や旦那様からいただいたドレスはまだまだございますわ!
これから袖を通すのが楽しみでございますね奥様!」
「ふふ、ええそうですね。
私の体は1つしかありませんのに、こんなにドレスがあるのはとても不思議ですわ。」
「ドレスは食べ物のように傷みませんもの、たくさんもらって損はないですわ!
さあさ、準備が整いましたわ奥様、参りましょうか!」
いつもながら仕事の早いエマである、普通のご令嬢なら1時間かかるところを30分で可愛く整えてくれるのだ。
鏡の前で再度自分の姿を確認すると、おかしなところはないエマに任せたのだから大丈夫だ、と心の中で唱えた。
まだ一人で自信を持つには至らないが、これもリリエッタの変わる努力の一つだ。
一方アルフレドはヴィンセントを急かしに急かし、リリエッタより15分も早く準備を整え落ち着かないようにくるくる歩き回りながら彼女を待っていた。
「お待たせいたしました旦那様。」
待ち望んだ声に勢いよく振り返ると、そこには空色のドレスがよく似合う妖精がいた。
東の国から伝わる妖精とは、きっとリリエッタのことを言うのであろう。
遠回しな表現になったが、あまりの可愛さに脳内停止状態であった。
何度見てもうちの嫁は可愛い。
何度見てもその可愛さに目が慣れないし頭がついていかない。
何度目かになるがこれでもアルフレドは優秀な頭を持っているのである。
それにしても処理が追いつかないほどには、彼女のこととなるとその溺愛ぶりにポンコツになってしまうのだ。
「旦那、様……?」
こちらを凝視したまま何も言わないアルフレドの反応が不安になり、リリエッタは声をあげた。
やっぱり自分ではダメだっただろうか、そう蔑みたくなる自虐の心を抑える。
段々と下がっていくリリエッタの眉に気づき、アルフレドは慌てて言いつくろった。
「いや、違うんだ、お前は悪くない、そんな顔するな!
その色を、着ているところを初めて見たから…その、驚いただけだ、すまない。」
「そ、そうでしたか…確かにこんなに綺麗な空色のドレスに袖を通すのは初めてですね。
どんな色もそれぞれの個性があって好きですが、新しい色のドレスを着るたびに、何だかもっと好きになってしまいそうですわ。」
安心したようににっこり笑ったリリエッタは、ドレスの裾をちょこんとつまんで嬉しそうに言った。
なら世界中のありとあらゆる色のドレスを発注させようと、本気で考えたアルフレドであった。
さて先ほど朝食をとったところなのでお茶にはまだ早い、リリエッタはアルフレドにあらためて屋敷を見て回りたいとお願いした。
実はリリエッタ、屋敷でまだ入ったことのない部屋が沢山ある。
あまりうろつき回るのは良くないかな、と今までほぼ自室に引きこもって出来る限りの仕事をしていたリリエッタであったが、これを機に案内して貰おうと画策していた。
「ではまず一階からだ。」
「はい、よろしくお願いいたします!」
"屋敷を案内する"
そんな当たり前のことでさえやっていなかった自分自身に、アルフレドは腹を立てた。
きっとリリエッタは何も怒ってはいないし、自分を責めようとも思っていないのだろう。
ここで出来ることは彼女の望む通り案内することだけだ。
アルフレドは何とか気を取り直すと、リリエッタが足を向けたことのなさそうな一階端の図書室から案内し始めた。
誤字報告助かります、アルフレド以下のポンコツですがよろしくお願いします…