2.アルフレドの贖罪
「……え、何ですって……?」
ディナーも終わり、リリエッタが湯浴みに席を外したところで、アルフレドはミリアムに相談を持ちかけた。
冒頭の反応は、その相談を聞いたミリアムの反応である。
ぽかんと口を開くばかりのミリアムに痺れを切らし、アルフレドはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「リリィと呼ぶにはどうす……。」
「呼べばいいじゃないですかそんなもん!!
そんな、貴方、そんな馬鹿な……。」
今度はアルフレドの言葉が終わる前にミリアムは声をあげた。
聞き返したのは聞こえてないからでなく信じられないからなのであって、もう一度言われたところでそう言う反応になってしまう。真剣な顔して何をいうかと思えばこれだ。
だってそんなの、アルフレドが呼ぶ他ない。
それ以上も以下もない。話にならないのだ。
しかしアルフレドにとっては大問題なのである。
ここ1週間ずっと過緊張状態にあるぐらいには、どうしても呼べないのである。
呆れたようにかぶりを振ったミリアムは、元も子もないことを言った。
「そんなに無理して愛称で呼ぶ必要ないのでは?」
「仲がよくみえるだろう。」
「いや改善する点は愛称以外にたくさんあるんでまずそこからでは。」
「………。」
ごもっともである。
真っ当な意見に何も言い返せずアルフレドは黙って茶菓子を口にした。
"リリィ"という愛称は実はアルフレドがつけたわけではなく、リリエッタの弟妹が呼んでいたものだ。
初めてその愛称を耳にした瞬間から、アルフレドは心の中ではずっとリリィと呼んでいる。
気持ち悪いのである。
顔がいいと許されてしまう風潮は悪ですなぁ、とひとりごちるミリアムもまた、顔がいい部類である。顔面偏差値が高い。
その話は当然そこで終わってしまい、しばらく他愛のない近況報告を終えると、廊下の方から足音が響きリリエッタの湯浴みが終わったことを察した。
よろしくやれ、頑張れ、そんな意を込めてウィンクすると、ミリアムは立ち上がってリリエッタと入れ替わりに湯浴みへ向かった。
ちなみにここでいうミリアムの頑張れ、とはこれから二人きりになるリリエッタとの会話を続けろ、できるなら愛称も呼べ、の意である。
すれ違いざまミリアムと少し会話した後リリエッタはストールをはおり直し、テーブルを挟んでアルフレドの前のソファーに腰掛けた。
「……大浴場があるだろう、なぜ使用しないんだ。」
会話の糸口を掴むべく、アルフレドは素朴な疑問を投げかけた。
たしかに屋敷には大浴場があり、わざわざそれぞれの自室で交代しながら入るのは不自然である。
湯上りで上気した頬をさらに赤らめリリエッタはなるべく小さな声で答えた。
「その、えっと……わ、私の身体は貧相でしょう…?
ですから、ええ、恥ずかしいんです…!」
何を言っているのか理解できず、たっぷりと間を開けた後アルフレドは一言、
「はあ?」
と聞き返した。
リリエッタは華奢ではあるが、決して貧相ではない。
しかし確かに踊り子であるミリアムと比べてしまうと、落ち込むのは乙女心としてわからなくもなかった。
わからなくもないのは乙女心を有している乙女だけであって、男であるアルフレドにはもちろん理解できない。
ナイトドレス姿のリリエッタをちらりと盗み見るもなんら貧相ではない、寧ろアルフレドには刺激が強い。
ただ過去何回かきっと貧相となじったことはある。
落ち込むリリエッタにアルフレドの心はズキズキと痛んだ。
「華奢と貧相では天と地ほど差がある。お前は前者だ、気にするほど貧相ではない。」
「ですが……。」
「俺が、過去にそう言ったからだろう?
……すまない、リリエッタ。」
ああこういう小さな会話でさえ過去の自分の発言が邪魔をする。
静かに謝罪し頭を下げるアルフレドを、リリエッタは慌てたように否定した。
「そんな、旦那様が悪いわけでは…!」
「お前は謝罪を受け取ってはくれないということか?」
「め、滅相もない……!
ああ、申し訳ございません、そんなつもりではなかったんです。旦那様を責めたつもりでは……。」
リリエッタは勿論アルフレドを責めたつもりはなかった、しかし自分に非があることを自覚しているアルフレドは決して謝罪を撤回するつもりはない。
10年、リリエッタに謝罪させてきた分今度は自分が己の罪を自覚し謝罪するべきである。
許す、許さないの問題より謝罪さえ受け取ってもらえない方が辛い。
そのままリリエッタに伝えると、納得したようで困ったように笑って言った。
「旦那様がお辛いのはいけませんね。
それでは……僭越ながら私リリエッタは旦那様の謝罪を受け取りお許しいたしますわ。
……よろしいでしょうか?」
「よろしくないですよもっと何か要求しましょオクサマ。」
しかしその返事をしたのはアルフレドでなくミリアムであった。
アルフレドから口を挟まれる前に、湯上りの踊り子は豊満なボディを見せつけながらさらに続けた。
ちなみにリリエッタはナイトドレスがはち切れんばかりのミリアムの胸を見て、やはりショックを受けている。
「オクサマ、貴方が怒れない人なのは知ってます。
本当に旦那様を許したいならこういう時は何か要求して罪の意識を消してあげまショ、贖罪です贖罪させるんです。」
「よ、要求…ですか……。」
ミリアムの言うことは一理ある、いやアルフレドにとっては三千里ほどある。
アルフレドが謝るたびリリエッタを困らせてしまうのであれば、彼女の要求する何かを差し出して喜んでもらった方がお互い精神的にいいだろう。
要求を促すべくリリエッタを見つめるアルフレド、の視線があまりに捨てられた子犬のようでリリエッタは今はないとは言いづらい。
これはこれでリリエッタを困らせてしまっているが、それはもう仕方がないとしよう。
「あ……では、お小遣いをいただけませんか?
できれば毎月定額で…ほんの少しでいいんです。」
「そんなことでいいのか?」
茶菓子やドレスを要求されるものだと思っていたアルフレドは、リリエッタの要求にキョトンと首を傾げて言った。
「…というか、金は自由に使ってくれて構わんと言ったはずだが…。」
「まぁまぁご主人、使える範囲を指定して差し上げた方がこういう方は使いやすいんですって。」
「ふん…そんなものか?
わかった、では明日から毎月定額で渡そう。
だが足りなければ遠慮なく言ってくれ。」
「ありがとうございます旦那様、大切に使います。」
こうしてリリエッタは無事お小遣いを手に入れたのであった。
なぜお小遣いなのかは次回書く予定です。




