14.カフェでお茶
プランその1、シェフにリリエッタが好みの茶菓子の情報を貰い、ユリウスが簡単に特徴をメモした情報を元に、更に彼女が最大限喜びそうな甘味屋をアルフレドが選定し案内する。
「こ、このお店は…!
カフェ・フルール、では……!?」
もちろんユリウスのメモ通りに案内しただけ、なためアルフレドにはさっぱりわからない。
しかし予想以上のリリエッタの反応に、胸をなでおろす。少なくとも選択を誤ってはいないようだ。
さてこちら、カフェ・フルールとは若い女性を中心に今爆発的な流行りをみせる焼き菓子店である。
一番人気はサクサククッキー、マドレーヌやカヌレなどもお土産に最適と大人気だ。
俗世に疎いリリエッタであったが、屋敷のものと交流を深めているので流行りの把握は問題ない。
特に甘いものにかけては目がないと言っても過言ではないほど、エマやシェフによく話題を振っていた。
そんな人気の店へ休みの日にふらりと立ち寄ってみても、すぐに入れるわけがないのである。
開店からまだ30分とたっていないが、既に数えるのも面倒なほどの人数が長蛇の列を形成していた。
いそいそと最後尾に足を向けるリリエッタの首根っこを掴み、ズカズカと店内に入り込むアルフレド。
そんなアルフレドを店員が引き止めることもなく、そればかりか普段は使われていなさそうな二階へ案内されてしまった。
「え、え?」
わけもわからずとりあえず座らされるリリエッタ。
落ち着いて周りを見渡すと、自分たち以外に客が1人もいないことに気づく。
いやそれどころか客席であるテーブルでさえこれ1つのみだ。
調度品は街のカフェにしては高価そうなものばかり並んでいて、テーブルとセットのイスはイスでなくソファーである。
静かなオーケストラと明るすぎない調光はとても若い女性向けのカフェとは思えない。
どこからどうみてもVIPルームである。
「ご予約されていたんですか?」
「当たり前だろ阿呆、あんなのに並ぶなんて時間の無駄だ。」
一点の汚れもない真っ白なソファーに身を沈めると、アルフレドはメニューに一通り目を通す。
無論値段は書かれていない、これならリリエッタも値段を気にせず注文してくれることであろう。
しかしそうもいかないのがリリエッタ。
金額が載っていないメニューを初めて手にしたため、何が一番手間がかからず原材料が安いのかをひたすら頭の中でシュミレートしていた。
VIPルームを予約して貸し切っているのだから、メニューの金額の違いなど本当に誤差の範囲である。
が、そんなことはある一定の富裕層と呼ばれる貴族でしか体験することはないだろう。
その貴族の一角、いやトップがセティス家なのである。
「……?
何を震えている、この暑いのに貴様まさか寒いとは言いだすまい?」
「あ、い、いいえ……寒くはありません、その……。
何が一番、私にあった価格のものかと思案しておりまして。」
「……は?」
店員の手前である以上公爵家の名に泥を塗るわけにもいかず、わざと"低価格のもの"とは言わないリリエッタ。
もちろんその言葉の裏もしっかり理解した上で、アルフレドは聞き返したのである。
なんとも言えない顔で口ごもるリリエッタに煮えを切らし、アルフレドはため息混じりに言った。
「……リリエッタ、お前が頼んだ物を俺も頼む。」
「えっ……。」
「不味いものを選ぶなよ、私の舌は肥えているからな。」
「そ、そんな……!」
これなら無理に安物を頼むこともあるまい。
それにこの方法なら"リリエッタが美味しそうと思ったもの"を注文することができる。
我ながらよくできた頭だ、アルフレドは満足げに頷くと自身の目の前のメニューを閉じた。
一方リリエッタはメニューを端から端まで穴が空くほど見返し、不安げな表情で提案した。
「セイロンと季節の焼き菓子、いかがでしょうか…?」
「ふん無難だな、ではそれを2つと土産用にクッキーを適当に詰めてくれ。」
「かしこまりました。」
多めのチップを店員に渡すアルフレドを見て、とんでもなく裕福な貴族の公爵夫人になったんだと改めて自覚するリリエッタ。
あのチップだけで自分とおまけに兄弟のお腹まで膨れてしまうことだろう。
本当にあの注文で正解だっただろうか。
単に自分が食べたいものを注文してしまった気がする、もっと悩めばよかったとリリエッタは後悔するが。
無論それが、つまりリリエッタが食べたいものを頼む事がアルフレドにとっては正解なのである。
数分の間も置かず、ウェイターがテーブルの上にそれはお洒落な焼き菓子を静かにセットする。
慣れた手つきでティーポットの紅茶をカップに注ぐと、深々と頭を下げそそくさと下がっていった。
香ばしい焼き菓子の香りと紅茶の優しい湯気につられ、リリエッタの顔が少しほころぶ。
しかしいかに美味しそうであっても主人より先に手をつけるわけにはいかない。
アルフレドが先に口にしたところをしっかり確認すると、続けて焼きたてのクッキーを口に運んだ。
「美味しい……!」
続けて香り豊かな湯気をあげるセイロンの紅茶を一口。
今度はほぅっ、と息を吐き幸せそうなとろけ顔で微笑むリリエッタ。
正直リリエッタの表情から仕草まで全てにおいて完璧に意識を奪われていたため、この時のお茶の味をアルフレドはあまり覚えていない。
ただこの時のこの笑顔は何年経っても忘れていない。
カフェ・フルールはこの日からセティス家お抱えの甘味屋となり、週に一度は焼きたての茶菓子が届くようになったという。