13.初デート開始
アルフレドの前には天使がいた。
別の言い方をするなら女神、妖精でもいい。
舐め回すほどよくよく見てみても、彼女は自分の嫁なのである。
「おはようございます旦那様。」
鈴を転がしたような可憐な声が麻薬のように脳内に浸透して思考をかき乱す。
返事もできぬまま、ただの朝の挨拶を何度も何度も脳内で反芻した。
(淡いオレンジ色のドレスがこんなにも似合う女性を俺は他に知らない。)
後に違う色のドレスを着たリリエッタに対し、何度も使用する構文となる。
「…旦那様?」
「に、にあ…似合わなくもない…。」
門前に見送りに来たエマとヴィンセントは、"旦那様罵倒なし"にこの後諸手を挙げて喜んだという。
さて本日のデートは初デートということもあり、二人きりである。
使用人をぞろぞろと引き連れてはロマンティックのかけらもない。
しかし身分の高いアルフレドはその身分にあったリスクが当然伴う。
手に馴染んでいる愛用の剣を護身用に腰に携え、屋敷を出た。
ちなみに公爵家の長男たるもの、最愛の人を守れるように強くなるべきである、との家訓の元アルフレドの剣の腕はいっぱしである。
領主を継がないのであれば是非王国騎士に、と直々に国王に誘われたほどには強いのである。
もちろんリリエッタは知らない。
まずは第一関門、屋敷から街まで徒歩で約15分。
この間、誰の手も借りずに間を持たせなければならない。
食事の時でさえ会話ができないアルフレドには、少々…いやかなり難易度が高い技術である。
会話のきっかけをつかむべく頭をフル回転させ話題を探すが、ありがたいことに先に口を開いたのはリリエッタであった。
「あんなにたくさんのドレスや宝飾品、本当に頂いてしまっていいのでしょうか…。」
無論先日のベアトリスからの贈り物の件である。
現在リリエッタが着用しているドレスや靴、アクセサリーに至るまで全てその贈り物のほんの一部であるが、この一式だけでもいくらかかっているのか考えるだけでも恐ろしい。
ドレスのドレープ生地の高級感、大粒のありとあらゆる宝石、どういうことだかすべてぴったりの靴。
贈られたドレスをすべて著ようと思えばあと3ヶ月はかかる程度にはまだまだ量がある、リリエッタは青い顏をしてドレスの裾を摘んだ。
汚そうものなら心臓が止まってしまうのではないか。
「…別に送り返しても構わんが、ベアトリスは全てお前のサイズで作らせている。
返したところで処分されるのがオチだぞ。」
「まぁ、そんな…!勿体無い…!」
一体いつリリエッタのサイズ情報を手に入れたのであろうか。
きっとありとあらゆる職権を濫用したに違いない。
いつか自分が用意したドレスもきちんと贈れればいいのだが…。
もちろんベアトリスの用意したドレスを着たリリエッタもバッチリ可愛い。
しかしここは自分の用意したドレスで喜んで欲しいところなのである。
「では大事に大事に着させていただきますね。
すぐベアトリス姫様にお礼の手紙をお出し致しますわ。」
「あいつが勝手にやったことだ、放っておけばいい。」
「そんなわけには参りません、こ、こんな高価なものを頂いているんですから…!」
高価なもの、と認識するたびに唇が震えてしまうリリエッタはとても公爵夫人の器ではない。
しかし若い頃から金遣いの荒い令嬢よりよっぽど慎ましやかで、アルフレドにとっては好印象なのである。
というかリリエッタなら何でもいいのである。
「チビのくせに服が好きなのか?」
「うぅん、そうですね…。
私は物心がついたときから旦那様という許嫁がいましたから、あまり着飾って有力な貴族へ交流をはかることがなかったのでございます。
加えてこの不器量さと、貧相な体でございましょう?
ですからその…少し、憧れはあります…。
強欲で申し訳ありません……。」
こればかりは本当に、両親同士の仲が良くて助かった。
リリエッタの容姿ともなれば争奪戦は必至だったろう。
お金の積みあいには自信があるが、いかんせん口説けるほど口先は達者ではない。
今は亡きリリエッタの父親に、アルフレドは心から感謝をした。
「それで…その、今回はどのような経緯で…。」
「ま、街に著いたぞ!
まずは流行りの甘味屋へ行くぞリリエッタ。」
「は…、はい、旦那様。」
何故今頃デートを?
そんなことを聞かれてはうまく返せる自信がない。
整備された石畳の繁華街へ踏み出すと、第1関門を無事突破したアルフレドは上手く話題をそら、しリリエッタを目的の場所へと誘導したのであった。