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噂のひと

ウフフフ。うふ、ふふふ。

ボロが出ないように、控えめな笑みだけこぼしている。

白黒オオカミとナリスさん主従は気味悪がって私のほうを見ない。


沈黙は金なのだ。

自己紹介も儀礼的な他己紹介もとっくに終わっている。

相手がしゃべってくれる間は黙っておく所存である。

人脈も金なのだが、今世草食な私は獣人脈しか欲しくない。


「とても楽しみにしていたんですよ。ナリスが帰ってこないほどの何があるのか気になって気になって。我慢も限界になっていたところでオオカミ祭り。飛びつきましたよ」

ヴァイルチェン家程古くはないが、ヴァイルチェン家より裕福だという家。

自身とナリスさんが紹介しあったことを簡単にまとめるとそうなる。

その家の当主の次男が早くもリラックスしている。

お祭りも獣人への出資も口実でこの街が本命だと、深々と腰掛けておおらかに口にする。


なんというか、きちんとした服を着ている。

身体に合いすぎていて、動きがよく分かる。窮屈そうだ。

何であんなに服の下に仕込みをしているんだろう。


カイくんの三分の二以上もある大柄な次男はカロリスと名乗り、ソファの各所に彫られたヴァイルチェン家の紋章を撫でている。


ふふふ。良い手触りでしょう。その曲線、ドミーくんと一緒に粗削りまでしたんだよなあ。


好きにやって良いぞ。

仕上げは任せて。

ホラアナグマとハイイログマのカップルが言うので、出来るところまでカイくんとドミーくんと頑張ったんだよなあ。

仕上げが完璧すぎて、面影はないけれど。


「ナリスさんが全ての誘いを断って、私とのお話も蹴って、こちらにいらして。さぞや楽しい何かがあるにちがいないと、噂していましたのよ、皆で」

優しげな垂れ目が印象的なご令嬢、フルウィアさんが微笑んだ。

筋骨隆々な婚約者と並んで座ると、とても小柄だ。

女王の血縁であるというが、私はかつて式典で見たはずの女王の姿を思い出せないので、似ているかどうかわからない。


ただ、私のワイルドなセンサーが、フルウィアさんがこの街にいてはいけないと思わせる何かを確かに受信している。

生地の厚いパンタロンをお召しである。

同じく特殊素材であろう生地を羽織っているが、着慣れていないことがすぐわかる。

違和感がつきまとう。

似合わないとまではいわないが、後ろに控える女性従者の苦労がしのばれるコーディネートだ。

フランクさん御用達店を紹介したい。


「何を昔のことを。お誘いは義理ですよ。それに婚約の件も候補はたくさんいて、私など泡沫も良いところでした。第一あなたはカロリスしか相手にしていなかったでしょう」

ナリスさんがサラリとかわすが、さすが王国という話題だ。


「さすがナリスさんですね。実に寛げる別宅、そして素晴らしい家具。装飾が独創的ですが、贅沢な暮らしです」

ルーフェスさんより上、アレクサンドルさんより少し下、といった年のころだろうか。

落ち着いたたたずまいの商人はウルススさんと名乗った。

商人として流行りものを一発当て、その資金と人脈を元手に憧れだった王立学校に入ったという経歴の持ち主らしい。

まとまった資産を作った後は堅実な商売と投資で悠々自適の生活をしていて、学校卒業後は気のあった「同級生」達のサポートをするのを生き甲斐にしているという。

美術品でも鑑賞するように、ゆったりと周囲を見回している。

お茶請けに差し出したフルーツすら、じっくり見てじっくり味わっている。


これは生の方が格段においしいですね、おっしゃる通りいい思い出です。

ウルススさんのつぶやきににっこりする。よかった。

電話のついでに寄合所に行き、だらんとしていたチーター兄弟にお願いしてカイくんパパオススメのフルーツを大至急で採ってきてもらった。

ちょうど採りたてがありましたよ、どうぞ。

今朝作ったコーの庭ブレンドⅡ と共に白々しく差し出し、おやつを採りに行こう案は追い出した。

カイくんパパの、え、という反応は気にしない。


「ナリスさんが帰ってこない。ヴァイルチェン家は共和国商人との取引を縮小しだした。代わりに、中央の商人が出入りしている。未開の森産の家具について職人達がざわめきあって、ヴァイルチェン家にその家具用の品々が納入されている」

ウルススさんが語りだすと、王国組が頷く。

よく分からないので口元固定のコースマイルを保っておく。


さすがにこの大人数なので、各人の従者や護衛達は主の後ろや壁際にいる。

ヒッグスくん達が澄まし顔でナリスさんの後ろに立っている。いつもと違って落ち着かない。


ウルススさんは、どうやら今回の経緯を教えてくれるつもりらしい。

「これはナリスさんが誑かしたのか誑かされたのか。とにかくヴァイルチェンの奇跡が起こったと噂が立ちました」

かつてケインくんがヴァイルチェン家を希少生物のように評したが、王国でも同様の認識のようだ。


ヴァイルチェン家はその義理人情気質ゆえに幾度も危機に陥るが、都度、義理人情気質ゆえに奇跡的回復を遂げるという。

「当主周辺の収拾がつかなくなり、共和国商人が食い荒らし、人も財も隙だらけになりましてね。今度という今度は駄目かもしれないと、ヴァイルチェン血族個人個人と親交のあるもの達が、受け皿作りを始めていたんですよ」


ウルススさんが近くのヴァイルチェン家の紋章を見遣る。

ナリスさんは平然と聞いているが、この反応は危機が去ったからなのか、彼らの間だからなのか。


「私はナリスさんの個人的な友人なので手は出せず、やきもきしていたんです。するとヴァイルチェンの奇跡が起きて解決されてしまった。しかし誰の力を使ったのか分からないのです。直接関与したのは中央の商人だと分かるものの、ナリスさんの話は英雄達の街ばかりです。あまり中央の話題にならないんですね」

「本命は英雄達の街じゃないかと推測して、じゃあそこに誰がいるんだろうと思うわけですよ」

カロリスさんがにやりと笑う。

「我々友人も捨てて走るほどの魅力がある。人も資金も思いのまま。そんな獣人の女王が森の奥にいて、ナリスはその女王に魅入られたんじゃないか。それが今一番人気の仮説なんですよ」

「ナリスさんからのお手紙ですと、なかなか街にも行けない、もっと行きたいとあります。これはよほど険しいところにお住まいの方と思いましてこの備えです」

フルウィアさんがカロリスさんを手で示す。ついで自身と、後ろの従者達を示す。


「人の動かし方から見て、手足となる強かな商売人がいるのは間違いないと、一応私みたいな者もお呼ばれしたわけです。こうして獣人の女神を探すバカンス計画が完成したわけですな」

ウルススさんが締めくくった。


誰それ。私も会いたい。

ヒッグスくんの頬がヒクヒクしている。

隣のザ・従者が脇腹を突いている。そこで脇腹はきついんじゃ。

微妙に口元が歪んでいるからわざとかも知れない。


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