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黒オオカミと決済口座

ふさっ、ふさっ、ふさっ。

黒く輝くしっぽが揺れている。

鍛え上げられたからだは二メートルを越え、私を縦に二つ横に三つ奥行きに同数並べてやっと同じくらいか。

素敵な毛並みの黒オオカミは、カイくんのお父さんである。


今日はアレクサンドルさんとの契約について保護者の保護者にご協力をあおぎに来た。

シルバーグレイのスーツがとっても映えている。

「明日までに形をつけないといけないんだね」

オオカミフェイスは恐面だ。しかし眼差しは優しい。声音も柔らかだ。


カイくんパパは傭兵である。実戦経験のない傭兵である。

ここ百年単位で軍事的衝突のないこの世界において、その衝突のあった時代に圧倒的個の力を示した獣人たちを率いた狼の末裔である。

みんなが知っているストーリーがたくさん各地にあり、大きくて強くて、だけど弱いものへ向けるあたたかい心があって、と守護神みたいな逸話尽くしである。


代々当時の同盟国から請われて短期的な軍事的役職につき、各種式典で堂々たる姿を見せてきたオオカミ一族。なかでもカイくんパパは特に人気が高い。

一般的な傭兵という役割より、引き継がれてきた戦術や武術を伝えたり見せたり、アドバイスをする顧問的な役割を求められることが多い。

式典用の儀杖兵や衛兵としても大人気だ。

時にはカッコイイ服を着て色々な人と写真を撮る日もあるらしい。

王国からは近衛の要として迎えたいと思い出したようなタイミングで打診が来るらしいが黒オオカミさんは断っているそうだ。



カイくんパパは自分が圧倒的強者なので私のような圧倒的弱者が心配でならないらしい。自分が触れると壊れると思っている節もある。

以前よろけた時には素早く上着を脱いで構え、万が一にも自分の爪や硬い骨肉に当たらないようスタンバっていてくれた。

その時はカイくんがぐいっと手を掴んで止めてくれたが、ちょっと残念だったのを覚えている。むしろもふっといきたかった。


私は一目でカイくんパパが大好きになったので、初対面で抱き着き、固い膝に頭をぶつけ、たんこぶをつくった。

そんな前科があるので今日も挨拶の時はカイくんに肩を押さえられていた。飛びつけなかった。



応接ソファーに座り、膝の上に私を両腕で固定した白オオカミが黒オオカミに言う。

「昨日ガイド本の原型は詰めた。発行販売は中央、一応この街で最新情報も提供する。ガイドツアーは中央でチケットを購入してもらってこっちではそれを受け取る形に。支払は中央を基本にしてコーの危険は減らしたい」


カイくんとアレクサンドルさん達と話し合ったところ、まずいの一番に、私の様子から支払いをけちったり、強盗したりと考える輩が出てくる可能性が心配された。ちみっ子だからまず侮られると考えた方がよいだろう。

そこで金銭の授受は基本中央とした。

こちらに来てから買いたい、ガイドしてほしい、という需要がある場合は応相談である。


次の問題は遠隔地者間の資金決済だった。

中央で有効なアカウントが必要なのだ。

かつて私が中央の大商人と直接取引できなかった理由の一つでもある。


この世界でいうアカウントとは、マイナンバーカードをベースとしていろいろな機能を付与出来るような代物である。

イメージとしては、マイナンバーカードがスマホで、銀行口座やクレジットカード機能、賞罰記録機能がアプリとして載る感じである。

ただ、アプリのダウンロードは審査を通らないとできない。


例えばこの国の一番厳しく一番便利にしたものだと、国を何らかの方法で守った実績があること、という基準をクリアする必要がある。

各地域でこの一番厳しい基準をもつ全部載せ口座をアルファ・アカウントと通称し、論功行賞の場で「~~からはアルファ・アカウントの開設申請書が贈られます」といわれたりする。


アルファ・アカウントとなれば基本その地域の行政と民間の主だったアクションがとてもスムーズになる。

感覚的には、勲章とマイナンバーカードと基本各国の銀行連携済みの総合口座と利用限度額無制限、コンシェルジュ付き、各国利用可のクレジットカードが一体化したようなもので、その媒介物が手の平サイズのカードになる。


各国のアルファ・アカウントでも人間以外は直接取引できないのが共和国だ。

共和国だとまず人間でなければアカウントが持てないし、アカウント間決済もできない。


対して、各地域最低限の機能のみの基本のアカウントなら地域に何らかの縁があればOKだ。この街では出生の届けを出すと申請書類がもらえる。私も持っているがこの街限定の機能しか付いていない。


ということで、まだ街を出たことすらなく、何の実績もなく、後ろ盾もないコーさんは当然中央で通じる口座をもっていない。

面前自署の契約を交わすのに身分証明と決済方法を固めたい。

明日アレクサンドルさんが帰る前に。

アレクサンドルさんは後からでもよいといってくれるが、今回のケースはスピードが大事だと私の招き子猫が鳴いている。

時間と距離が離れてしまうと事態が思わぬ方向に転がることがある。


うんうんと頷く黒オオカミが言う。

「コーの安全が第一だ。何かあったら大変だからね」


大きく頷く白オオカミが言う。

「ガイド本は売上の5%、ツアーは代金の10%がコーの取り分だ。それを我が家の中央の口座で管理したい」


カイくんの柔らかな服地とその下の毛並みという、極上の肌感覚に包まれた私が補足する。

「微々たる額ですがお世話になっているお礼にお受け取りください」


今の私には中央のアカウントがもてない。

カイくん一族にはとても配慮してもらっているのでちょっとした恩返しになれば良い。たまには役に立つことを示さなければいけない。

カイくんは最後まで反対していたが、私が押し切った。


「それではコーの報酬がないではないか。コーは人間社会の通貨を集めているんだろう。私がコーの働きを奪うわけにはいかないよ。入出金機能付きアカウントがあればいいならちょっと失礼するが電話をかけてよいかい」

カイくんパパは気楽な感じで私にことわると、武骨な造りの受話器を手に取りどこかに電話をかけはじめた。


友好的な会話に続いて聞き捨てならない言葉が出て来る。


「うちの子の才能が中央の商人にばれてしまってね。ちょっと契約ごとになるんだ。知っての通り身体が弱いから外に出したことがなくて中央で使えるアカウントがないんだよ。前に使い途がなくなったナンバー・アカウントあったろう。あれをうちのコーも使えるようにしておいてくれないか。今度本人を連れていくから」


「カイくん、カイくん。私どういう設定? 大丈夫なの、あのお話」

カイくんのふさふさアームをトントンする。

なんだかパワーの匂いがする。


「我が家の末っ子設定だ。話してなかったか。前に共和国に、血のつながらない人間が家族になれる養子縁組という制度があると知って、それをコーとやろうとしたことがある。電話の相手に種族が違うとさすがに無理です、そもそもこの国にその仕組みはありませんといわれて諦めたんだ。相手にはそれ以来、うちの子で通じる」

カイくんが事もなげに言う。



「ああそうか、それならカイとコーがアクセスできるようにしてくれるかい。ありがとう。今度紹介するよ」

カイくんパパが受話器を置いた。

固くてしっかりした机の引き出しから白いカードを出す。

通常名前の刻まれているところに不規則に並んだ数字がある。

表面の様子から複数の機能が付いていることがわかる。


「私のものと紐づいてしまっているが、一応すぐ使えるよ。これを使うといい。私のアルファ・アカウントから別れた家族用アカウントだ。基本的にこの国なら不便はないはずだ。カイもアクセスできるようにして我が家の子どもたち用とすればすぐ対応できると言っていたからね」


黒オオカミの穏やかな声に、私は涙ぐんだ。言葉が出なくなってしまった。


カイくんがヨシヨシと頭を撫でてくれる。

うええ、と泣きながらも口元が緩む。

締まらないが、ものすごく幸せだった。


カイくんパパがオロオロしている。


脳内招き子猫が左手をあげてごろにゃんと鳴いている。

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