フェネックの町おこし
あら、あら、あら。
ワシミミズクの迫力そのままに、十メートルはある場所からコリーちゃんが抱きつこうとスタートを切った。
隣の白オオカミが、させじと私を素早く抱き上げ腕に座らせた。
「久しぶりねえ。でもサイズが変わらないわねぇ」
カイくんの腕の上から対面して、ちょうど良い高さにコリーちゃんの猛禽類フェイスがある。
「おやおや、ご無沙汰しております。お二人ともお元気そうで」
白髪頭の枯れ枯れおじさんが、のんびりゆっくり歩いてくる。
あらかじめ連絡しておいたので、小型獣人の街に構えたライオン獣人の拠点の入口まで、二人が出て来てくれた。
「カイくんは大きくなっているんだよ。カイくんが大きくなっているから、私の成長がわかりにくいんじゃないかな」
「私はすっかり成長しきって縮んでいきますよ」
ダイルさんがふふふ、と笑う。
ダイルさんは私の通算年齢に近いはずだ。
年齢を重ねると生き方が顔にあらわれると聞くけれど、私の場合はリセットされた身体に精神が引き摺られている。ダイルさんはますます枯れ枯れしていく。
何だか申し訳ない。
オオカミ祭り(中央ではそう呼ぶらしい)開催に向け、私は実行委員会を組織することにした。
この世界で実行委員会方式がメジャーなのかは分からない。
自動翻訳が働いたので、近い概念はあると思う。
オオカミ祭りなんだから、獣人がいっぱいでも良いよね。
私の独断でそう決めたので、周辺の獣人の街に声をかける旅に出ることにした。
息子の晴れ舞台なのにのほほんと構えたカイくんパパを表に出して、街や団体の代表者を短期間で説き伏せるツアーである。事前に電話や手紙で打診し、手応えのあるところを回るのだ。
まずやって来たのはキュートなマツテン獣人コロンくんの故郷、小型獣人の街だ。
ここへは街の代表者と、ライオン獣人のハッシュさんを訪ねてやって来た。
中央から乗り物を使って、速いもので2時間、遅いもので半日もあれば着く距離の街だ。
今回のメンバーはカイくんとカイくんパパ、顔見知りの多いバルドーさん一行で、カイくんパパとバルドーさんが護衛枠である。カイくんパパの立ち位置が忙しい。
護衛対象と人数のバランスが悪いので、中央からは動く金庫を使った。
なぜかカイくんパパが乗りたがったが、黒オオカミが乗ると外聞が悪いとみんなが止めた。私とカイくん、リュートくんとヒューイくんが乗って、カイくんパパとバルドーさんが外を歩いて来た。
ハッシュさんが自身を慕うライオン獣人達を率いて中央の組織から円満に独立して、拠点を構えたのが小型獣人の街である。
街再生プロジェクトの表看板としてハッシュさんが公に顔を晒して、中央のライオン獣人達も支援を表明した。
クリーンをうたう商人達は小型獣人の街への過剰な関与を控えるようになった。
クリーンを掲げない商人達には、カイくんの心配をよそに、ラスコーさんとタスマニアデビルもどきが相手をした。
数は少ないが取り込めると思えば取り込み、多くはこの世界的にギリギリセーフな方法で改心してもらった。
そんな経緯から、この街はライオン獣人と英雄達の街に好意的である。
「中央でオオカミ祭りをやります。私が企画を任されました。ゆかりのある地域や団体と実行委員会を組織して、それぞれイベントを持ってもらいたいと考えています。ハッシュさん達と、この街に参加いただけませんか」
ライオン獣人の拠点にある会議室で、ハッシュさんと街の長老達、青年達を前に、カイくんパパとカイくんの間に座った私が説明する。
カイくんパパを真ん中にしようとしたところ、ここは気にしなくて良いと思うよ、と言われてしまった。
カイくんパパは歩き疲れてうとうとしたいらしい。
「有名なオオカミ祭り、一度は参加したいと思う者もいると思うんですが。恥ずかしながら、あまり費用をかけられないんです。とても小規模になりますが、それでも良いのでしょうか」
我が街は小規模な手工業であったり、個人個人でちょっとしたことをやって生活しているものが多いんです。
華々しい席に相応しいものができるかどうか。
申し訳なさそうにフェネック獣人が言う。
フェネック獣人は身体に対してとても耳が大きい。小柄で、小顔で、それでいて厳しい環境にも工夫をして適応していく我慢強い種族である。
かつて我が街に助けを求めようと夜間砂漠地帯を走り、危うくフローくんに捕獲されるところだったのが、この青年であったと聞いた。
小さな身体を更に小さくしている姿を見ると、わしゃわしゃしたくてしょうがない。
「ご無理は言いません。ただ、得意なことで参加していただければ。例えば、即興で細工や絵や音楽を提供していただくのはいかがですか。合わせてダンスや劇を入れていただいても。一定額を興行料としてお支払いしますが、加えてお客さんからリクエストがあったら対価を取って営業していただいて結構です」
いっそ小さな街を再現していただいても面白いかも知れません。
行ってみたいと思ってもらったら後日観光客として来てくれるかも知れません。
どのような参加形態であっても損をさせないよう計画します。
自信満々に言いきった。
私のポリシーであるが、大勢をまとめるときは多少の不安があろうと勢いが大事だ。
観光客、とつぶやいて、フェネックの顔がちょっと嬉しそうな顔になった。
この青年は自分の街がとても好きだ。我が街を愛している私と通じ合うところがある。
思い付きで言ったが、思い出や記念品を持ち帰ってもらうのは大切だ。
省コストで超小型の獣人用ペンを配って、有料で細工してもらうコーナーを設けたらどうかな。
カッコイイ、かわいいと思った獣人の姿をデフォルメして書いたり彫ったりしてもらえば嬉しい。
あれ、別に中央ですべて終わらせる必要もないぞ。
この街ごとサテライト会場にしてもよい。
移動手段の確保が必要だが、中央で体験して良いなと思ったら、本場行きの乗り物に飛び乗って、獣人の街に行く。弾丸ツアーを組み合わせてみるのはどうだろう。
王国行きのとき枠を買った旅行手配を手がける商人にも声をかけてみよう。
人が動けば経済が動く。街の活性化支援だ。
「ハッシュさん。中央で好意的な人間達が街に観光に来たとしたら、どうですか。当日です。第二会場となって、街の人も、観光客も安全に交流できる体制を組めますか」
無表情ライオンが重い口を開く前に、フェネック獣人がにっこりして言った。
「移動が難しい住民達にもお祭りの雰囲気を味わってもらえますね。この街は娯楽が少ないので。最近ようやくそういった非日常を求める余裕が出て来たんです」




