個人事業主と第二の人生
むー、むー、むーん。
どうしようかな。
カイくんがまだ難しい顔をして私を見ている。
こちらの誤解も解かなければいけない。
「カイくん。私は打ち合わせ通りのことしかしてないからね。ベストのタイミングでお金を使っている。その結果、関係者がみんな今まで通り生活できる。オーケー?」
このために稼いでいるのである。
リュートくん達にはコルトさんが手紙でフォローしてくれる。
賢い子達だから、最終的な補償金の額で経緯を察するだろう。
感情的なフォローはバルドーさんに任せておけば良い。
「あの金はコーが自由に生きるための金だろう。人間のなかで自由に生きるためには全然足りないといつも言っているじゃないか。ずっと集めて来たのに最近こんなことばかりだ」
コーが一人、生き方の選択肢を手放していく。
カイくんは悔しそうに絞り出すように声を出す。
いつも前を見ている深々とした目が、下を向いてしまった。
そして私はびっくりした。
「え、私この街から去る設定なの。 人間のなかで生きなきゃいけないの」
「隠さなくていい。集めれば何でも手に入る国があるって言っていたじゃないか。コーにとって希望のようなものだって知ってる奴は知っている」
あー、そういえば前世をイメージしながら説明したことがあったような。
あまりにも通貨の概念が伝わらないものだから極端な感じに伝えたかもしれない。
もと銭をつくるために必死だったしなあ。
「最近人間が訪ねて来てはコーが大事に集めていたものを奪っていく。家を造ったのはいけなかったのかとみんな心配している。だが、家がないとコーは目の届かないところに出て行って人間とやり合ってしまう」
少し前にハッシュさんのところで派手に人間とやり合ったことがあった。
ラスコーさんとタスマニアデビルバージョンで対応したのでカイくん無しだった。
相手が大声を出せば何とかなると思っているタイプだったので、声しか聞こえない別室にいたカイくんはとても心配していたと、後で聞いた。
「逆だよ。お金があるから今回みたいな場面で選択肢が手に入るんだよ。街にいる今の幸せを守るために、備えとして集めているんだよ。今が辛いわけでも抜け出したいわけでもなくてね。みんなが今まで通り好きに生きられるように集めていて、そのために使っているんだから。目的に合っているよ」
カイくんに私がどれだけこの街を愛しているかをプレゼンしていたら、マッチョさんはなぜかもういい、と言い出した。
勘違いだった、後は獣人達とやってくれ、と。
そしてちょっと様子が砕けた。
「この前家に来た勧誘員を思い出したぞ。今のままで良いと言ってと断ったはずが、そうでしょう、だから現状を維持するために必要なんです、と食い下がられた」
マッチョさんが嫌そうな顔で言った。
「よく来るんですか」
「ああ。こういう職業だから生命保険料は馬鹿高いし、傷害保険は対象外だ。債権や投資信託、不動産が多い。足元を見られて家賃が上がる一方だから自宅不動産には心が動くがな」
「資産情報かその辺り、当たりを付けられてますよ」
「あー、昇格間近だと噂がまわるもんだからなあ。今回みたいな依頼を受け出すとますます裏付けしちまう」
マッチョさんは護衛として一つのゴールに近付いているらしい。
依頼成功の実績は満たしたため、距離的な実績を上げているところだという。
「どこで偉くなるんですか」
「偉くなるというより転職だな。次に空くのは王国だろう。一つの支部を任せてもらえそうだ。歳も歳だしな。勤め人になれそうだ。良い上がり方だよ」
護衛職は個人事業主だが、自分達で護衛どうですか~、と営業するのは不向きな人が多い。そこで、その辺りを補う仕事の仲介窓口的な組織が発達している。
カーライルさんのような専属やルーフェスさんのようなもどきを除いて、バルドーさんのようなフリーの護衛はその組織に出入りして仕事を受けたりする。
仲介組織は依頼人と護衛の双方から仲介料を徴収し、運営されている。
出入りする護衛職達は、実績と貢献度によって、そこに引き抜かれることがあるという。
慣例的に、各支部の長は護衛職経験者となるのだそうだ。
「私もお願いするかも知れません。その時はよろしくお願いしますね」
根は良い人なのだろう。アツい人のようで疲れるかもしれないが、街のみんなの気質に近い気がするから慣れれば良い。
「ああ、そうですね。お伝えしていませんでしたが、私はあれですよ。もうお気付きと思いますが」
カイくん、私自身が言葉にできないあれ、言って。
落ち着きを取り戻したオオカミを見上げる。
「コーは『 』だ」
マッチョさんの表情が一瞬抜け、ついで赤くなった。
「そうか。だから全員普通の顔だったのか。俺はてっきり・・・。そうだよな。さすがにおかしいよな。てことは、俺よりずっと年上か」
いや、どうだろう。
そこまでは違わないと思うんだけどな。
それにしても、マッチョさん。
本気で私を見た目通りの年齢と思っていたのか。
良家の子女が通う王立学校生の保護者に、本当に同年代の孤児が出てきたらおかしいでしょ。
このオジサマは愉快な人かもしれない。
「同じ護衛職のバルドーさんを知っていますか。拠点は中央の」
「ボランティアのために護衛で稼いでいたバルドーだろうか。商人に大人気の。後始末を請け負ってくれると人気だったが、次第に受注が偏りだして、今じゃバルドーが受けたら成功すると商人が占いのように依頼を持ち込んでいる。本当は俺じゃなくてバルドーの方が先に上がるはずだったんだが、そんな経緯で大人の事情と力学が働いた」
同業者間でもそんな認識だったのか。
そうして最近バルドーさんが頻繁に相談しに来るのはそういうことか。
私はいろいろ理解した。
「私と街について、もしご興味がおありなら、バルドーさんにお尋ねください。第三者的説明をしてくれると思います」
ところで、と私はそれなりに付き合いが始まりそうなマッチョさんを見上げて、ニッコリした。
「マッチョさんとお呼びしていいですか」
脳内呼称の修正はもう無理だ。




