コーとコミュニティー
やあ、やあ。やあ、やあ。
すれ違うメイドさん達へ、いつもありがとうとフラミンゴ獣人のお店で買ったお土産をせっせと渡しながら、カイくんパパが進んでいく。
もう懐かしさすら感じるフランクさん邸である。
メイドさんに形ばかりの案内をされて応接室に入る。
「今日はお客様をお連れしたよ」
カイくんパパが朗らかにフランクさんに話しかける。
「またフラミンゴの店に行ったのかい。貸主の商人が怖がって私のところまで来たんだよ」
「今日も飲み込まれそうな気がしたよ」
フランクさんにも焼き菓子と茶葉の詰め合わせを渡したカイくんパパである。
形式的な初対面の挨拶のあと。
フランクさんはナリスさんに明るく問い掛けた。
「ヴァイルチェン家の方とお会いできるとは光栄です。とても優秀な成績で王立学校を卒業されたとお噂もうかがっていますよ。こちらへはバカンスですかな」
ナリスさんはキラキラしく答えた。
「我が家は即位記念式典で英雄達の街の素晴らしさに感銘を受けました。ぜひそのあり方を、私の生涯をかけて学ばせていただけないかと参りました。何かのお役に立てたら、なおうれしいと、昨日は突然街にお邪魔してしまったのです」
フランクさんの笑顔が動かない。
誰かの説明を待っているのだろう。
「あー、フランク。ナリスさんは我が街に定住したいとお越しだったんだよ」
カイくんパパが補足した。
「それはもったいない。中央の方がよろしいですよ。外聞もよろしくないでしょう。お家騒動かと思われます」
フランクさんはすぐさま言葉をつなぐ。
「あの街は人間の理では動いていませんから学んでも応用できません。そこの二人と知り合いならもうよろしいのではありませんか」
カイくんパパと私を見て言う。
即座に説得にかかっている。
やはり名士と言われるだけある。この国と相手双方の立場を考えるよう言ってくれた。
でも、大丈夫、既に翻意してくれている。
「私もコーさんのように皆さんと寝食をともにして連帯感を・・・」
あれれ。
フランクさんと話すうちに、ナリスさんが体育会系なことを言い出した。
従者達はキリッとした顔で無理矢理座らされたソファに座っているだけである。
ナリスさんに変なスイッチが入って、切る人がいない。これでは振り出しに戻ってしまう。
「街でどういったことをされたいとお思いなのですか」
フランクさんが聞く。
「厳しいお仕事であることは承知しています。最初は申し訳ありませんが、教えていただいて。早いうちに戦力になるよう努めます」
「厳しい、お仕事」
フランクさんがカイくんパパを見る。
カイくんパパが、はて、という顔をする。
「日の出前に仕事を始められるとうかがいました。日中は街を、夕方から翌朝までは中央との間に広がる広大なエリアの治安を守るんですよね」
労働時間が長すぎる。長老達と巡回チームが混ざっているが、要するに朝早くから好き勝手遊び回っているだけだ。
ついでに、人間にとって危ないものを、おやつにしたり捕獲したりしているだけである。
フランクさんがカイくんパパを見る。
カイくんパパが首を振る。
「あるいは綿密に計画して中長期で危険な未開の森開拓に・・・」
久々に沢蟹食べたいな。
いいな。
ちょっと遠いけど蛇もどうだ。
森にいくならついでに長老が言ってたマムシお願い。
おとといの寄合所の会話だが、これを綿密な計画と言うのだろうか。
フランクさんがカイくんパパを見る。
カイくんパパが首を傾げる。
「コーさんは日頃から保存食で身体を慣らしておいでで驚きました。寝るときも環境の厳しい場所を選んで最低限の装備でした。常在戦場とはこのことかと感服しました」
フランクさんとカイくんパパが私を見る。
この種の生態はわからない、という目である。
違うよ。無精なだけだよ。マレーグマと、うとうとしたかっただけだよ!
外にふとんは持ち出さないでしょ。
「この前の式典で、騎士団にも王立学校にも気合いが入りました。オークションに出されたあの制服を落札して、飾り、日々士気高揚に・・・」
すぐ成長して着られなくなってしまう種族のユニフォームは、洗濯して一部をチャリティオークションに出したのだが、まさかそんな扱いになったとは。
どんな武闘集団だと思われたんだろう。
カイくんパパの治りかけの喉も誤解されていそうだ。
「あ~、たとえば、一日好きにして良いと言われたらどうする」
バルドーさんがナリスさんに聞く。
「その時の国や周囲の状況によりますが、中期計画のもと、午前は武術訓練と座学を、午後は午前の実践が出来るよう、短期計画を立てていますので実行するだけです」
長期計画が街に溶け込むことなら、中期と短期は何だろう。何を座学するんだろう。
「コーならどうする」
「面白そうな人に付いていくかな。カイくんの許可が出る前提で」
ナリスさんと従者の一人がきょとんとしている。
従者達の区別が付いてきた。主と同年代に見えるちょっとやんちゃな感じの少年が一番表情が豊かだ。
その少し年上の落ち着いたお兄さん風三人は、髪色もパーツも違うのだが、完成されたザ・従者の雰囲気で、一見とても似ているように見える。
「夢を壊して悪いが、街の獣人達はコーみたいな生活しかしてないぞ。まあ、一部毎日同じ仕事を人間みたいにしている奴もいるが。それに」
バルドーさんは一呼吸おいた。
「街に慣れたら人間の生活に戻れなくなる」
バルドーさんが私の方を見ずに言う。
「わかりやすく言おう。コーは最初ナリスに反応しなかっただろう。名前も呼ばなかった。普通ナリスくらいの顔で、ナリスのような対応をされれば、もうちょっと好意的な反応をするもんだ。王国での食事会で会った人間に対してもそうだ。なぜか分かるか」
バルドーさんの問い掛けに、全員が多かれ少なかれ不思議そうな表情で返した。
「コーはな、人間の認識が難しいんだ。獣人はすぐに覚えて、名前も呼ぶ。かわいいだの、かっこいいだのも言う。だが、人間は違うんだ」
バルドーさんが諭す口振りで続ける。
「コーは『 』で、人間だけの生活をしていたはずなんだ。本当の意味での赤ん坊の頃から獣人ばかりに囲まれていたわけじゃない。あの街に短期滞在する人間だっている。そう簡単に失われる感覚じゃない。コーみたいになるってことは、人間社会で生きづらくなるってことだ。そうなってできるのが、コーの振る舞いだ。だから、中央がちょうど良いんだよ」
バルドーさんはそう締めくくった。
ナリスさん一行が反応に困っている。
本人(私)を前に、それはいけませんね、とは言えないだろう。
私個人としては、そうか、と納得した。
カイくんパパがまとめに入った。
「まあ、とりあえず、ケインの近くで生活してみると良いよ。ダイル氏もいる。獣人も人間も程ほどのところだからね」
「フランク。ほらこの前改装が終わった物件があったろう。あそこをナリスさん達にどうかと思っているんだ。内覧行けるかな」
「それは良い。すぐ業者に連絡しよう。そうだ、ナリスさんに、コーお嬢さんの手がける事業のクリーンなところを手伝ってもらってはどうだね。ケイン坊ちゃんの仕事にも絡むだろうから、国としても都合がよいだろう」
「ダーティな事業をしている自覚はありませんが、人間的にクリーンなところを選んでいただければ、是非」
気まずそうなナリスさん一行に笑いかける。
うーん、まずはあの表情豊かな少年従者に話しかけてみようかな。




