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アリゲーターと口コミ

あちっ、あつっ、おいしい。

寒い季節にアッツアツの肉まん。

両手の指先で包み紙を落とさないように持ってはふはふ食べる。

ちびっ子コーさん五歳は、屋台の強面アリゲーターオジサマに肉まんをもらいました。




ある晴れた日に。

「コー、これやるからちょっとこっちに来ないか」

寒い日にいかにもあったかそうで美味しそうな食べ物片手に被捕食者を呼び寄せる捕食者。または幼子を呼び寄せる怪しげなおじさんがいた。

事案である。


呼び寄せられた幼子である私はもちろん、ひょこひょこ近寄った。


「外に出ていて大丈夫ですか~」

アリゲーターのガブルさんは体温調節ができない。

暑いときは室内、寒いときも室内で飲食店営業をしている。

適温と感じていたら屋台に出る。

本来今日のような寒い日は屋台に出ない。


「蒸し料理してりゃあ耐えられるかと思ってな」

周囲には景気良く蒸気が上がっている。

屋台にも入れ替わり立ち替わり客が訪れ、肉まんを食べながら去っていく。


上々の売れ行きではないだろうか。


「美味しい。ありがとう。食べたら何かお手伝いするよ」

もらいっぱなしは申し訳ない。

精神年齢アラフォーな私はできるだけはやく借りを返す主義である。

「いやここだけの話、そこの箱に座ってゆっくり食べててくれ。なんだったらもう一個やるから」


ちびっ子コーさんはそんなに食べられない。

よく物語に出てくる孤児院の子どもは欠食気味だったりするが、この街の数少ない孤児はありがたいことに食に困っていない。

この街の獣人たちは個で財を溜め込まず、おしげなく街に還元するからだ。


野心や好奇心ある少年少女は外に出る。しかし成功して落ち着くとこの街に帰って来たりする。

若い頃に外に出て、うまくいかなくてもそれなりの人数が帰ってくる。拠点はここで、必要な時だけ外にいくようになる。


街の外に長くいると違和感が大きくなって感覚が狂う、落ち着かなくなる、とは、幼少期に両親について各国を巡ったカイくんの評である。


私は最近、この街は住人にとって「少し大きめだけど自分の群れあるいは一生の巣」と認識されていると思うようになった。

手に入れたものが多ければさっさと街の倉庫に入れて忘れる。

群れの安全と維持には気を配る。

私のようなちみっ子には世話をやく。


他の街や中央、王国や共和国になると孤児が生き抜くのは大変らしいが、この街は群れ想いの自然界の強者が揃っている。

群れ全体に行き渡らない食料は森で調達して来るし、栽培だって得意だ。

他の街の者にとって危険な砂漠も森も、強者にとっては気楽な狩り場である。

排他的に使える狩り場が広がっていて、自給自足ができている。




「美味そうだな」

二人の旅姿の人間が近寄ってきた。

ああそうか。


「あったかくて美味しいよ。中は王国から取り寄せた種で育てた野菜と豚肉と椎茸と・・・」

差し出されたレシピから気にしているだろう材料のみ伝える。


私の言葉に自分を納得させただろう人間がガブルさんに言う。

「十個くれるか」


「はいよ。二つは食べてくかい」

「そうする」

硬貨と交換に紙袋と二つの紙包み入り肉まんが渡される。

二人はさっそく肉まんにかぶりついた。

残りは仲間と食べるのだろう。

どうやら長く迷っていたらしい。


人間と獣人の消化能力はちがう。味覚も違う。

この街の住人にとっては慣れ親しんだ飲食物でも外から来た者にとっては体調不良を引き起こすことがある。このことはよく知られている。

そのため短期滞在が主の商人や観光客は食による失敗ロスを恐れて中央の商人が作った中央の資本が入ったお高い店を利用するか、持ち込んだ味気ない保存携帯食を食べることが多い。


この街の人はそれを、まあ彼らの選択だ、と見ている。

聞かれれば「人間にはダメかも」と思う料理は隠さず伝えるが、まず聞かれない。

同様に、話しかけると怖がる人間が多いと知っている肉食獣人たちは、「これは大丈夫だ」と言いたくても思い止まる。


人間の方も街の屋台の品を「美味しそう」「食べたい」と思っているようなのだ。その証拠に、何度も手元のマップと屋台を見比べる姿外の人間の姿をよく見掛ける。



見た目に反して気のよいアリゲーターおじさんは、離れたところでじっと見ていた人間を見かねたのだろう。

この街に生まれるはずがない、つまり外部の人間に見える私に食べさせることで、この料理は大丈夫だと伝えたのだ。


商売気からでは決してない。


この街の人が営む飲食店はもともと利益率が高くない。

さらに屋台は、ちょっとたくさんみんなの森で保存の効かない材料を捕っちゃった、みんなゴメンね、一緒に食べて水に流して、といったものが多い。だから格安で提供される。


十個売ったところで一個分の額が純利益として残るかどうかだろう。ビール一杯も飲めない。


ああ、ビールが飲みたい。

寒い季節に暖かい場所で冷たいビールを飲む、死ぬ一年前に覚えた贅沢だった。



大きな肉まんを両手で持ってハフハフ食べていると、パラパラと人間がやってきた。もうあとは彼らが口コミしてくれるだろう。


「美味しかった。ありがとう」

忙しそうなおじさんに手を振ると、ちょっと待て、といわれて紙袋を渡された。

「カイにもやってくれ。狩りを手伝ってくれたんだ」

カイくんと私はもうニコイチである。一人でいると、合流前だとみなされる。





少し歩くと、行く手に人間のおじさん達が表れた。一人が前に、護衛然として二人が後ろに控えている。

先頭のおじさんが言う。

「ちょっと付き合ってもらえませんか」


私は警戒した。

私にとってこの街の獣人はどんなによそから見て怪しくても安心できる群れの仲間である。嗅覚的なもので相互認識されており、滅多にないが、乱心しそうな獣人は即座にわかるらしい。その場合なんらかの対応がされるという。


一方人間については街の嗅覚が充分に働かず、私自身も経験値が足りない。

幼女な私の選択肢はお断り一択である。

「お兄ちゃんと待ち合わせしてるからごめんなさい」


悪くない仕立ての服をこなれた風に着たおじさんは食い下がる。

「お兄ちゃんと一緒でもよいのです。一緒においしいものを食べませんか」


怪し過ぎる。


私基準では、まあまあ容姿の整った青年が人生経験を積んで渋さを装備しました、という金髪碧眼のおじさんである。

金髪といっても暗めで日に焼けていて、きらきらしいものではない。

身長はカイくんよりちょっと低いくらいである。

前世の私なら五秒は見惚れた。

よい年の取り方をした雰囲気をまとっている。

身につけている服は商人の旅装束だが、所々洒落た意匠が凝らされている。


後ろの二人はガッチリした体格は似通っているが一人は黒目黒髪頬に古傷、もう一人は色褪せた銀髪にサングラス着用である。


ちなみにこの世界の治療技術、美容整形およびメイク技術は結構発展していて意志と少しの稼ぎがあれば傷は消せる。


この世界にもあの病はあるのだろうか。黒歴史の真っ只中なのか・・・。


怪しいけれど私の脳内子猫が両手を上げている。

上げているのが右手ならお金、左手なら人を招くと言われるあの招き猫の私バージョンであり、前世から続く直感である。

愛くるしい子猫が両手を上げてごろにゃんしている、これはちょっとしたものだ。

ふむ。





「コー、大丈夫か」

道行くトラのお兄さんが声をかけてくれる。


ネコ科かぶり、これは間違いない。


このトラのナイスガイに助けて、といえば事態は終わる。

でもこれは冒険したい。なによりここはホームタウンだ。何かあっても肉食獣のみんなが反応してくれる。


幼女な私は虎の威を借ることにした。

「美味しいものご馳走してくれるんだって。でも知らない人だから、カイくんと合流するまでついて来てくれる?」


その場で一番大きい存在となったトラを見上げる。

ああ、鼻の上にシワが寄っている。

呆れている。

もふりたい。


たぶんナイスガイは考えている。人間は知らない人に飯を誘われたら断ってはいけない、という種族マナーがあるのかどうか。獣人的には勿論ないし、私の知る限りそんなマナーは人間にもないはずだ。ただこの街の獣人は人間の「マナー」というもが複雑怪奇で自分たちには理解できないと諦めているので、対人間で戸惑うと「マナー」を疑う。


「わかった。気分がよくないかも知れないが、あなたたちもそれでよいか」

そして、大抵答えは出ないので、死と尊厳に直結しなければその場で一番人間に詳しい仲間に従うのだ。

この場合、私のお願いである。


後ろの人間が頷くのを確認し、トラのお兄さんは私と手をつないで歩き出した。


左手が大変幸せだ。


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