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ナマケモノと立地

ぱちぱち。パチパチ、パチパチ。

暑い暑い季節に泉のそばで焚火を見守る。


うーん。蒸留水も作りたいが、危なくないだろうか。蒸気を集めて冷やす、その工程、採算ラインに乗せる効率化に、イマイチ自信がない。


「コー」

「コー」

粗熱を取ったあと、並べた紙コップや星・花などの型に入れた水を運んでいると、木の上から柔らかい声とか細い声が振ってきた。

ナマケモノの母子だ。


木にぶら下がったお母さんと、お母さんの体にしがみ着いて埋もれたように見える子ども。つぶらな瞳が4つ私に向けられている。穏やかに笑っているようないつもの表情に私もにっこりする。


ちょっと木登りして母子のぶら下がった枝の隣の枝にあるガラスコップを回収し、洞窟内の飴細工入り水をコップに移替えて戻って来る。再びよいしょよいしょと木に登る。キラキラと目を輝かせるナマケモノの幼子に中身を見せながら元の場所にコップを戻す。ふう。


ナマケモノ一家は大事な取引先だ。


この泉周辺はもともとナマケモノ一家の別荘地だった。人間の感覚だと建物がない。が、このあたりにはナマケモノお父さんが母子の為に組んだ枝と葉っぱのハウスもある。街中に本宅があるが、日中はこちらがよいらしい。毎朝、私の三~四倍はある出勤前のお父さんが、母子を体にしがみつかせてここに連れて来るのだ。


お父さんは前世では絶滅して久しい、メガテリウムではないかと私は思っている。体格が良くて、立派な毛並みを輝かせて、普通に陸上を歩きまわる。押し出しがきいて、街の門番の仕事をしている。


あるとき、そんなメガテリウムお父さんが体にしがみついている母子を抱え上げ、お気に入りの枝にぶら下げてあげる姿を私は見たのだ。身悶えたのだ。

母子がゆーっくりゆーっくり手を動かしてお父さんをお見送りしている姿に、私は呼吸困難になった。

な、ん、だ、こ、の、ほのぼのファミリー!!


水の権利を持つ中央の大商人とほのぼのファミリー間の厳密な権利の線引きは分からない。が、これはナマケモノ一家に話を通しておかなければここで活動できない、私の個人的感情的に。



私は仕事を終えた門番お父さんに突撃し、交渉した。

母子に話さなかったのは、どうしても前世の知識が邪魔をしたからだ。


いわく、超エコ生物であり、活動の上限値が低い。笑って見えるのは表情筋がないから。死に直面すると全身の筋肉を弛緩させる。


私が普通に話し、相槌を求めてしまっていたら、ものすごい負担だと思う。表情の変化が分からないわけで、活動の限界を迎えていても気づけないかもしれない。あれ、なんかだらーんとした? と感じたら最悪殺人事件だ。恐い。



近づくと強面だったメガテリウムお父さんは、私が別荘周りでちょこまかしたり、火を扱ったり、洞窟を占有することを快諾してくれた。そもそも穏やかに動かずに過ごすために別荘に移動しているので、周りでなにがあっても気にしないそうだ。

私がいるときに、滅多にないがもし何か母子に問題が生じたら教えてくれ、との条件で合意した。



そして私はちびちびと資材を運び試作をしていたのだが、何となく視線を感じて見上げると幼子と目が合った。ひょっとしてと思って星の飴入り常温水を近くに置いてみると、帰る頃には空になっていた。


翌日お父さんに感謝された。購入するにはどうすればよいか、と聞かれた。一日コップ一杯で十分とのこと。では場所代としてお受け取りください、と返したところ対価にしては大きすぎる、と言われた。私の試作品作りを見ていた母子から工程を聞いていたらしい。


そこでひらめいた私は門番お父さんに持ち掛けた。

「ではちょっと口利きをお願いしても?」

「私にはなんの力もないぞ」

「ご謙遜を。門のすぐ側に小さなスペースありますよね。通常の物販店には小さすぎて長く空いてるのではと思っているのですが」

そして多分、門に近いために制約も多いはずだ。

「それもあるが、有事には強制撤去がある。あそこは他の場所よりその確率が高い」

ビンゴだ。

「それで揉めたことも?」

「ああ。かつてあそこの区画は隣二区画と合わせて一番広かった。共和国の大商人が使っていた。知っての通り大規模有事はここのところ起こっていない。が、訓練は欠かさない。強制撤去を含めた訓練時に何度か商品に損害が出たとクレームがあったのだが、あるとき稀少品の紛失があったと言われてな。結局は在庫管理のミスだったんだが、それで終わらなかった。出店時契約ではそういった事態も考慮しての金額とうたってあるのだが。割に合わない、契約が共和国的には一部無効だ等と国家間の大事になりかけた」


共和国は人間優位の国だ。距離的に離れ、文化的に離れ、想定有事や手順の感覚が違う。

はっきり言えば常識が違うのだ。

更に共和国はかつてはこの街を含む国を想定敵国扱いしているといわれていた。


「それに懲りて結構な違約金を払って商人との契約を解除し、区画を分けた。一番門よりの区画は審査・契約条件が厳しくなった。出店料はただみたいなものだが。そして縁起が悪いと各国商人が避けるようになった。今では休憩場所扱いだ」 

その扱いが私にとってとても都合がよい。

「その審査、保証人がいなくて更に幼い私だと通らなかったりしますか」


前世と一緒で契約を有効に成立させ継続させるためには当事者能力がいる。

ただ前世では婚姻すると成人とみなす成人擬制があったが、こちらではない。代わりに、商人として継続的契約関係をもちそれを万国共通の登録所に届け出ると、以降商人としての取引を自分の名前でできるようになる。証明書には最初の取引相手が載る。


任意で取引相手の記載は増やすことができるため、出世欲の強い商人は有力な相手との取引実績を積極的に載せる。

いわゆる箔をつける、というものである。


そのため成功した商人は取引に、特にルーキーとの取引にとても慎重になる。有名な商人のなかには、取引相手として登録しないことを取引の条件にする者もいるという。

ちなみに私の証明書にはカイくんの名前が載っていて、カイくんのそれには中央の大商人が載っている。


「コーはこの街のやり方を良く知っている。保証人はまあ、いなくても大丈夫だろう。希望者がいると担当者に言っておこう」

門番の所属はこの街で、かの出店地の管轄とは部署がちがうが大元は同じである。



こうして私は商品にとって最高の立地を手に入れた。


暑い熱い季節に砂漠を越えてたどり着く大型肉食獣人の街。

限られた高額な非肉食獣人向け飲食店マップ(中央商人作成の中央商人参加の店を紹介するガイドブック)を握りしめた人々が覚悟して門をくぐると幼い人間が食べられる氷細工を売っている。

時々涼しげに食べてみせながら。

休憩できるようにベンチが店先においてある。

ひさしがある。

見目の良い白いオオカミが身体に不似合いな小さな箱をどこからか運んで来る。大事そうにショーケースに納めている。


気を張っていた人間は思う。渇いた身体は判断する。

きっと数に限りのある、この街でも貴重な品だ。なぜならこのマップでは、水は中央の商人が中央から運んだマーク入りのもの以外安全を保証しない、と書いてある。小さな人間の子どもが平気な水なぞきっととても貴重だ。安全だ。


売れた。とても売れた。カイくんが熱中症で倒れかけるまで私は売った。

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