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役人と交渉

びしっ。キリッ。きりっ。

黒に近い灰色のオオカミが、流れる毛並みとピッタリしたスーツを纏ってフランクさん邸にやって来た。


当初の予定からズレこんだ中央滞在もそろそろ切り上げようかという日の午後である。カイくんパパは、ついでにうちも、あらこちらも、と引っ張り出されて今日も不在だった。




今回中央で作る仕掛けはだいたい終わったかな。もうちょっと長期保有目的の資産ストックがほしいかな。

私はそんなことを考えながら、扉を開け放った部屋で机に向かっていた。


カイくんがスタスタ入ってきて、私はぷらーんと応接室に運ばれた。野生を失った猫をイメージして脱力した私にオオカミが言うことには、ケインくんが来ているという。


ダイルさんの件だと聞いたので、カーライルさんも呼んで四人でテーブルを囲むことにした。メイドさん達がちょっと早いアフタヌーンティーのセッティングをしていく。


メイドさんもテーブルの広さも十分なこの邸宅のアフタヌーンティーはスタンド要らずだ。


大きいことは共通ながら、カイくんともカイくんパパとも違う体つき。身体に過不足なく仕立てたスーツがとても似合うケインくんは、そこにいるだけで場が引き締まる獣人である。もて余すように組んだ足も、すいっと移動していく目線も、堂々としたものだ。


「共和国と交渉を始めた。ダイル氏についてはこちらから切り出した。発案者がこちらで時間をかけて交換交流の土台を作りたいと言っているようだ、と」

ケインくんはダイルさんに関わる公の経緯を教えてくれた。


この件に関するあの国の担当者はダイル氏の失脚で昇進した人間だという。典型的共和国人の雰囲気をまとったその人間は、涼しい顔で前任者について「民間人の立場で自由にやりたいと辞任した」と語ったという。



白々しい。

大したタヌキ達である。

タヌキの皆様に失礼か。

アレクサンドルさんのセルフツッコミがうつってしまった。


ケインくんは淡々と言う。

「そうですか、では本人とアカウントの確認をしたいのですが、と言った。そこでようやく下手に出てきた」


「それでも共和国が提示したのは一部資源の継続的取引だった。慰謝料とダイル氏の世話代というか引取代というか、その分を今の流通価格に乗せると暗に言った。そのうえで、取引を長期契約にしましょうと言ってきた」


私は呆れ顔を作った。

「転んでもただでは起きないということですね。というより厚顔無恥です」

資源取引を定価で長期契約するなど、この国にとってデメリットが大きすぎる。


「資源は我が国の生命線だ。当然突っぱねた。安定供給なんてしてやるものか」


獣人と思ってケインくんを侮ったのかも知れない。


交渉は継続中だが、ダイルさんについてのこの国の立場としては、消息を把握していれば問題はないらしい。


「意外だったのが王国だ。内々に、人を出すと言ってきた。世話をする人間が要るだろうと」


意外なケインくんの言葉に、返す言葉が一瞬遅れた。

「同じ立場、オブザーバー同士の責任感ですか」


「まさか。ダイル氏の母親が王国人だった。彼自身は共和国人の父親の家名を名乗っていたが。彼が幼い頃、両親が離婚している。離婚して王国に帰った母親の関係者が、この前のイベントで黒オオカミに近付く怪しい様子のダイル氏を見た。その人物が帰国して、気付いたらしい」


「会議の場で気付いたのではなくてですか」


「ダイル氏は会議のとき、誰よりも共和国人だった。今では見る影もないらしいが。王国主催のイベントに現れた彼が、白髪混じりで、脂が抜けて、まあ、衰えた感じが出ていたので、母親の親族に会って既視感を覚えたらしい」


「有名なお家なんですね」

商人が強い共和国に対して、家名が力を持つのが王国だ。


「表舞台からは退いた家だが、影響力はある。家出をして共和国で結婚、出産、離婚して戻って来たのが現当主の末の妹だ。ダイル氏のその後を調べて、関係者がつなぎをつけてきた」


「うーん」

どうなんだろう。

しらばっくれることは出来ないが、関わって良いのだろうか。


ダイルさん取り込み計画は諦めた方が良いだろうか。私は、彼が持っているであろう共和国の金融知識に少々期待していた。


「今、僕は事務屋としてここにいる。客観的な知識だけを伝えるなら、ダイル氏の母親の実家は誠実な家だ。母親が若い頃、このままじゃいけないと、経済的な力を求めて共和国に行こうと決意するくらいに」


「ケインくんとしての見解は?」

「驚くくらい義理、人情にあつい家だ。政治も経済も向かない。人徳で生活ができるとはこういうことかと、勉強にはなったが、俺には真似出来ない。王国の良心と言われる、古くから続く家だ。末の妹は異端児だったらしい。縁を切ったとシビアな彼女は子の存在を伝えていなかったらしい。一族はダイル氏に会いたいと大騒ぎだそうだ」


「純粋に会いたいと」


「純粋に。ただ主要人物が高齢で移動に耐えられない。更に、会いたいという人間が全員移動したら目立つ。周囲は関係を公にしたくないと考えている」


「ふーん」


見上げた私に、ケインくんは頷いた。

「いつ役に立つか、一生役に立たないかも知れないが、王国の有力家系に恩を売っておくのは悪くない」


ケインくんは優秀な獣人で、優秀な役人である。獣人としての勘と人間の思惑を使い分ける器用なオオカミである。

招き子猫がゴロゴロし出した。


「予想より早いのですが、王国を見に行きたいと思います。黒オオカミの長期派遣はありませんか」


「ちょうど良い。近く女王の即位記念式典がある。伝説の獣人部隊を再現したら、泣いて喜ばれるのではないか。費用は言い値で出してくれるだろう」


大型肉食獣人の団体に、護衛や商人や幼女や枯れ枯れお兄さんがいても目立たないだろう。


カーライルさんもむしゃむしゃ塩気の多そうなサンドイッチを食べながら、良いぞ、行くぞと言っている。


王国は君臨すれども統治せずの王を戴く国で、女王を祝っても政治的問題にはならない。


繰り返すが、ケインくんは優秀な獣人役人なのだ。


見るとケインくんのしっぽが震えている。

なんとこのケインくんは、感情を悟らせないよう、しっぽの動きを制御する訓練をしているのである。


ちょっとで良いから触りたい、くすぐりたい。


枯れ枯れお兄さんを王国の親族に会わせてコネを作る。

女王に大々的にこの国から祝賀を表す。

この国に獣人達が恩を売る。

ケインくんの実績が積み上がる。

きな臭くなってきた中央からカイくんを遠ざける。


良いことだらけだ。

嫌がるだろう街のみんなを連れ出す仕掛けが難しいが、何とかなるだろう。

街の慰安旅行とでもしようか。


「ところでケインくんは、なぜ私に直接この話を?」

カイくんパパに頼んでおいてなんだが、私は公にはこの国から見れば部外者である。


「親父に言われた。後はコーに、と。親父のスケジュールもコーに合わせているらしいぞ。面倒臭くなったんだろう。俺が親父の連絡先を秘書のコーと変えておいた。年齢確認は必要ない。問題はない」


俺もその方が楽だしな。

最近親父が駄々をコネて面倒なんだ。

ケインくんが本音を言う。


彼は優秀な役人で、獣人なのだ。

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